第14話


 目覚めてから聞いた話によれば、おれは意識を失ったままシェリーの手によって(魔法で持ち上げられて)町の外に運ばれたらしい。

 そこで王都から飛行魔法で急行してきた支援部隊による治療が行われたという。


 そう、盛大に魔力を注ぎ込みすぎたおれの身体は、だいぶヤバい状態だった。

 治療班の不眠不休の働きがなければ生死も危うかったらしい。


 もっとも、それだけの支援スパチャがあったということだし、そうしなければ勝てなかった。


 肉体の傷は癒えても、おれは昏々と眠り続けた。


 魂が傷ついていた、という話だ。

 夢のひとつもみなかったおれには、よくわからないのだけれど。


 七日後に病院のベッドの上で意識が戻った。

 すぐ横にいたシェリーは目を真っ赤に腫らしていたし、なんなら目覚めた直後に抱きつかれて大泣きされた。


 無茶はやめて、といわれた。

 死んだら許さない、と怒られた。


 次は気をつけるよ、とおれは返事をした。

 実際にそのときになったら、どうするかは……ちょっとわからないけれど。


 おれが起きたとき、すでに戦いの後始末は終わっていた。


 トリアには近衛騎士団が赴き、焼け出された民に支援物資をばらまいたという。

 第一王子が直接、その指揮を執ったとのことである。


 グリード・クロウラーやモール・ドレイク亜種によって開けられた穴は調査の後、しっかりと埋められた。

 逃げた魔族や魔物については、徹底的な捜索と討伐が行われたという。


 その過程で、近衛騎士団にも多少の被害が出たそうだ。


 住民の死者・行方不明者合わせて七十人以上、負傷者五百人以上。

 騎士と僧騎士の死者・行方不明者は十六人。


 当時、あの町にいた騎士と僧騎士は合計で五十人くらいだったはずだから、およそ三分の一が殉職したということになる。

 さしておおきくもない町にとっては、とんでもない被害であった。


 ちなみにおれとシェリーは、あの夜の戦いの最中、王都の部隊と接触して一時的にその指揮下に入り、逃げた魔族と魔物を追う任務についた、というあたりで話がまとまっている。

 アリスとシェルのことは国の機密であるため、カバーストーリーが必要だった。


 おれたちのためだけに、王家は複数の架空の部隊と架空の任務を用意してくれている。

 今回はそのうちのひとつを使ったとのことだ。


 そういうわけで、兄妹の里帰りはさんざんな結果に終わった。

 いや……おれたちが里帰りしなかったらもっと被害は拡大していただろうし、結果的によかったのか?


 わからない。


 両親が家の下敷きになった靴屋の娘の顔がちらつく。

 同時に、師匠の笑顔も。


 たしかなことは、ひとつ。

 なにもかもを守ることはできなかったけれど、あのときできることはすべてやったということだ。


 おれたちは母ともう一度話をする暇もなく、森へ狩りに出かけていた父と再会する暇もなく、王都に戻った。

 というかおれの場合、昏睡状態のまま、いつの間にか王都に運ばれていた。


「落ち着いたら、また里帰りして……今度こそ親父にも顔をみせないとな」


 おれの胸にすがりついて泣くシェリーの背を撫でてあやしながら、おれはそんなことを呟いた。


        ※※※


 目覚めた翌日。

 シェリーと共に、リアリアリアのもとへ報告に赴いた。


 今回、王族を叩き起こして王都の王国放送ヴィジョン端末を強制起動した彼女は、おれたちにとって命の恩人である。

 リアリアリアは、「無事でよかった」と安堵した様子で微笑んだ。


「アラン、あなたの身体については早急に全面検査をするとして……王国放送ヴィジョンシステムの見直しが必要ですね。単位時間あたりの魔力の供給量にリミッターをかける必要があるでしょう」

「待ってくれ、あの魔族に勝てたのは螺旋詠唱スパチャのおかげだ。リミッターがあったら、拾える戦いも拾えなくなる」

「あなたがそういう無茶をするから、ほら、隣で我が弟子が冷たい目で睨んでいるのですよ」


 隣のシェリーをみる。

 表情を消して、師であるリアリアリアをじっとみつめていた。


 へたに睨んだりするより怖い。


「自分がどれだけこの子を心配させたのか、少しは反省することですね」

「負けてなにもかも失うよりはマシでしょう。いざというときのリミッター解除を用意してくれるなら承知します」

「我が弟子が供給をコントロールする、というあたりで落ち着けましょう。術式の改良にしばしの時間を貰いますよ」


 そういうことになった。


 まあ、仕方がない。

 おれだって別に、死にたいわけじゃないんだ。


「いずれにせよ、しばらくアリスの出動はありません。あなたの身体と魂は、まだ傷ついています。休暇中にこのようなことになったのは残念ですが、どうかしばらくは安静にしていてください」


        ※※※


 安静に、といわれても、やるべきことはまだある。

 シェリーをリアリアリアのもとへ置いて、おれはひとりで、王都のはずれにある、とある屋敷へ向かった。


 おれの書類上の上司が住んでいる屋敷である。

 もちろん、そんな上司は実在しない。


 ただし屋敷には住人がいるし、その人物は実際におれの上司にあたる人物であった。

 つまり、王族だ。


 屋敷に通されたおれは、しばし待たされたあと、簡素なつくりの応接室に通された。

 簡素、といっても華美な装飾がほどこされていないという意味で、部屋のつくりは頑丈だし、魔法的な防護がたっぷりとほどこされていることは知っている。


 そこでソファーに座っておれを出迎えたのは、ひと組の男女だった。


 男の方は金髪碧眼のすらりとした二十歳前後の優男で、温和な笑みを浮かべている。

 女の方は同じく金髪碧眼だが、年齢は十七、八歳くらいで、傲慢にふんぞりかえり、腕組みしておれを迎えた。


 このふたりこそ、ヴェルン王国の第二王子と第三王女である。


「遅いですわ、アラン。リアリアリア様への報告にどれだけ時間をかけているのです」

「いや、報告は重要じゃないかな。なんといってもあのお方がいなければ、王国放送ヴィジョンシステムの改良はできないのだから」


 女性の方がおれを叱り、男性の方がそれを宥める。

 このふたりは母親が同じ第一王妃で、共同で主にリアリアリア関係、おれやシェリー関係の実務をとり仕切っていた。


 ちなみにその第一王妃というのがリアリアリアの友人であり、ふたりとも幼少期、リアリアリアになついていたという。

 あの人も、長年引きこもっていたといいつつ、なんだかんだで王家と関係を深めてたりするんだよなあ。


 そういう関係性がなければ、こうも短期間で王国放送ヴィジョンシステムなんてものが完成するはずもないのだけれど。

 それはそれとして……。


「殿下、報告いたします」

「あ、形式ばった挨拶はいいよ。ここにはわたしたちしかいないからね。ざっくばらんにいこう。座りたまえ」

「それでは、失礼いたします」


 おれは第二王子の勧めで対面のソファーに腰をかける。

 彼としても、形通りの報告は部下から手に入れているだろう。


 とはいえ、実際に戦ったおれ自身の報告を聞きたい、というのも理解できた。

 おれは、あの夜の出来事を詳細に語る。


「魔王軍の奇襲から聖遺物を守ることができた。幹部らしき魔族を倒すことができた。これ以上の成果はないね。きみたち兄妹のおかげだ、ご苦労だった。論功行賞は期待してくれていい」


 第二王子は、おれの話を最後まで聞いたあと、そう労ってくれる。


「でも魔力の過剰吸収は頂けないな。アリスには、今後も活躍してもらう必要がある」

「後続が育つまで、だいぶ時間がかかりそうですものね……。我がことながら、不甲斐ないことこのうえありませんわ」


 第三王女が腕組みしたまま、憮然とした表情で告げる。

 アリスの後続の育成については、彼女の管轄であった。


「ひとまず、きみはゆっくり身体を休めるように」

「ディアスアレス王子、マエリエル王女、そうなると、アリスはしばらく王国放送ヴィジョンに登場しないことになりますが」

「民の興味を惹き続けるために、ほかにもコンテンツを用意する予定だよ。毎日、ある程度は放送していかないとね」


 第二王子ディアスアレスは「アリスほど人の耳目を引く力は、いまのところ見当たらないのだけれどね」と苦笑いしていた。

 先のトリアでの突発放送も、夜にもかかわらず王都の住民が続々と酒場や公園に設置された王国放送ヴィジョン端末の前に集まって、最終的にすごいにぎわいであったらしい。


「アリスちゃんは本当に大人気なのですわ」


 第三王女マエリエルが頬に手を当て、そう告げる。


 ぱっと懐から、扇をとり出した。

 扇を広げると、表にはデフォルメされた笑顔のアリスがおおきく描かれている。


「このアリスちゃんラブラブ扇も大人気で、先日、第三次増産品が完売したばかりなのです」

「勝手に商品増やしますね、ほんと」

「ちゃんと、収益の一部はあなたにも還元いたしているでしょう? 次はアリスちゃんきゃわきゃわ飴を販売する予定です。二千個に一個、アタリのアリスちゃん赤面顔のアートが混入する予定ですわ」


 レアガチャ商法やめろ。


「セットのシェルちゃん赤面顔と合わせると、ふたりがみつめあっている図が完成いたしますのよ」


 しかもコンプガチャかよ。

 公正取引委員会さん早くきてー。


 そう、このマエリエル王女こそが、アリスとシェルの人気を煽り関連商品を出し品薄を煽る元凶であった。

 ちなみに王国放送ヴィジョンのコメントで「ぺろぺろ」とか「きゃわわ」とか書いているのもこのひとである。


 なおディアスアレス王子の方は「はぁはぁ」とか「パンツみえた」とか書いている。

 このひとたち、ほんとさぁ。


 螺旋詠唱スパイラルチャントをいっぱい投げてくれるから、こっちとしては助かっているんだけども。

 マエリエル王女が商品開発して民にアリス商品を売りつけるのも、螺旋詠唱スパイラルチャント用の触媒がめちゃくちゃ金食い虫だからだし。


 別に王族がアリスを利用して私利私欲を満たしているわけではない。


 いや、コメントの一部は私利私欲そのものな気がするけど……。

 それは置いておくとして、だ。


「アラン、魔王軍の幹部と戦ったあなたにお聞きします。あなた以外であれに対抗するとして、我が国はどの部隊を、どれだけ投入すれば可能でしょうか」

「数を投入しても無理でしょうね」


 ディアスアレス王子の問いに対して、おれは正直に答えた。


「寺院の僧騎士が一方的に押されていました。トリアの僧騎士は聖教でも上澄み中の上澄みでしょう? 彼らをして、時間稼ぎしかできない相手ですよ。掃討戦では近衛騎士団からも被害が出たのでは?」

「その通りなんだよね。武器の問題もあるし、対魔族、対魔物用の戦術の問題もあった。一からやりなおしだ、と第一王子うちの兄も頭を抱えているよ」


 魔王軍の厄介なところが、そこであった。

 質だ。


 人類の強みは、騎士という精鋭の数を揃えて集団戦を行うことができることである。

 しかし魔王軍の最精鋭、幹部どもは、その人類軍の精鋭騎士たちを単騎で圧倒する。


 ゲームでも、そうだった。

 人類は数の利を個の質によって圧倒され、敗北を繰り返し、大陸の東の果てまで追い詰められていた。


 人類が反撃に転じることができた理由は、優れた個を育成し、投入することで魔王軍の幹部を討ちとる体制が整ったからである。

 まあ、それがゲームの主人公、勇者なのだけれど。


 現在、ゲーム開始の五年前。

 勇者は未だ、覚醒していない。


 そんな状況だからこそ、アリスという存在は人類の希望の光なのであった。

 問題はそれが現在のところ唯一の光であり、後続の育成が上手くいっていないということである。


「トリアの地下に掘られたトンネルは埋めたし、聖遺物の場所は移動させる。再度、あの地が襲われることはないだろう」


 ディアスアレス王子はいう。


「それにしても、聖遺物あれと魔王にどのような繋がりがあるのだろうね」

「さあ……。その聖遺物というのがなんなのか、自分は知りませんから」


 おれは未だ、聖遺物というものについて説明を受けていない。

 だから、そう返事をするしかない。


 そもそもゲームの知識だけでは、聖遺物というものについてどう解釈すればいいのかわからない部分が多い。

 そのうえ、魔王の正体についての問題もあるわけで。


 とうてい、この場で私的な見解を披露する、というわけにはいかないのであった。

 はたしてディアスアレス王子はおおきくため息をつく。


「きみは今後も、魔王軍の幹部と接触する可能性がある。知っておいた方がいいだろうね」


 そう前置きして、彼は告げた。


「聖遺物と呼ばれる、かの地の寺院に安置されていたものは、左腕のミイラだ。ヒトの倍くらいのおおきさの、ね」

「それは……」

「我々王家は、それが魔王の左腕そのものではないか、と疑っている」


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