第5話 ヤンデる!
「せめて抱いてくれたら終わらせられるのに........................
相変わらず幽はそんな恐いことを言ってくる。
いや、人生を終わらせる、なんて言っても、生命活動を終わらせるという意味じゃない。
結婚と言う名の人生の墓場に俺を葬ろうと画策してきやがるってこと。
そのために、避妊薬も飲まずに生を要求してきて、俺に責任を取らせようとしてくる。
そのことに気づいたのは、3ヶ月くらい前のこと。
突然1人でうちに遊びに来たと思ったら、「抱いてくれないかな?」とか言い出して、今と同じく関係を変えたくないって理由で断ったら、急にスタンガンを取り出してバチバチさせてきた。
なんとか躱して取り押さえて理由を聞いたら、「気絶させて監禁して、その間に催眠術でもかけて、あたしに赤ちゃん孕ませたいって思うようにしてあげようかなって」とのこと。
なんでも、俺が誰とも付き合う気がないってのを聞いて、それでも一緒になるためにとった行動だという。
仲の良い子にそこまで想われて悪い気持ちばっかりじゃなかったし、しばらくご無沙汰だったのもあって、ちょっと心が揺れたけど、流石にちょっと怖かった。
まぁそういうのはやめて欲しいって伝えたら、しょんぼりしつつも今後はそういう過激な手段はとらないって約束してくれて、実際今の所はなくなってる。
本当に催眠術が使えるのかは知らないけど。
そんな素直なところを見せられたせいで、ちょっとした恐怖体験を経ても、幽を含めた4人のいつメンでいるゆったり感は変わらないでいられた。
ただ、2人きりになったときは少々めんどくさい。
「まじで勘弁してよ......」
「大丈夫、あたしを孕ませてくれたら、楯の人生はあたしが全力で幸せにしてあげるから」
いやいや、そういうこっちゃないんだけどね?
言っても仕方ないかぁ。
「あと、いつも言ってるけど、俺は今の雰囲気が好きなんだって。大学出たら変わっちゃうかも知れないけど、せめて大学の間はできるだけこのままでいたいんだよ」
「わかってる。でもそれも大丈夫。あたしが楯の赤ちゃん産んだら、一生4人で仲良くいられると思うよ。
優しい表情と声音で子どもをあやすみたいに囁いてるけど、結構恐いこと言ってるからな。
俺は普通の学生だし、今子どもとかできてもシンプルに困るから。
けど、幽の表情はいつも真剣そのもので、適当に言ってるわけじゃないことは俺も気づいてる。
それに、俺が口から出してる『今の関係を変えたくない』って言葉の裏にある『女性を信じられない』って部分まで読み取って返事をしてくれてるし。
「それに、四谷くんも明稀端ちゃんも、あたしたちはもう付き合ってるって思ってるよ、きっと」
「............そうかもね。けど関係ないから」
けどま、あいつらが俺たちの関係をどう思ってても、それは関係ない。
4人でゆるりと遊べるならそれだけで十分。
やっぱり、幽との関係は進めない方向にしよう。
そう決意を新たにしていると、幽が弧を描くように口元を歪に歪ませて続ける。
「楯もそろそろ、アッチの方も限界なんじゃないの?」
「............アッチの方?」
「そう、楯のセフレ
........................。
「なんで知ってる?」
「ん? なんでって?」
俺はこいつらにフレたちとの近況は報告してない。
わざわざ自分から話すような明るい内容じゃないし、幽はともかく、
でも、幽は知ってた。
この数ヶ月、俺が彼女らと連絡がついてないことを。
俺の振る舞いから予測できてた?
ありえない話じゃないけど、幽たちと遊ぶ頻度は変わってないし、あんまり考えられない。
じゃあ、ストーキングとか携帯を覗き見たりしているとかか?
......あり得るな。
「監視かなんかしてる?」
「なんで?」
「俺、アイツらとの近況、幽たちには話してないはずだけど」
さぁ、なんて答えるよ。
「..........................................................................................楯が酔っ払って、自分で話してたよ」
ものすごい間。長考。声ちっさい。目ぇ逸らしてるし、泳いでる。手をモジモジ遊ばせてる。
しかも俺は酔っても記憶がなくならない質の人間だ。
もちろんそんな話をした記憶はない。
絶対、確実に嘘だな。
これはちゃんと聞いとかないと、何が起こるかわからん。
あんまり脅すのも気がひけるけど、しょうがないだろう。
「俺、いくら居心地いい関係のままでいたいって言っても、あんまりにも嘘つきまくってるやつと一緒にいるくらいなら、縁切るほうが良いと思ってるんだよね」
俺の言葉に、さっと青ざめる幽。
どうやらビビって反省してくれたらしい。
最初は幽が俺に「説教する」なんて言い始めてたけど、すでに立場は逆転。
俺が幽に説教してあげる番らしい。
数秒間の沈黙のあと、幽はプルプルと震える唇を開いて弁明を始めた。
「ごめんなさい、あたしが楯のセフレたちに、楯に接触しないよう脅しました。だって、あたしの楯の子種を他の子に注いでほしくなかったから..................。だけど、楯の監視とか盗聴とか、そういう、楯に危害を加えるようなことは我慢しましたっ!」
「お......おぅ......。そうだったんか......」
スタンガンの件以来、俺に危害を加えたりするようなことはしないと誓っていたのにどういうことなのか、って説教してあげようかと思ってたのに。
意外や意外..................でもない? ような返事に、すっかり勢いを殺されてしまった。
俺に直接何かするってことじゃなければOKの判断がでると思ってやったんだとか。
やっぱ、幽、ヤバイやつだなぁ。
ってか、我慢したって......。
やろうとはしたのね。
「その......本当は楯の子種を受けた子たちは全員処そうと思ってたんだよ......? でも、我慢したの。あたし、偉いよね?」
いや、偉くはないでしょ。当たり前だし。
わざわざツッコまないけどさ。
潤んだ目で上目遣いでも見つめてきてもダメなもんはダメでしょ。
「............あの子らに何したの」
「別に......。楯の彼女ですって名乗って、ちょっとお仕置きしただけ......」
「......あの子らにも危害与えてないよな?」
「................................................知らない。でも楯があんまりにもあの子達をかばうようなことを言うなら......」
言葉と同時に、獰猛な肉食動物を彷彿とさせる力強い瞳で睨みつけられた。
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