第15話

「アタシはどんな相手からも好きって言ってもらえるのは嬉しいし、好きだって伝えるのも嬉しいんだよね。それはそれでおかしいのかもしれないんだけど」


 「いまりはいまりの考え方感じ方があるんだろうから、それでいいと思うよ。楽しいんだろ?」


 「うん、毎日楽しくてしようがないんだよね。沢山の人に愛されてアタシってば世界一の幸せものだと思っちゃうわ」


 「じゃあ、そんな君と二人っきりでいられる今の私も世界一の幸せものだね」


 言ってひみかはいまりの頭をにポンポンと優しく撫でる。


 「も、もう~。そういう事するから勘違いする子が出てくるんだよ」


 「勘違いってなんのことだい?」


 「忘れたとは言わせないわよ。卒業式の日、呼び出されたりお手紙貰ったりしてたじゃない」


 小学校でも既に中性的で整った見た目とその振る舞いから彼女は注目を集めていたが。


 中学校入学式に起こったある出来事が彼女の印象を決定づけることになる。


 教職員の紹介、それぞれクラスの生徒の名前呼びなどが進み、お定まりの校長先生の式辞の際。起立していたひみかの真ん前に立っていた女子が突然彼女に向かって倒れてきた。


 しかし、彼女は慌てずそれを優しく抱きとめた。そしてそのまま所謂お姫様抱っこの状態にする。

 みんな大注目だ。一部の女子生徒からキャーキャーと声が上がっていた気がする。


 ひみかはそんな視線にも気に留めないように、その場にいた養護教諭に向かっていった。


 「すみません。保健室で休ませてあげたいんですが。お付き添いお願いします」


 そんな事本来生徒がするものではないような気がするが、あまりの堂々とした様に教職員一同気をされてしまった。


 そして一瞬ポカンとした表情をした後、女性の養護教諭は、

 「あ、はい。じゃあ、そのまま連れて行って貰いましょうか」


 言って彼女を先導する形で保健室へ向かった。


 倒れた女生徒はただの貧血であり保健室で休んだらすぐに良くなったのだが、暫くひみかの顔を見ると真っ赤になってしまうという症状を抑えることができなくなった。



 そしてこの直後にあった学級会では大多数女子から保険委員に推薦。ひみか自身も拒否する事になくそれを受けた。


 結果三年間彼女は保険委員を務めることになる。


 当然の流れとして彼女のクラスでちょっとした怪我や体調不良でも彼女は頼られる事になる。


 貧血で倒れる生徒には入学式のようにお姫様だっこ。


 足が痛むという子には肩を貸して保健室まで付き添ってあげる。


 更にはちょっとした手の怪我や傷でも絆創膏を貼ってもらう。


 それに対して一人一人、


 「大丈夫かい?痛そうだね。私にできることならなんでもするよ。さあおいで」


 そんな事を言いながら心配顔で手を差し伸べるのだ、人気が出ない筈ない。


 更に二年生で副委員長、三年生で委員長になった彼女は更に学校全体から頼られる存在になってしまう。


 その数が余りに多くなり、最終的には保険委員として頼る内容を『お姫様抱っこオプション』『肩抱きオプション』『絆創膏お手握りオプション』などと称して回数制限が決まったなどという噂も聞いたことがある。

 

 そんな中でもひみかは委員会活動をしながら文武両道も頑張っていた。


 身体能力は比較的高くスポーツも好きな方だが、雪女の血が流れている為だろうか、気温や環境で差がでてしまう。


 その為、一貫して一つのスポーツに打ち込むのは難しい。


 なので、運動系の部活に入部することはないが、人出が足りない時に助っ人として入る事はある。

 その際は練習からみっちり一緒に参加する。


 出来ないことがあれば、何度もそれに打ち込み最低限できるような状態に仕上げる。


 助っ人を頼んだ側からすれば自分達の為にそこまでしてくれるのかと感激して更に株が上がっていった。


 更に成績は学年一、二位を争うという程ではないが十位以内くらいを維持している。

 

 その中で学年女子一位の女生徒、田所珠代という女の子がライバル心をむき出しにしてきたのだ。


 テストの結果や通知表を見せてきては自分の優位を誇るような態度を示す。


 ひみかはそれに対して、


 「君は凄いね。私は今の結果で限界だよ。とても適わないよ」


 というような言葉を返す。


 それに対して珠代は満足気な顔を見せず、


 「何よ、それ。馬鹿にされてるみたい。負けてるのに余裕ぶっちゃってさ」


 と、怒っているというより、寂しそうな顔を見せる。


 珠代は人気者の彼女と張りあうことでひみかと対等の存在になりたかったのかもしれない。でも、ひみかの態度から勝負を真っ向から受けとめていないように感じたのだろう。


 対して、ひみかはそれ以上何も言わず、少し珍しく困ったような顔で曖昧に笑うだけだった。

 そんなやり取りが続き三学期のテストがやってきた。


 「安満蕗さん。これが私の英語の結果よ。当然だけど今回も満点だったわ。さあ、あなたのも見せてくれるわよね」


 それに対してひみかは、


 「君は凄いね。私は今の結果で限界だよ。とても適わないよ」

 と言葉を返す。


 いつもは見せろと言われれば結果を見せるのに答案用紙を裏返しにしたまま机に置いている。


 「な、なに、ああ、ひょっとしてあなたも今回満点だったとか?そ、そうなんでしょ。ば、馬鹿にないでよ。別にそれで起こる事はないわ。こっちはちゃんと真っ向勝負して結果がしりたいの。見せなさいよ」


 「わかったよ。見せれば納得するんだね?」


 ひみかは机の上の答案を裏返してみせた。


 「……60点!」


 思ったよりも低い点数だったのだ。


 「な、何これ。ちょっと低すぎない?」


 言った後珠代はしまったと思った。今までの自分が見せた態度からすると、これはかなり馬鹿にしたように聞こえてしまったのではないか。


 「はあ? 何それ?どういう言い種よ。あなたが無理やり見たんじゃない」


 ひみかが何か言う前に隣に居たいまりが声をだす。友人へ吐かれた暴言へ対するむかつき半分。後の半分は彼女自身の点数が58点であった為だ。


(60点で低きゃアタシはどうなんの?そりゃ高い点数とは言えないけどさ)


「そもそもさ、あんたなんでひみにそんな態度とってんのよ。ひみがなんかした?テストのたんびに訳わからない勝負だか何だかして、突っかかってさ。見苦しいんだけど」


 いまりは基本的に誰からも好意を向けられるし、向けてくれた相手には好意で返す。周りからも明るく陽気で楽しい性格だとみられている。


 が、だからこそ自分の大事な相手に向けられた悪意が許せない。一度攻撃モードになるとかなり激しいことをいってしまう。


 「別に、突っかかってなんか」


 「突っかかってるでしょうよ。そもそも、ひみがそんな勝負受けるって言った?あんたが勝手にふっかけただけでしょ。なにそれ?何の意味があんの?嫉妬?やっかみ?ひみの人気があるから自分が優位に立てる勉強で勝負を挑んでる訳?で、それ楽しいの?そもそも、あんた毎回勝ってるじゃん。今回も勝ったよね。おめでとう!ほら、私が祝ってあげたわよ。これで終わりにしてあげてよ。もう、関わんないであげてくれる?」


 「い、いまり。もう、いいよ。私は気にしてないから」


 ひみかがいつもの様子に似合わず少し困ったような声を出した。


 「ひみは黙っててよ。こういう相手はね、言わなきゃわからな……」


 言いながらふと珠代の方に目を向けると涙を浮かべてべそをかいていた。


(なにそれ。泣きゃいいと思ってんの?)


 と思いながらも流石にそれ以上を口にするのは止めた。


 変わりにジッと珠代を見つめながら念を込める。


 すると同時に彼女の身体がピンク色の光を放っているのに気づいた。


 これがいまりの能力、相手の好意が光り色によって判別がつくというもの。


 (ああ。本当にしようがないな)


 「ひみ、あのさ……」


 何か言おうとしたいまりを手で制し、ひみかは珠代に向かっていう。


 「私、そんなに頭いい方じゃないんだ。今の段階でなんとか授業についていってる感じなんだよ。だから毎回テスト前は必死に勉強している。特に英語は苦手でね。今回は間に合わなかった」

 

 「そ、そうだったの。私、あなたが勉強に苦労しているように見えなかった。元々頭がよくて普通にこなしてるだけなのかなって」


 「努力しないで、結果がでることはないよ。君だってそうなんだろ」


 「……そうね。私も人並み以上に努力していると思う。なのに、なんであなたもそうだって思えなかったんだろう」


 珠代のいうことも分からなくはない。


 ひみかは同世代と比べて、あまりにもスマートに見えた。

 だから根っからの天才肌だと思う人も多い。自らの才能で全てをこなしているイメージを持ってしまう。


 でも、実際はそうではない。自分のレベルを熟知しているだけだ。

 何が足りないのか、何を補わなければならないのか。その為にどれだけの事をしなければならないかを実践し続けているタイプ。


 「ごめんなさい。確かに一方的だったわね。望月さんが言うように私、嫉妬してたの。でも、それは貴方にじゃなくて」


 「ひみに構ってもらってる人達にでしょ」


 「ええ。だって、私から始まったのよ。私のお姫様抱っこから始まったんだもの」


 入学式の時に貧血で助けられた女子生徒は田所珠代だったのだ。


 本当は誰よりもひみかに近づきたいと願っていた。


 でも、彼女に助けられた女子生徒第一号という目でみられるのは何だか恥ずかしかった。

 

 他の事で対等に距離を縮められないか。


 幸いなことに彼女の成績は学年一位。


 ひみかも成績上位だ。

 

 それを口実にして近づいた。


 でも、勝負を挑んでも本気になってくれるように見えなかった。向き合ってくれていないように感じてしまった。


 それでいらついてしまっていたのだ。


 が、


 「だから、適わないっていうのは本音だよ。田所さん。学年1位を維持してるなんて君は凄いよ」


 ひみかの言葉が突き刺さる。そんな言葉が欲しかったんじゃないのに。



 「ううん。ごめんなさい。私、間違ってた。それよりも、言いたいことがあるの。ひょっとして忘れてしまったかもしれないけど、あの時、助けてくれてありがとう」


 「忘れるわけないだろ。人前でお姫様抱っこなんて緊張したよ」


 あれ以降彼女の中学生活は一変したといっていいかもしれない。


 「そ、そうよね。ごめんなさいね。色々と。謝る以外にお詫びする方法も思い浮かばないけど」

 

 そういう珠代にひみかは思案顔になる。


 「うーん。そうだな。じゃあ、一つお願い聞いてもらってもいいかな」


 「なに?何でも聞くわ。お、お金がかからないことなら……」


 珠代は沈んだ口調で俯いてしまう。


 「そんな事じゃないよ。あのさ勉強、教えてくれない?テスト間違った部分を復習したいんだよ。協力してくれないかな?」


 「え……。そ、それって。二人っきりってこと?」

 

 「二人だけが嫌なら他に人を呼ぼうか」


 「ううん!二人だけの方が集中できるものね。も、勿論。それでいいならいくらでもするわよ。いつにする?きょ、今日の放課後でもいいわ」


 思わぬ場で掴みかかった幸運を離してはなるまいと珠代は言葉を強くして答えた。

 

 そのやりとり以降、二人は時間のある時に勉強会をする仲になった。結果として珠代が望む関係を築くことができたのだ。

 

 いまりはその様子を見て、(甘いな)と思いながらも収まってよかったと思う。


 事程左様に、安満蕗氷魅華は着実に女子生徒から絶大なる人気を得ていたのである。


 男性を惹きつける事への忌避感の裏返しでもあるのか、彼女はその立場に敢えて甘んじていたのかもしれない。

 

 そんな訳で彼女の卒業時、女子生徒達がどのような反応を示したかは推して知るべしだ。

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