第39話

 ティラム公国、という小国がある。

 我らがヴェルン王国の北西、デスト帝国の北、森と山ばかりの風光明媚な国だ。


 もちろん褒めていない。

 山中の盆地にある公都は、夏は蒸し暑く冬はクソ寒いという。


 山では魔物かと見紛うばかりの大熊が出るし、冬は大雪で街道が通行不能になる。

 深く暗い森では簡単に方位を見失い、山と山を繋ぐ細い道が崖崩れを起こすこともまれではない。


 大自然の前にはヒトの営みなどちっぽけなもの、と実感させてくれる、生きていくだけでもたいへんな国なのだった。

 ちなみに、百年くらい前に帝国から独立したものの、帝国の方ではときの皇帝が「あんな田舎、いらんわ」と相手にしなかったことでも有名である。


 もっともその後、公国はひとつだけ特産品を確立させ、それでもって外交を展開した。

 おかげで、小国ながらそこそこ有名かつ、我がヴェルン王国とも強い繋がりを持っていた。


 その特産品とは、公国を支配するティラム大公家の強い魔力であり、彼らだけが持つ特殊な魔法である。

 つまり、魔術師だ。


 ヴェルン王国との繋がりとは、現国王の側室のひとりが現大公の妹であることで、その娘がエステル王女だったりする。


 いやー強い魔力があってもその方向性が料理キチアレじゃどうしようもない、というやつだ。

 ちなみに大公家特有の魔法については、ちょっと適性がないとかで、エステル王女は継承できていない。


 で、そのティラム公国からSOSのコールが来た。

 魔王軍が、一軍をこの山岳地帯の小国にまわしてきた、という話なのだ。


 予期されていたことではあった。

 そして、公国のすべてを助けることはできない、ということも。


 ヴェルン王国には、まだ準備が整っていない。

 ましてや不慣れな森と山で魔物を相手にするとなれば、苦戦は必至なのであった。


 敵の方が個体戦力が上だからね。

 こっちの勝機は、数を揃えての集団戦だからね……。


 でも、だからといって完全に見捨てることもできない。

 側室という繋がりもあるし、助けの手を伸ばした、という事実が重要だった。


 できるだけのことはする。

 具体的には、公国からの避難民の一部だけでも助けて、今後に繋げる。


 それが、今、ヴェルン王国ができる精一杯である。

 で、そういう条件で動くなら……。


 まあ、特殊遊撃隊アリスたちの出番なわけだ。



        ※※※



 王都に戻ってからおよそ二十日後、夏真っ盛りの昼下がり。

 おれはデスト帝国の北方の小国、ティラム公国の山岳地帯にいた。


 二頭立ての馬車が一台、森のなかの道を疾走している。


 馬車は追われていた。

 追跡しているのは双頭の狼や口から火を吐く犬、そしてそれらに乗った犬頭の小人たちである。


 コボルドライダー隊と呼ばれるそれらは、魔王軍の機動部隊であった。

 数は四十を越える。


 すでに馬車の護衛だった騎士はことごとく足止めとして散り、コボルドライダー隊を阻む者はなにもない。

 馬車を引く馬たちが少しでも脚を止めれば、そのときが最後だ。


 御者は老女で、帯剣もしていなかった。

 馬車のなかにいる高貴な人物を守る力がある者は、もう誰もいない――はずだった。


 空中で馬車を発見したアリスおれが全力で到着しなければ。


「それじゃ、いっくよーっ」


 上空から馬車を発見したおれは、翼をはためかせ、急降下してコボルドライダー隊に斬り込む。

 すれ違いざまに剣を振り抜き数頭を仕留め、ついでにソニックブームで残りを吹き飛ばす。


 コボルドライダー隊の後方に、その指揮をとる魔族がいた。

 全長四メートルはあるでかい馬の上に赤い肌のヒトのような上半身がついた、ケンタウロス型の魔族だ。


 ケンタウロス型の魔族は急接近するおれに目をおおきく見開き、慌てて弓に矢をつがえる。

 だが、遅い。


 おれはその魔族が弓を射る前に接近し、身の丈より長い大剣でその首を刎ねてみせた。



:やっぱアリスちゃん、魔族と魔物相手だと生き生きしてる

:デュアルウルフもヘルドッグもアリスちゃんにとっては雑魚とはいえ、指揮官の魔族まで一撃かー。

:よほどの魔族じゃないと、もう相手にならないよね

:そこで宙返りしてパンツみせて! はやく! やくめでしょう!



 今日は、アリスおれの活躍がヴェルン王国全土の端末で公開されている。

 コメント欄の皆も絶好調である。


 あとパンツパンツいってるのは安定のエステル王女だ。

 あのさあ、殿下のお母さんの国を助けに来てるんですけどー?


 こんなんじゃおれ、この国の貴族を助けたくなくなっちまうよ……。

 いや、助けるけどさ。



        ※※※



 さくさくと残りを掃討して、停止した馬車に追いつく。

 停止というかこれ、車輪がぶっ壊れてるな。


 本来は馬車なんか通れない、ろくに舗装もされてない森のなかの道を爆走してたんだから仕方がない。

 おれが援軍に駆けつけるまで、よく保った方だと思うよ。


 たぶん、御者の人が魔法で馬車全体を防護しながら走っていたんだろう。

 軍事用として、そういう魔法がある、と知識としては知っていた。


 軍事用限定なのは、そもそも魔力の消費がかなりデカい魔法だからだ。

 商人とかが気軽に使えるような魔法なら、この世界の流通もまた変わってきただろう。


 で、馬車のそばでは、ふたりの人物がアリスおれを待っていた。

 ひとりは御者をしていたとおぼしき老女で、ぐったりとその場に座り込み、肩で息をしている。


 もうひとりが、その老女を心配そうにみつめている、十歳かそこらの少女だった。

 シェルが上空で周囲を監視していることを確認して、ふたりに声をかける。


「アイシャルテテル殿下でいらっしゃいますか。わたしはヴェルン王国特殊遊撃隊一番隊隊長のアリスです。殿下を王国までご案内いたします」


 少女が、顔をあげておれをみる。

 あどけない顔立ちながら、どこかエステル王女の面影があるような気がした。


 帝国周辺の高位貴族の系譜であるから、金髪碧眼。

 地面にこすれそうなほど長い髪をストレートに垂らしているのは、普段、自分の足で歩くということをほとんどしないからだろう。


 今回のアリスおれの役目は、彼女をヴェルン王国に連れていくことだ。

 大公家の魔法の使い手がひとりでも生き残っていれば再起はできると、土壇場になって公国上層部は決断し、彼女を逃がすことにしたのである。


 その魔法とは、未来探知。

 数多ある未来のなかから、もっとも望ましい未来を手繰り寄せる力である、らしい。


 本当かどうか、おれは知らない。

 なにせ、ゲームの開始時点で、この国は滅亡しているのだから。


 結局、望ましい未来などなかったのかもしれない。

 彼女の運命も、たぶん悲惨なものだったのだろう。


 でも、今はおれがいる。

 ヴェルン王国は彼女を救うと決めて、アリスとシェルを送り込んだ。


 さて、問題は彼女を救う具体的な方法だが……。


「シェル! ふたりを同時に飛ばせる?」

「ひとりなら、なんとか……」

「じゃあ、こちらのご老人をお願い。殿下はわたしが抱えて走るから」


 飛行魔法はけっこう繊細で、シェルでも複数人を同時に運ぶのは難しい。

 で、おれが老婆を抱えて森のなかを走るのは、ちょっとばかり背丈とかの問題がある。


 なので、殿下には申し訳ないけど、この分担でいくしかないだろう。

 と思ったのだけれど……これには、老婆が抗議してきた。


「婆はここに残りましょう。どうか、殿下だけでもお逃げください」

「そんなの駄目です、ばあさま。ふたりいっしょじゃなきゃ、わたくしは嫌です!」


 涙目になって、アイシャルテテル殿下は老婆にすがりつく。

 いまはそんな愁嘆場を披露してる場合じゃないんだけどなあ。


「ご無礼、失礼しまーすっ」


 というわけでおれはさっくりとアイシャルテテル殿下を左腕一本でかつぎあげる。

 シェルが降りてきて、老婆に肩を貸し、宙に舞い上がる。


 老婆がなにやらわめいてるが、無視。

 おれの肩の殿下もなんか慌てているが、無視。


「アリスお姉ちゃん! 西と南から別の部隊が来てる! いちど、北東に抜けて!」

「了解っ、シェル!」


 おれは森のなかに飛び込む。

 太い木の枝から枝へと飛び移り、樹上を高速で移動する。



:あのー、公女様がめちゃくちゃ悲鳴あげてるよ?

:殿下、顔が地面の方を向いてるからね、そりゃ怖いと思う

:魔王軍にとっつかまるよりはマシ

:それはそうなんだけどさあ



 コメント欄がうるさいなあ!

 現場の判断だよ、現場の判断!


 ディアスアレス王子からは、多少乱暴でも五体が欠損しても、とにかく身柄を確保してくれればOKっていわれてるんだからね!

 もちろんそんなこと、配信では口に出せないけど!



:幼女の悲鳴、助かる

:アリスちゃん、もっと殿下を怯えさせて

:脚をばたばたさせててて、かわいいね

:そこ、スカートめくってみて



 一部コメント欄がカオスになっているが、これは安定のヴェルン王国うちの王族である。

 他国の貴族にセクハラはNGでしょ!


「ちょっとーっ! お兄ちゃんお姉ちゃんたち、セクハラするならアリスだけにして! いやアリスも駄目だけど!」



:おっ、嫉妬かな?

:アリスちゃんがデレた?



「うるさーいっ!」


 こいつら、ほんとたいがいにしておけよ?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る