第65話

「よっと!」


 声を上げて先にあゆみが下に飛び降りた「さあ」と言ってひみかに手を差し伸べる。


「うん。行くね」

 

  返事をしてひみかも渾身の力を振り絞る形で身を落とした。それをあゆみは優しく抱きとめる


「二人共お帰り!」


 気が付くといまりが真っ先に声を上げてかけよってくる。


「やあ、いまり。待っててくれたんだね。ありがとう」


 ひみかはそれに対して疲れたような顔の中にも笑みを浮かべて返す。


「勿論、待ってたよ。よかった、本当に良かった……」


薄暗い中でその表情は読みにくいが、わずかに目をうるませているようにもみえる。余裕

ぶっているように見えていたがやはり相当心配していたのだろう。感極まったように言葉を詰まらせた。


「ひ、ひみかさん。あゆみちゃん、お帰りなさい」


 少し遅れてあさかも傍に近づいてきていた。


「ああ、あさかちゃん。君の方も無事だったんだね。よかった」


「ええ。私は全然大丈夫です。あの……。えっと、それでお伝えしなければならないことがあるんですけど……」


「伝えなきゃならない事? なんだろう?」


 ひみかの問い返されて、次に放つ適当な言葉をどう伝えればいいかと逡巡の色を見せな

がらあさかはゆっくり話し始める。


「あの、その……。わ、私が、あゆみちゃんとの仲を取り持って欲しいっていったことなんですけど」


「ああ、そうだったね。すまない、それは出来なくなっちゃったんだ」


 ひみかはその言葉を聞いて彼女からの頼まれごとを思い出したらしく、申し訳なさそう

な口調を見せながらもどこか決意を秘めた口調で言葉を返す。

 

「いえ、あのそうじゃなくって。そもそもその必要はなかったっていうか……」


「え? っていうとどういう意味だろう」


 あさかの言葉を聞いてひみかは不思議そうな顔を見せる。そこへ、イマリが割って入った。


「ご、ごめん。アタシが説明するよ。あのね、あれはあさかの本心じゃなかったんだ。その、私がそういう様に頼んだの」


「ええっと……それはつまり、あさかちゃんはあゆみが好きだっていう訳じゃないってこと?」


「うん、その……。アンタたち二人の仲を進展させるために一芝居打ってもらったの」


「僕たちの恋心に火を付ける為にってことさ」


「そ、そっか。そうなんだ…………。良かった~」


「へ?」


「良かったよ。実をいうとあさかちゃんの事が引っ掛かってたんだ。そのお願い、聞くわけにはいかなくなっちゃったからね。ほっとした」


 というひみかの言葉は何の気負いもなく事実を口にしている事が感じ取れるものだった。


「あ、あの、じゃあ怒ってないっていうことでしょうか」


「だ、騙してた事許してくれる?」


 対してあさかとイマリはそう簡単に話が済むとは思わなかったらしく拍子抜けしたよう

な声をあげる。


「まあ、もういいよ。そもそも、私が今まで自分の気持ちをはっきりさせなかったこともよ

くなかったのかもしれない。みんなにそれで心配かけてたんだね。申し訳ない」


 ひみかもイマリに対してはあゆみへの想いを様々に相談したりしていたのだ。今回の件

はイマリがその解決方法として考えてくれたことなのだろう。それは相当に乱暴なやり方

だが、ひみかとあゆみの事を想ってやってくれたことには違いない。更に、あさかはそれに

巻き込まれただけといえる。となれば、自分にも非があるのかとひみかは思い始めていた。


「そ、そんな……。謝らないでください」


「そうだよ。私が勝手しすぎたの。人と人の気持ちは他人がどうこうするもんじゃないよね。

ちゃんと想いがあれば収まる所に収まるもんなんだなって」


 これは先ほどあゆみから相当きつく言われたことにより堪えた結果の言葉であるとはい

えイマリの今の本心である。


「そう、だね。今は私もそれを実感しているところだよ」


 その言葉に対してひみかはあゆみの方に目を向けて実感のこもった口調で返す。


「じゃあ、じゃあ」


「お二人共、その……」


 その仕草、顔つきで二人も何があったのか察した様だった。


「うん。お付き合いすることになりました」


それに答えるようにひみかはあゆみの肩に寄りかかるようにして答える。


「よ、良かった~」


「ま、まあ。あれだけ情熱的なちゅ~してる所を見せられたら今更だけどね」


「そ、それは言わないでよ。みんな、黙ってみてるなんて人が悪いよ。あれは忘れて忘れて」


 あきなの人魂を通して二人の口づけシーンはばっちり見られていたことをあゆみは思い

出して顔を赤らめながら言った。


「流石にそれは無理ってもんさね」


「うん、まあ、こっちも野次馬しようっていうんじゃなかったんだからね」


 と、いつからそこへ居たのかメアリーとあきなが口を差しはさむ。


「そ、それは、有難かったけどさ」


「まあ、あゆみ。いいじゃないか。私と君は恋人同士になったんだ。ならば、その愛の営みを見られても何ら恥じることはないさ」


 肩を寄せたままそれこそ口づけをまたするんじゃないかというくらいに顔を近づけてひ

みかは、いたずらっぽくあゆみに伝える。


 その周りを青白い人魂がまるで祝福するようにクルクルと回っている。

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