第2話 ヤンデる?

「さて、たて。お説教の時間よ」


だそうだ。


「今日も何度もペッティングのチャンスをあげたのに、大事なところどころか、肌にもほとんど触れてくれないとか、おかしいよね?」


「いや、当たり前じゃん。吟嶺ぎんね五行ごぎょうもいる前なんだからやんねぇって。そうでなくてもしないけどさ。なぁ頼むよかすか。後生だから余韻に浸らせてくれ。眠いし」


「ダメよ。反省してもらわないといけないから。それに2人の前だからって恥ずかしがる必要なんてないでしょ? ほら、楯だって見てたでしょ、あの2人が部屋を出る前にしてた濃厚なキス。あれと一緒」



何を説教されているのか意味不明。

それが普通だという論理も理解不能。


吟嶺たちはカップル。俺と幽はただの友だち。

恥ずかしがるとか以前の問題だろうに。



「いやいや、関係ないから。俺らは別に付き合ってないんだから、しないでしょ」


「はぁ......。あたしの気持ちは知ってるくせに、意地悪だなぁ。あ、それとも関係を進める勇気がないから、あたしに脅されたいとかぁ? レイパーの汚名を着せてもらいたいのかしら? あらあらまぁまぁ。四谷よつやくんとか明稀端あけはちゃんから縁を切られちゃってもいいのかしら? あと、あたしのことは苗字の『幽』じゃなくて、ちゃんと名前の『心珠しんじゅ』って呼びなさいって何度言えば分かるの? 犯されたいの?」



意味不明で若干面倒な詰められ方をされるけど、これもいつメンでの飲み会後にはかなりの頻度で起こるイベントだし、慣れたもの。

だから、いつも幸せな余韻に浸れる時間はあんまり多くない。


名前呼びの強要もいつものことなのでスルー。



「意味わかんねぇから。望んでないから。ってか、レイパー呼ばわりされた上に、名前呼びをしなかったら俺がヤラれるってどういう状況だよ。それに吟嶺たちはそんなんで縁切らねぇって」


「あらあら、それじゃあ今から実践して確かめてみましょう。ほら、ベッドに行くわよ。あ〜あ、あたしもとうとう卒業かぁ」



俺のツッコみを利用して、強引に話を進めようと俺の手を引こうとする幽。


幽だって、確かめたりなんかしなくても、万が一俺が幽を汚したとしても、吟嶺も五行も大きく態度を変えることはないってことに合意してるはずだ。


もちろん、幽がまじで嫌がってるところを俺が本気で襲ったりして、それをあいつらに訴えられたりでもしたら、さすがにいつもと同じってわけにはいかないだろうけど。

でも、幽に俺が望んでるこの関係を本気で終わらせるつもりがないことくらいはわかってる。


だから、この意味のわからない挑発にノッて、ベッドまでついていく気もさらさらない。



「行かねぇから。いつも言ってんだろ。君らとはソウイウの抜きの気安い関係でいたいんだって。..................はぁ、せっかくいい感じで幸せに酔えてたのに......」


「気持ちはわからなくはないんだけどさぁ......。その縛り、ホントそろそろいい加減にしてほしいんだけど。女の子と付き合うのがまだ恐いってのはわかるんだけどさ。他の女とはヤりまくってるくせに............」



まぁ、それを言われると弱い部分はあるんだけどさ。

でも、俺としては吟嶺と五行と幽の4人でダラっと過ごす時間がかなり好きだ。


幽のことは別に嫌いじゃない。

むしろ、間違いなく好きな人間の部類に入る。女性として、というより、友達としてって感じだけど。

それでも、いや、だからこそ、付き合ったり、ヤったりする関係になりたくはない。


「いや、だからさ、大事な関係だから、そういう適当なことしたくないんだってば。何回言えばわかってくれるの」


「それはそれで嬉しいんだけどさぁ。でも、あたしはこの生殺しの時間を早く前に進めたいのよ。さすがにあたしの気持ちだって、わかるでしょ?」



......大手を振って「わかる」とはとても言えない。

所詮、他人の気持ちなんて想像はできても、理解することなんてできやしないし。


けど、今の幽の言いたいことを察するくらいはできる。


幽には、数ヶ月前に告白されている。

罪の告白とかそういうのじゃなくて、愛の告白。


大学に入学したばかりのころに出会ってから、1年半以上も友だちをしてきた子からの告白。

その内容はなかなかに過激で情熱的なものだった。



曰く、自分のすべてを俺に捧げたい。

曰く、俺のすべてを自分のものにしたい。

曰く、俺の子どもを産み育てて、幸せな家庭を築きたい。

曰く、俺を殺してでも俺のことを手に入れたい。

曰く、過去はともかく、今後俺が他の女とデキたりしたら、消してしまうかもしれない。



そういうことを言葉を飾って、身振りを飾って、それはもう一生懸命に伝えてくれた。


若干ヤンデる気もしなくないとはいえ、正直、ありがたい気持ちもあったことは認める。

幽は見た目も中身も良いし、多分一途な性格をしてると思う。


偶然にも、過去に繋がりのあった関係は今、諸々消えている。

おかげで、言葉を紡ぐ幽の瞳が昏くなってた恐い部分の話は今の時点では該当しないから、怯える必要も今の所はないし。






だけど、俺は幽に色よい返事は返せなかった。






別に幽のことが嫌いとかそういうんじゃない。

ただ、今のこの関係を壊したくないだけ。


俺のこの返事のせいで、この関係が壊れてしまう可能性があったとしても。

未来で壊れるくらいなら、今壊したほうが良い。


そういう判断だった。








俺は、セフレは作っても、彼女を作る気なんて、ないから。

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