第28話
ディラーチャとムリムラーチャが魔物退治の遠征から帰還した。
おれが入院している間に、我がヴェルン王国の西方、デスト帝国との国境付近の山岳地帯まで行っていたのだ。
そこに、おそらくは魔王軍からはぐれたとおぼしき知性の低い大型の魔物が数匹、徘徊しているという報告が入ったからである。
おれが無事だったら、間違いなくアリスとシェルが派遣されていたケースだ。
領土問題を抱えているあたりで、本来であれば繊細な対応が必要な場所であった。
しかし、いまデスト帝国はそれどころではない。
帝国側への配慮など知ったことか、と出撃したふたりは、見事、魔物の群れを掃討し……。
そのついでとして千人以上の難民を保護してきた。
その模様は
ぼろぼろの難民たちが魔物に襲われ、間一髪のところでムルフィが救援に入った、まさにその場面を、である。
「そこまでの政治的効果を狙ったわけではないのですが、これはこれで結果オーライですわー」
とは、おれの横で盛大に
ムルフィたちの配信の際、おれとシェリーもいつもの屋敷に呼ばれていたのである。
「たまには
と誘われたのだった。
シェリーの魔力ならそこそこの
そう思えば、断る理由もなかった。
おれ?
もちろん
「それにしても、すでにこれほどの規模の難民が出ているとは。デスト帝国も堕ちたものだね」
急用を片づけて事後に屋敷へやってきたディアスアレス王子が、辛辣な言葉を放つ。
「やっぱり、複雑な気持ちがありますか」
「ああ、素直にざまーみろ、と思っているよ」
にこやかな笑顔でそういってのけた。
アッハイ。
デスト帝国は、我が国の西に広い領土を持つ大国だ。
具体的には、ヴェルン王国の三倍くらい。
最盛期の二百年前くらいは大陸の半分くらいを支配していた。
ヴェルン王国は百年ほど前にこのデスト帝国から独立した国である。
そのときの経緯もあって、デスト帝国とはめちゃくちゃ仲が悪い。
つい最近まで、頻繁に領土問題で殴り合っていたくらいである。
故に現在進行形でデスト帝国が魔王軍に攻められているにもかかわらず、我が国はデスト帝国の支援に動いていなかった。
むしろ帝国を時間稼ぎの壁として、自国の守りを固めている。
いや帝国を支援しろよ、と思うかもしれないが……。
そこは、ちょっと待って欲しい。
だって魔王軍対策の話し合いの機会を設けようとした王国に対して、皇帝の代理人は「おまえら属国が帝国に貢献するいい機会だ、人と物資をよこせ」という態度で望んできたのだ。
そりゃあもう、「貴国のますますの活躍をお祈りしております」となる。
誰だって秒でそうする。
で、帝国はほかの国にも同じ態度で総すかんをくらったらしい。
結局、単独で魔王軍の侵攻を受け……。
現在、じわじわと追い詰められているとのこと。
我が国の諜報組織によれば、「保ってあと百日」とのことである。
魔王軍の主力を受け止めて百日も稼げるなら、たいしたもんだとは思うよ。
とはいえ、それは兵と民をすり潰しての地獄のような撤退戦である。
そりゃあ、難民も大量に出るだろう。
帝国と我が国の仲の悪さは民の間でもたいがいなので、大半の難民は、ヴェルン王国を迂回して北や南まわりに抜けていくとか。
正直、すでに王都には、すごい数の帝国以外からの難民が押し寄せているから、助かるっちゃ助かる。
でも今回、ムルフィが千人もの帝国の難民を助けたことで、潮目が変わりそうとのことで……。
「我が国の民が立場の弱い難民を虐げても、なにも益はありません。帝国の民への感情が軟化するなら、やれることも増えてきますわ」
とマエリエル王女はいっていた。
好悪だけで外交をするわけにはいかないし、昨日の敵が今日の友になるのもよくあることである。
そんなわけで、山岳地帯での魔物退治の数日後の、今日。
ディラーチャとムリムラーチャが王都に帰還し、いつもの郊外の屋敷でおれとシェリー、ディアスアレス王子とマエリエル王女がふたりを出迎えたというわけである。
※※※
いつもの応接室に現れたふたりは、疲れ切った顔をしていた。
特にムリムラーチャの方は、王族の前だというのに、いつも以上にだるそうな態度で、視線が宙を彷徨っている。
「なんで人と人は争うのかな……」
「哲学的な問いかけは無意味だね。人が三人集まれば国ができる、と諺にある通りだよ」
ディアスアレス王子は優雅にソファに腰を下ろしたまま歯をきらんとさせてそんなことを告げると、
「まあ、座りたまえよ。なにがあったかは想像がつく。難民を最寄りの町に引き渡す際、住民と揉めたのだろう? おそらく『おまえらにくれてやる食料なんてない』とかいいだして」
「正解。報告が来たの?」
「いや、きみたちが飛んでくる方が速かったからね。でもそれくらいは想像がつく。すでに仲裁に長けた部下を派遣させたから、安心するといい」
ムリムラーチャが王子を「こいつなんなんだ」という目でみている。
わかるよ、ほんとこの人、なんなんだろうな?
時々、この王子が未来のことを知っているんじゃないかと疑うことがある。
王子を幼少期から知るリアリアリアによれば、そんなことはないらしいんだけど……。
「殿下はどこまで予測されていたのですか」
殿下の対面、おれの隣のソファに腰を下ろして、ディラーチャが訊ねる。
王子は笑って「きみたちが難民を発見したのは予想外かな。でも発見した場合の対応はおおむね決めていたよ」と返事をした。
姉妹が、なにかいいたげに、おれの方に首を曲げる。
わかるよ(二回目)。
ちなみにほかの王族もだいたい優秀な方ばかりだからね。
変態が多いけど。
「わたくしたちは為政者側ですわ。複数の案を用意して随時使い分ける、くらいはできて当然です」
「ん、なるほど。そういうもの」
ムリムラーチャが納得した様子でうなずく。
為政者は皆、これくらい有能だと信じ込んだようだ。
別にそんなことないから。
帝国の皇帝まわりとか、正反対の意味でヤバいからな?
まあ、そういう帝国貴族の首は、もうすぐ跳ぶんだけどね。
魔王軍の手によって、物理的に。
無能な為政者が民にもたらす被害のおおきさを、おれたちは現在進行形でみているわけだ。
つーかあの帝国、よく反乱起こされないよな……。
いまは同士討ちしているような余裕もないんだろうけど。
「
今回、ディラーチャとムリムラーチャは新型の
過剰な
この
せっかく貰った魔力とそれに使った触媒がもったいないとはいえ、これまではその場で使い切るしかなかったことを思えばおおきな進歩であった。
「
「そこは、ディラーチャ、きみの判断でリミッターを外してくれたまえ。とはいえきみたちは、勝つことより生き残ることを優先して欲しい」
「わかりました。わたしとしてもムリムの安全が第一です。無論、わたし自身の安全も」
ちらり、とディラーチャはおれの方をみる。
そういえば、彼女たちと初めて会った日の翌日の朝に、ちょっとそんなことを話したな。
自分が死んでも妹を守る、みたいな考えではムリムラーチャを不幸にする、みたいな内容だった気がする。
おれはゲームにおけるムリムラーチャを知っているから、ちょっとだけ忠告したくなったのだ。
ゲームの世界では、いまごろもうディラーチャは死んでいたのだろう。
幸いにして、ディラーチャはこうして生きていて、しかもおれたちの頼もしい仲間になってくれている。
「ところで、アリスちゃんの具合はどうなのですか」
ディラーチャが、おれのそばにちょこんと座って黙っているシェリーに訊ねた。
彼女たちはおれがアリスでシェリーがシェルであることを知らない。
アリスは先日の大怪我により、未だリアリアリアのもとで療養中である、ということになっていた。
リアリアリアの一番弟子であるシェリーがそのあたりにいちばん詳しい、と考えたのだろう。
うん、間違ってはいない。
シェリーは毎日、
「え、えっと。もう少しお休みしないと駄目みたい、です」
「そうですか……。ご自愛くださるよう、お伝えください」
「う、うん! そうですよね! ちゃんと療養して欲しいよね!」
はっはっは、ちょっと動揺しすぎじゃないかな、我が愛する妹よ。
どもる妹もかわいいなあ。
あ、王子と王女が生暖かい視線を向けてくる。
「もうしばらく、アリスは王都に常駐して療養を続けることになります。ディラーチャ、ムリムラーチャ、おふたりにはその間、各地を飛びまわっていただきます」
ディアスアレス王子が、そうまとめた。
誰にも異論はない。
いや、おれとしてはもう大丈夫、とっくに全回復してるつもりなんだけどなあ。
「とはいえ、息抜きも必要でしょう。数日は王都でゆっくりしてください。アラン、その間のふたりの案内は任せますよ」
え、おれ?
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