第ゼロ話 宿敵との決着、安堵の別れ酒
最果ての大地にて彼は剣を振るう。幾千幾万の軍勢を引き連れ、地に住まう者達の怨敵であり、自身の宿敵でもある悪魔と、その軍勢に立ち向かうために。
あれからどれほどの時間がたったのだろう。彼には、まわりの時間を気にするのも億劫になるほど刀を振るい続けた。
ただただ目の前にいる存在に一太刀入れるために。
悪魔の総大将との一騎討ちになり三日三晩、幾度も剣を交え、殺し合った。どれだけ斬り合おうとも決着はつかない、しかし三日目の夜が明け四日目へとさしかかろうとした時、不動の装いを呈していた状況はようやく動いた。
三日三晩の切り結びによる疲労もあってか、悪魔の総大将の剣の握る手が一瞬緩む。
そこを見逃さなかった彼は、下段からの斬り上げを放つ!
初速は繊細にすくい上げる様に、そして振り切る際は豪烈な勢いによる切り上げによって、奴の大剣は弾かれ、悪魔の総大将は手から剣をこぼす。
その隙に彼は刀を力強くまっすぐ引き絞り、心臓に目掛け神速の突きを放ち、即座に引き戻し納刀からの――かつて抱いた師の姿を思い描いて、"秘奥の抜刀技"を放った。
ゴロンっと転がり、とうとう悪魔の総大将
【魔王】の首が討ち取られた。
そうここに、数百年に渡る悪魔との戦いに終止符を打ち、数々の英雄が挑んでは、道半ば叶わず二百年成し遂げられなかった【魔王】の首を討ち取ったのである。
首だけになった魔王はその瞳を一時も逸らさず、"翁面"を被った男を見つめる。
「復讐劇は楽しかったか?」
魔王は皮肉めいて彼に問う。
「首だけになろうとも、まだ御大層な妄言が吐けるんだな。復讐劇は楽しかったかって?そんなものつまらねぇに決まってるだろ?わかってたさ、てめぇらに復讐しようが、ただの憂さ晴らしでしかないことぐらい.....。まっ何もせず
彼は血まみれになりながら、昇りゆく朝日を見つめ語る。
――こんな茶番劇などに一銭の価値もないと。
「ふっ、そうか。だが憎悪の怨嗟は断ち切れんぞ、英雄。貴様がその憎悪に駆り立てられた時点でな.....。まぁせいぜい足掻くといい、私はあの世から貴様が奔走するのを肴に酒を楽しんで待ってるよ」
首だけになろうとも最後まで憎まれ口を叩く魔王。そんな彼の最後は悲哀に満ちていた。
「あぁ.....我が愛しき.....にもう.....一度あ...い..た...か..ぁ.....」
誰にも届かず、声はかすれ吹き通る風と、春の陽気な日差しと共に流され、消えてゆく。
彼は一騎討ちを果たした最果ての丘で、一本のひょうたん酒と二つの杯を取り出し、トクトクと酒を注ぐ。
その場にあぐらをかいて、杯のひとつを太陽が昇る東に向いて己の手前に置き、もうひとつを自分で持って手前に置いた杯と己の杯をかち合わせ、昇りゆく朝日を見つめながら一気に飲み干す。
「ンゴクゴクッぷはぁ、師匠.....俺は剣士として一歩でもアンタに近づけたかな。俺はアンタに弟子として報えたのか心配だよ.....。俺はアンタが望んだような立派な剣士になれたとは言わねぇ。だけど、アンタが望んだ泰平の世を手にすることは出来たと思う。だからこれが師匠に対する親孝行として受け取ってくれ」
彼は全ての戦いに終止符を打ち、己の因縁に決着をつけた。
自身の師に少しでも報えたという安堵のような気持ちもありながら、戦争という凄惨な戦いの悲しみも相まって、何とも言えない虚脱感が彼を包み込む。
「はぁ、アンタが言うように戦争なんてつまらなかったよ。英雄だとはやし立てられようが、すり減った心は戻らないのは本当だったんだな」
感傷に浸りながら思い出の味を口へと走らせていると、遠くで苦楽を共に魔神戦争を駆け抜けた仲間達が大声でこちらを呼んでいる。
「師匠、俺はそろそろ行かないとダメみたいだ。アンタに俺は報えたかは知らねぇが、俺はアンタに救われたよ。また酒を飲みに来る、それまで気長に待っててくれや」
彼はひょうたんに栓をし、肩に担いで太陽を背に仲間の元へと歩き始める。
彼は呼びかける仲間に手を振り、自身の新しき居場所へと帰るのであった。
こうして第二次魔神戦争は終結し、魔王を討ち取った大英雄、【幻狼の翁】"エルトリア"の誕生であった。
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