幕間①〜女々しい野郎どもの詩〜①

――――――恋ってのは、それはもう、ため息と涙でできたものですよ。――――――


シェイクスピア(イギリスの劇作家/1564~1616) 『As You Like』より


3月23日(水)


 高校一年の修了式が終わり、閑散とした教室に居残っていたオレは、口の中がカラカラになるほどの緊張を味わっていた。

 落ち着きを取り戻すために、二度三度と咳払いを行い、口内の乾きを癒やすために、唾液を絞り出そうとしたが、水分が少なく粘性の強いソレのおかげで、喉の負担は、かえって増すしているように感じられた。


「お疲れさま。これが、このクラスでの最後の仕事だね」


 不意に、背後から声を掛けられ、思わずビクリと、身体が震える。

声の主は、十月からの約半年間、ともに一年A組のクラス委員を務めた紅野アザミだった。


「どうしたの?」


続けて、彼女は、身体を震わせたオレを気遣ったのか心配そうにたずね、


「あっ、急に声を掛けちゃってゴメンね」


と、付け加えて、クラスの女子から回収した進路希望アンケートの半数である紙束を確認し、長方形のプリントの長辺をトントンと軽く机でならして整理している。


「あ、いや……大丈夫だ……」


 こちらも、男子から回収したアンケート用紙を整頓し、後方の席に顔を向けて、なんとか、それだけ言葉を返すと、


「そっか……黒田クンと一緒にクラスの仕事をするのも、もしかしたら、これが最後になるかも。半年間お世話になりました」


軽く会釈をするように頭を下げた彼女は、こちらを見つめると、柔らかな笑みを向けてくれた。


「あ、ああ、そうなるかもな……」


 そんな、相槌程度の返答をしながら、彼女の表情に既視感を覚える。

 去年の四月の入学式直後も、こうして、紅野アザミから声を掛けられたのだ。

 担任から配られたプリント(どんな内容のモノだったかは忘れた)を後方に座る彼女に手渡す際、


「ねぇ、黒田クンだっけ? ご近所さんだね! 一年間ヨロシクお願いします」


 紅野は、同じように軽く会釈をし、柔和に微笑んでいた。

 その時と変わらない表情に懐かしさを覚え、この一年間のさまざまな場面が思い浮かんだ。


 ・初めて会話を交わした時に、微笑んでくれたこと

 ・席が近いこともあり、徐々に話す機会が増えていったこと

 ・メッセージアプリのLANEでも、色々なやり取りをしたこと

 ・ともに後期のクラス委員になったことで、さらに二人で会話することが増えたこと


 彼女のことをいつ頃から異性として意識するようになったのかは、思い出せない――――――。

 ただ、教室内外で彼女と会話をすること、スマホで彼女とメッセージ交換をすることが、とても楽しく感じるようになっていたのは確かだ。

 秋になって、ともにクラス委員に推薦してもらった時は、彼女と過ごす時間が増えるだろうことに、密かに喜びを感じている自分に気づいた。

 さらに、委員の仕事を一緒にするようになり、彼女の真面目な仕事ぶりや、クラス全体に対する配慮した言動にも惹かれるようになっていった。

 その頃から、今日この日まで自分の気持ちを、紅野アザミ自身にも、周囲にも気付かれないように注意深くしていたつもりだが――――――。

 彼女の言うように、二年になってしまうと、同じ委員会の仕事を務めるどころか、同じクラスになれるかどうかすらわからない……。

 なにより、これまで何とか抑制していた自分自身の気持ちを、これ以上、抑え込むことができない、という想いもあった。


 そこで――――――。


「高校一年の最後の登校日である今日、なんとしても、二人になる時間を作って、自分の想いを紅野アザミに伝えよう」


 そう、決意していたのだが…………。

 いざ、彼女と二人きりになると、緊張と不安で、胃袋が迫り上がって来るような感覚に襲われ、通常の会話すらままならない状況に陥っていた。

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