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2024年1月3日 11:02
独白が主体の文体には親近感を覚える。両刃のつるぎだとも。ときに、凡人は天才ばかりを見ようとする。反対に、天才と“呼ばれる”人々は凡人を見ようとはしない。その理由は凡人が天才ばかりを見ようとする動機がそもそも、誇大妄想を元にしているからである。では、天才とされる人々は何を見ているのか。それは遺された絵画だけが知っている。 今となっては、私はそうなりたいとは思えず、ただただ過信していた自分自身の愚かさを恥じる凡人でしかない。しかし、自分で着色(脚色)した天才に自己投影することもやめた。
作者からの返信
ご拝読ありがとうございます。日々、精進して参りますのでよろしくお願い致します。
独白が主体の文体には親近感を覚える。
両刃のつるぎだとも。
ときに、凡人は天才ばかりを見ようとする。
反対に、天才と“呼ばれる”人々は凡人を見ようとはしない。その理由は凡人が天才ばかりを見ようとする動機がそもそも、誇大妄想を元にしているからである。
では、天才とされる人々は何を見ているのか。それは遺された絵画だけが知っている。
今となっては、私はそうなりたいとは思えず、ただただ過信していた自分自身の愚かさを恥じる凡人でしかない。しかし、自分で着色(脚色)した天才に自己投影することもやめた。
作者からの返信
ご拝読ありがとうございます。
日々、精進して参りますのでよろしくお願い致します。