第69話
六体の上級魔族、マリシャス・ペインに囲まれたおれたちだったが、
残るは、四体。
樹上から魔法で攻撃を仕掛ける上級魔族たちに対して、リアリアリアが広場の中央で皆の守りを担当してくれている。
おれとブルームは左右から順番に六つ手の魔族たちを攻略していこうとするが……。
自分の力だけで戦えるブルームと違って、おれの方はエステル王女とアイシャ公女の
魔力供給の面でも、早期に決着をつける必要がある。
:がんばれーっ! パンツ脱げーっ!
:あの、エステルお姉さま、アリスさましかみていないのになにをおっしゃっているのですか?
:趣味と実益!
視界の隅に出現したエステル王女のコメントと共に、おれの身体に大量の魔力が流れ込む。
「呑気だね、殿下たちっ! でもまあビビってるよりはいいかな!?」
マリシャス・ペインが二体、樹上からふわりと浮き上がり、白い翼で宙を舞うおれを挟み込むように動いてきた。
残り二体も、リアリアリアの守りは容易に突破できないと悟ったか、やはり飛行魔法を行使してブルームの方へ飛んでいく。
早々に二体を潰せたのはよかったが、こうなると厄介だ。
なにせ、本来はこいつ一体でも、ちょっとした町のひとつやふたつ、簡単にひねり潰せるだけの力を持っているのだから。
比較的、戦闘に長けた王族であるエネス王女が、わりと手も足も出ないくらいには強敵なのだから。
トリアの町では、疲労困憊の果てとはいえ、このおれだって相応に苦戦した相手なのだから。
マリシャス・ペインは、アリスを挟んで距離をとり、火球をたて続けに放ってくる。
おれは翼を広げて回転しながら軌道を変化させ、弾幕を回避し続けた。
「ちょっとちょっと、上級の魔族さんたちがふたりでひとりの子どもを追い詰めるなんて、大人げないんじゃないの!?」
「黙れ、先ほどは騙されたが、魔力を抑えていたのだな! きさまがゴスルゥさまとルドゥハガルさまを倒した強者であること、すでに承知している!」
「それはもうちょっと前にわかって欲しかったかな!?」
ゴスルゥとは
ルドゥハガルは知らないけど、流れからして
うん、そうだよ。
六魔衆の二体を倒したチーム、そのうちのひとりがアリスだ。
でもまあ、あれは大量の
ついでにどっちのときも、アリスはぼろぼろになって、大怪我でしばらく寝込んでたんだけども。
まあ、なんにせよ。
空にあがってきてくれたのは幸いだ。
地上にいるこいつらの機動力には、以前もさんざん苦戦させられたのだから。
そのぶん、こいつらの守りは薄い。
経験上、おれはそのことをよく把握していた。
まあ、それでも上級魔族にしては比較的、という程度ではあるのだが……。
「当たらなきゃどうってことないって偉いひともいってたっ!」
指輪にこめられた
そのうちの片方に、ジグザグ移動で接近していく。
相手は逃げることなく、六本の腕のうち四本で剣と槍、斧と槌鉾を構えた。
よしっ、いい覚悟だ!
射線の延長線上にもう一方のマリシャス・ペインを置くことで、火球の雨が止む。
これで真っ向勝負ができる。
「ちょこまかと、奇怪な動きをする!」
「UFOみたいで格好いいでしょ?」
「ゆー? なに?」
首をかしげつつも、マリシャス・ペインはおれの
斧の刃が砕け、破片が四方に飛び散る。
武器が壊れることは察していたのだろう、マリシャス・ペインは無造作に斧を捨てると、腰から予備の小剣を抜く。
その間にも、三本の腕で剣と槍、槌鉾を振るってくる。
おれは
射線上から外れたとたん、もう一体のマリシャス・ペインが火球を放ってこれを妨害してくる。
ちっ、連係プレイが上手いじゃないか。
上級魔族なら、ソロプレイメインで動けよ! 群れるんじゃないよ!
:へいへーい、アリスちゃん苦戦してるー?
:ちょ、ちょっと、お姉さま!
:いーのいーの、これくらい煽っておけば本気出すでしょ
「ちょっ! アリスは充分、本気なんだけどーっ!」
さっきは不意を衝いて一体始末できたが、上級魔族二体にコンビプレイされると、さすがにキツいものがある。
長引くと、魔力の供給に難があるこちらがいささか不利だ。
:あっ、もう無理……
:わっ、お姉さま! ここからはわたくしが……
とかいってたら、エステル王女がダウンしたようだ。
煽ってきてはいたけど、わりとガチで限界まで魔力を支援してくれていたことくらいわかっている。
すぐにアイシャ公女が端末を引き継ぎ、
おれは空中でマリシャス・ペイン二体の間に入るように動き、火球を牽制しながら、一方に接近しようと試みるが……。
「へいへーい、誇り高い魔族さん! 小娘ひとり相手に逃げ腰で戦うとか、恥ずかしくないのかな?」
「六魔衆を倒す猛者を相手と知ったからには、我らけっして慢心などせぬ。じわじわと嬲り殺してくれよう」
「ちょっとは慢心しろこんにゃろーっ!」
飛行魔法によってひらひらと舞う赤茶けた肌の魔族ふたりは、なぜだか、ひどくおれの接近を警戒している。
もしかして、おれがろくに遠距離攻撃できないのバレてる?
バレてそう。
アリスの外見は見分けられなくても、
これまでは仲間の援護や、
なにげに、これまでで一番のピンチかもしれない、が……。
:アリスさま、みっつ数えて援護いたします
アイシャ公女の合図と共に、おれは翼を羽ばたかせてマリシャス・ペインの一方へ突進する。
相手は距離をとろうと高度をとるが……。
:さん、にー、いち!
そこに、下から雷撃が放たれた。
思わぬ一撃を、マリシャス・ペインはかろうじて回避するも、そこでバランスを崩してしまう。
「ぬっ、下の輩か!」
「そういうこと! アリスだって、ひとりじゃないんだから!」
いまのはリアリアリアの攻撃だろう。
あまり精度の高い雷撃ではなかったが、まあ彼女って基本は研究職の魔術師だし、援護してくれるだけでも御の字である。
それに……援護は、彼女だけではなかった。
一方に接近しようとするおれを邪魔するため、もう一方のマリシャス・ペインが火球をたて続けに放とうとするが……。
その、アリスの背後の上位魔族を、突如として鋭い刺突が襲う。
ちらりと振り返ったおれがみたのは、地面から跳びあがってそのマリシャス・ペインを襲う、エネス王女の姿であった。
「ええい、邪魔をするな!」
「高貴なる者の義務として、ほんのわずかでも食らいついてみせましょう! アリス!」
「うん、任せて、殿下!」
エネス王女は刺突をいなされ、マリシャス・ペインに蹴り飛ばされて地面に落下する。
だがそうして稼いでくれたほんのわずかな時間で、おれはもう一体のマリシャス・ペインとの距離を詰めることができた。
いまだけは、文句なしの一対一だ。
「劣等種ごときが、調子に乗りおって!」
「そのアリスに追い詰められてるって、どんな気持ち?」
速さに特化した上級魔族であるマリシャス・ペインはそれでも身をひねり、一撃をかわしてみせるが……。
左肩の表皮一枚、刀身が切り裂き、赤い血が肌ににじむ。
それだけで、充分だった。
こいつがいま使っている飛行魔法は、立派な
その
マリシャス・ペインの身体が落下する。
さしもの上級魔族もこの急激な変化に動揺した。
無理もない、相手は
だからいまこそが、いまだけが、おれにとって最初で最後のチャンスだった。
相手は懸命に四肢を振って、身体のコントロールをとり戻そうと必死であった。
反撃するどころではなく自由落下する相手に対して、剣を腰だめに構え、上空から落下する以上の速度で突っ込んでいく。
その胴に
強い衝撃で、
土埃が舞い上がる。
地面に串刺しとなったマリシャス・ペインの絶命を確認する暇もなく、おれは上級魔族の胴を貫いたままの
白い翼をおおきくはためかせ、土埃を割って、上空に飛び出した。
「あははっ、ひとりになっちゃったね! もしかしてよわよわ魔族さんだったのかな?」
「きさま、よくも、よくも!」
「こっちだって仲間をたくさん殺されてるんだからーっ!」
相方をやられたマリシャス・ペインは、怒りにその身を震わせて、馬鹿のひとつ覚えのように連続して火球を放ってくる。
思考が硬直しすぎだよ。
おれは空中できりもみ回転しながら火球を回避しつつ、距離をつめる。
マリシャス・ペインの首を刎ねた。
鮮血と共に頭部が宙を舞い、力を失った胴体が地面に落下する。
「これで、こっちの三体は終わりっ!」
ブルームの方は、とそちらを向けば、彼はリアリアリアの援護を受けて二体目を撃破し、残った一体に振り向くところだった。
「おぬしが最後ですな」
「くっ、くそっ! かくなるうえは!」
その残った一体のマリシャス・ペインが、宙に舞い上がる。
「ちょっとーっ! 逃げるつもりー!?」
いや、しかし上空には強固な結界が張られている。
いくら自由に飛行できたとしても、上に逃げることは叶わない。
そのはずなのだ、が……。
天蓋となっている結界のもとまで舞い上がったマリシャス・ペインは、手を突き出しその透明な壁に触れる。
そして――力を、その身に溢れる膨大な魔力を結界に流した。
赤黒い光が周囲に広がり、マリシャス・ペイン自身の姿すら覆い尽くす。
「ちょっ、なにをして――っ」
結界を無理矢理に壊そうというのか?
そんなこと、できるはずがない。
いや、できないとしても。
結界の外に、なにかを伝えることなら?
赤黒い光が消えた。
さきほどまで自信に満ち溢れて筋骨隆々だった上位魔族は、いまやまるで老人のように枯れ果て、しおれていた。
限界を越えて魔力を絞り出したのだ。
もはや飛行魔法を維持することすらできず、落下していく。
そのマリシャス・ペインは地面に突き刺さり、そして二度と動かなかった。
自殺も同然の行動に、おれは動くことができずにいた。
「こいつ、なにをしたんだろう」
ふと上空を仰ぎみれば……。
青空に、ほんのわずか、亀裂のようなものがあった。
「もしかして、いまの爆発で……?」
だが、その亀裂は、すぐ宙に溶けるように消えてしまう。
後には、なにも残っていなかった。
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