第25話

ポフッ……

 ひみかは部屋に戻るとベッドの上にそのまま倒れこんだ。

「びっくりしたな~。まさかお婆ちゃんと話せるなんてさ」


 望んでないとはいえ、きっかけを作ったあゆみや須磨子には感謝しなくては。


 彼女と多津乃は5年程一緒に暮らしていた。

 親元を離れて一人やってきた自分を本物の孫の様に接してくれた。誰よりも恩義を感じている。

 そして亡くなる直前、自分に向かっていったのだ。


「ひみか、あなたは本当に気が回ってしっかりした子です。私も随分助けてもらいました」

 多津乃は元々目が良くなかったが、晩年はほとんど失明状態だった。

 身の回りの事は娘の須磨子がほとんどやっていたし住人も手助けしていたが、ひみかも細々としたことをやってあげていた。


「でもね、そのようにさせてしまった事を少し後悔してます。あなたの親御さんから大事な娘を預かったのだから、できる限り不自由なく暮らさせてあげたかった」

「ううん。私、お婆ちゃんに凄く良くしてもらった。ここに来て本当に良かったと想ってる。連れてきてくれて嬉しかったよ」

 それは本心だ。短い間だったとはいえ、二人が育んだ時間は濃密なものだった。


「そう想ってもらえていたならよかった。それでね、ひみかお願いがあります」

「うん、なーに?何でも言って、私お婆ちゃんのいうことなら何でも聞くよ」

「先に逝ってしまうしまう私がこんなことを言うのは無責任かもしれません。でもね、もっと人を頼りなさい」

「え? 」


「ここには人だけじゃありませんね。仲間がいます。住人でも金鞠家のものでもいい。決して一人で抱えないで欲しいの。特にあなたはまだ子供なんだから、甘えたいときは甘えていいのですよ」

「わ、私。甘えているよ。お婆ちゃんに、たくさん甘えてた。まだ、足りないよ。なら、もっともっと甘えさせてよ」

 言ってひみかは多津乃に抱きすがった。 


「ごめんなさい。私もそうしたいのだけれどそれはもう無理そうなの。後……」

「後、なに? 」

「あゆみのことよろしくね」

 実質、まともにしゃべった会話はそれが最後となった。


 窓際に勉強机、奥にベッド。全体的に白を基調としたシンプルなものだ。


 派手な調度品やかわいい雑貨類なども見当たらないが、棚や、張り出し窓にいくつかスノードームが置かれている。雪女の故郷を離れて過ごす自分がその名残を思い起こさせるものとして唯一集めている物だ。


 それから、部屋の中央に置かれたちゃぶ台が目を引いた。これは多津乃が遺したもので彼女が引き取ったのだ。その上には写真立てが乗っている。中には幼い彼女とあゆみ、多津乃の三人が写っていた。


 彼女は一度ベッドから立ち上がり写真立てをもって再び身を沈める。

 

 「私、言ったとおりにできてないよね」


 多津乃が亡くなってから暫くは金鞠家で生活した。

 本当は多津乃と暮らした百鬼夜荘にそのまま住んでいたかったが、流石に小学生一人残すわけにはいかないということで須磨子が提案したのだ。それ自体、とてもありがたいことだし、金鞠家の人々も彼女にとって家族同然。気を使う中ではない。

 人を頼りなさい。婆ちゃんの遺言を守る事にもなる。


 少なくとも小学校を卒業するまでは金鞠家の一員として過ごした。

 その間、頼る事や甘える事が上手くできていたか。

 そもそも、そんなことを考えてやることでもない、自発的にはできていなかったのだろう。

 その変わり、多津乃が言ったもう一つの言葉。


「あゆみをよろしく」

 これは守ろうと想った。

 そうだ、自分は甘え下手だ。ならば、甘えさせる側になればいいじゃないか。

 それ以降、彼女はあゆみに対して姉のようにふるまうようになる。


 別に問題ない。元々、あゆみのことは大好きだった。

 

 彼は他人を立場や属性で区別しない。人にも妖怪でも誰でも分け隔てなくフラットに対応できる。

 幼い頃からそれは感じ取れていた。そして素直でとてもかわいい男の子。


 家族同然に育ったのだから、情は沸くし、それ以上の好意だって膨らんでいく。


 でも、それを恋というものにまで至っているのか。

 至らせていい物なのか、まだ心に迷いを残したままだ。

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