57話 大魔獣

「皇帝陛下! こちらの映像をご覧ください!!」


 宮廷魔道士さんが大仰な身振りで、大魔獣を封印する結界魔法の様子を映し出す。


 ……ざわ、としたのは皇帝陛下ではなく周囲の貴族や武官だった。


「いけませんね……、『封魔の支柱』が完全に壊れている……。これでは結界魔法を維持できない」

「まずい……、このままでは連鎖的に結界が破壊されてしまう」

「報告と違う! 魔道士たちはなにをやっていたんだ!」

「責任をとらせろ!」

「今はそんなことを言っている場合では……」

 広間の人々から戸惑いの声や怒声が聞こえる。


「……それで? 結界はいつまで保つ?」

 皇帝陛下は慌てた様子はなく、眉間にシワを寄せて頬杖をついている。


「おそらく10日……、それが限界ではないかと」

 宮廷魔道士さんの見解は、魔王エリーと同じだった。

 ちなみにグレンフレア帝国の宮廷魔道士が総出で計算した結果だそうだ。


 それを聞いた皇帝陛下が、すくっと立ち上がり声高に言い放った。


「これより大魔獣の対策を最優先事項とする。その他の行事は全て中止にしろ!」

「かしこまりました、陛下」

 皇帝の命令に宰相閣下が返事をし、皆も頭を下げた。

 が、なかには戸惑っている者もいる。


「お、恐れながら確認いたします。七日後に予定している第千回目ミレニアムとなる建国記念の祝祭も中止でございますか……? すでに多数の要人が来訪される予定となっております……。聖国カルディアからは運命の巫女オリアンヌ様がいらっしゃる予定が……」


「延期しなさい。私が皆様に謝罪の手紙を送ります」

 宰相閣下がぴしゃりと言った。

 

「これより、大魔獣の封印方法についての作戦会議を行う! 参謀本部、関係のある諸侯貴族様各位、および各師団の騎士団長は速やかに大会議室に集まるように!」

「「「「「「「「はっ!!!!」」」」」」」」」

 大声を張り上げているのは、帝国軍の元帥だ。

 騎士団長たちが、それに答える。


 広間が一気にざわつきはじめる。

 俺の仕事は終わった。 

 そろそろ退散しようかと思っていると。



「待て」



 皇帝陛下の声に、一同が静まる。

 陛下が喋っているときに、



「ユージン・サンタフィールド」

「……は、はい!」

 名前を呼ばれ、慌てて返事をする。


「よくやった。男爵位を与える。追加の褒美については、宰相から連絡させよう」

「え?」

 お礼の言葉の前に、驚きの声が出てしまった。


「あら? 決定でございますか?」

 皇帝陛下の隣にいた宰相閣下も驚いている。


 俺はなんとなく、宰相の反対側にいる親父に視線を向けると「ふわぁ……」とあくびをしていた。

 ……もう少し息子の出世に興味を持ってくれませんかね。


 皇帝陛下は無言で立ち上がり、広間から出ていった。

 宰相閣下もそれを追って立ち去る。


「帝の剣様! 会議室へお越しください!」

「はいよ」

 親父は軍議に呼ばれるようだ。

 今日は帰ってこないかもしれないな、と思った。


 ざわざわとした空気で、皆が会議室のほうへ移動していく


「ユウ」

 名前を呼ばれた。

 振り返るまでもなく幼馴染アイリだ。


「なんでしょうか? 皇女殿下」

 手を胸に当てて一礼する。


「だから! どうしてそんな他人行儀……、もういいわ。ねぇ、一緒に会議に出てくれない?」

「おれ……自分がですか?」

 平民の俺は出席する資格が無……、と思い気づく。


 たったいま皇帝陛下に爵位を賜ったのだった。

 口頭のみの簡略形式ではあるが、皇帝陛下の発言は絶対だ。

 最下級の男爵ではあるが、一応貴族である俺は会議に参加できる。


「アイリ、どういうつもりですか?」

 隣のベルトルド将軍が、怒りを抑えた声で尋ねる。


「ベルトルドも見たでしょ? 大魔獣の封印を間近で見たユウの意見は参考になるわ」

「必要ありません! 記録魔法で映像が残っています。それを見れば対策は立てられます」

「それはそうだけど……ねぇ、ユウ。来てほしいの」

「…………それは」


 どうしたものか。

 スミレを家で待たせているし、予定にないことだ。

 気は進まない。


 とはいえ、皇女殿下からの『命令』だ。

 無下に断るのは……と、少しだけ悩んでいると。


「ユージン。おまえも軍議に参加するのか?」

「おじさま」

「帝の剣様!」

 俺たちの会話に割り込んできたのは親父だった。


「スミレを待たせているから、家に戻ろうと思う」

「そうだな、大魔獣の瘴気は離れていても体力を奪う。スミレちゃんの様子を見てあげたほうがいいだろう」

 俺の言葉に、親父は賛同してくれた。


「そう……、参加しないのね」

 幼馴染がしょんぼりとして、去っていった。


「…………」

 隣のベルなんとか将軍に、睨まれた。


 なんでだ?

 あんたは俺に参加してほしくなかったんだろう。


 まぁ、いいや。

 さっさと帰ろうと思っていると。


「ユージンくん! ありがとうございました。貴方のおかげで封印の状況を正確に把握することができました! 手遅れになるところでした!!」

 お礼を言いに走ってきたのは、結界魔法の調査に一緒に行った魔道士さんだった。


「いえいえ、お役に立ててよかったです」

「そして……私からもお願いなのですが、ユージンくんも対大魔獣ハーゲンティの再封印・作戦会議に参加してもらえないでしょうか? 勿論、今日でなくても大丈夫です! これから作戦決行日まで連日作戦会議でしょうから、参加できるタイミングでよいですから、何卒!」

 魔道士さんから深く頭を下げられた。

 これは……先程とは違った意味で断りづらい。


「わかりました。もし俺が役に立てることがあれば呼んでください。参加します」

 とだけ答えた。


「ありがとうございます!! ではユージンさん、帝の剣様! 失礼します!」

 魔道士さんは小走りで去っていった。

 宮廷魔道士の彼は、今日から眠る暇もないほどの激務になるんだろう。


「じゃあ、俺も会議に出るかぁ~。どうせ、俺は魔法知識がさっぱりだから出ても話の内容わからんのだがなぁ」

 大きく伸びをしながら、親父が背を向いて数歩歩いたところで。


「なぁ、ユージン」

 親父が振り返った。


「何だ? 親父」

「せっかく帝都に戻ってきたんだから、一度アイリちゃんと飯でも食いに行けばいいんじゃないか?」

「え?」

 俺は、我ながら間の抜けた声がでた。


「ユージンと話したそうにしてただろ、アイリちゃん」

「それは……そうだけど」

 もちろん、気づいている。

 気づいた上で、避けてしまっていた。


「仲直りしておけよ。会いたくても会えなくなることだってあるんだからな」

「…………わかったよ」

 それだけ言うと、親父は軽い足取りで去っていった。


 親父が言っているのはきっと『母さん』のことだろう。

 俺を生んですぐに死んでしまった母親。


 そろそろ母さんの命日だ。

 一緒に墓参りに行くのが、俺と親父の毎年恒例の行事だった。


 しかし、これから親父を含め帝国軍は大魔獣の対応で追われるはずだ。

 墓参りの時間はあるだろうか。


(親父の時間がとれない時は一人で行くしかない、か)


 そんなことを考えつつ、俺は帰路についた。



 ◇



「そっかぁ。じゃあ、しばらくユージンくんのお父さんは帰ってこないんだ?」

 その日の夕食は、スミレとハナさんと三人でとることになった。


「多分な。あとごめん、もしかすると大魔獣の封印の作戦会議に呼ばれるかもしれない」

「うん、わかってるよ! お仕事頑張ってね!」

「悪いな、スミレ」

「いーよ、全然☆」

 結局、帝都の案内が全然できていないがスミレは気にすることなく頷いてくれた。

 

「それよりユージンちゃん! 男爵になられたんですね! おめでとうございます!」

 ハナさんが満面の笑みで祝ってくれた。


「ユージンくん、貴族になっちゃんたんだぁ~」


「男爵って言っても……、別に領地も配下もないから今まで通りだよ。強いて言えば、平民じゃ入れないようなお店に入れたり、特別なもてなしを受けられるくらいかな。でも、その分の料金は高いから俺には無理だけど」

 結局は、今までとそこまで変わるわけじゃない。


「そっかぁ、でもやっぱり貴族って偉いイメージがあるよ」

「そんなことないって。それに身分って意味なら、サラのほうがずっと上だぞ。あいつはカルディア聖国の筆頭聖女候補だから。帝国だと侯爵くらいにあたる。皇族と公爵の次の地位だ」


「そういえばサラちゃんって偉いんだよね……。ところでそろそろこっちに来るのかな?」

「連絡がないな。ハナさんは何か聞いてる?」

「いえ、ユージンちゃんのご学友からの連絡は、特に入っておりません。」

「来ないのかなぁー」

「学園祭前で、生徒会長は忙しいだろうから」

 できればもっと余裕のある時期に呼びたかったが、母の命日がこの時期なので今回はどうしようもなかった。

 もし、今回来れなかったら別の時期にもう一度誘おう、と思った。



 夕食後は、道場でしばらく剣の修業をした。


 スミレは魔法制御の練習。


 親父は夜になっても帰ってこなかった。



「おやすみスミレ」

「うん、おやすみ、ユージンくん」

 客室で寝るスミレに挨拶をして、俺は自室で横になった。


 頭に浮かんだのは、結界が壊れかけている大魔獣のこと。


 そして、幼馴染のことだった。


(今さら話って言われてもな……)


 昔なら、いくらでも会話が続いた。


 アイリは皇帝にどうやったら成れるかをずっとしゃべっていたし、俺は俺でどうやって親父のような帝の剣になれるかを語っていた。


 しかし、『選別試験』によって、俺の夢は潰えた。


 今の俺の目標は『天頂の塔』の五百階層へ到達して、スミレを元の世界に戻すこと。


 おそらく今でも皇帝を目指している幼馴染と何を話せばいいのか、いくら考えても思いつかず……気がつくと眠りについていた。




 ◇ 




「ユージンってどうしてそんな死んだ魚みたいな目をしているの?」

 

 夢を見た。


 学園に入学してきたばかりの頃の記憶。


『天頂の塔』の二階層で生徒会長になる前のサラと、コンビを組んで探索していた時の会話だった。 


 昔のことをずっと考えて眠ったから、こんな夢をみるのかもしれない。


 当時は俺とサラは『普通科』で同じクラス。


 回復魔法と結界魔法が得意な剣士の俺と。

 修道女シスターなのに回復魔法より剣が得意なサラ。

 という変わり者コンビの探索隊だった。

 

「死んだ魚はひどいな」

 と言いながら、すぐ近くを流れる小川で自分の顔を見るとそこには濁った目の男が映っていた。

 確かに死んだ魚だ。


 幼馴染から逃げるように、リュケイオン魔法学園にやってきて一ヶ月。

 俺はまだ立ち直っていなかった。 


「角ウサギが出たわ!」

 サラの声でこちらに突進してくる小型の魔物の姿を捉える。

 俺はそれを避けずに、ぱしっと角を手で掴んだ。


「ありがとう、ユージン! えいっ!」

 サラが間髪いれずに、角ウサギにとどめを刺す。

 一切悲鳴の上がらない、綺麗な一撃だ。


「手慣れてるな」

「カルディア聖国の修道女シスターは、家畜を食べてはいけないの。食べて良いのは人々に害をなす魔物だけ。しかも、自分たちで狩った獲物しか食べちゃ駄目なんて無茶だと思わない? おかげで魔物狩りがすっかり得意になっちゃった」


「それは……過酷だな」

「もっとも聖女様になれば、毎日のように会食に呼ばれて御馳走ばかりの毎日って噂。だから私は絶対に聖女になってやるんだから!」

 サラはカルディア聖国の最高指導者『八人の聖女』の候補の一人らしい。


「聖女候補生ってもっと大人しいイメージだったよ」

 俺が言うとサラは、意味有りげに微笑んだ。


「そうよ。修道女シスターは、許可なく口を開いてはいけない。歩く姿勢、座る姿勢、寝る姿勢まで全て聖典に書かれている通りに行動しなければならない。ユージンも一度聖国に来てみればいいわ。修道士全員がまったく同じ表情で話しかけてくるから。笑顔の作り方すら決められているもの」


「恐ろしいな。聖国の修道院は」

 帝国軍よりも規律に厳しそうだ。


「そ、だから魔法学園は監視の目もないし、のびのびできるわ」

 んー、と身体を伸ばすサラ。

 

 俺はそんなサラを羨ましく思っていた。


「ほら! 地元でなにがあったのか知らないけど、身体動かせば嫌なこと忘れるわよ!」

 ぱん!っと肩を叩かれる。


 隊を組んでいた当初、俺は自分の話をあまりしなかった。

 サラは何も聞いてこないのが、ありがたかった。


「ああ……ありがとう」

 一年の頃は、随分サラに元気づけられた。 


 それを久しぶりに思い出した。


 今となっては『英雄科』の聖騎士にして生徒会長。

 リュケイオン魔法学園で、一番注目を集めている生徒の一人だ。


 その振る舞いには完全無欠を求められる。

 聖女候補としては、正しいのだろうけど素のサラにとっては窮屈だろう。



(帝国に来れば、一時だけでも昔みたいにのびのびできるかな……)



 ぼんやりとそんなことを考えながら、目を覚ました。



 カーテンの隙間から、太陽の光が差し込んでいる。


 今日は寝すぎてしまった。

 大魔獣の間近に迫ったことで、俺も体力を奪われていたらしい。


 寝ぼけ眼に飛び込んできた景色に、俺は戸惑った。


(あれ? ………………サラ?)

 

 眼の前にサラの整った寝顔がある。

 長い髪が俺の目の前を流れていた。


 まだ、夢を見ているんだろうか。


 しかし、どう見てもここは俺の自室だ。

 そして夢にしては景色がはっきりしている。


 トタトタトタ、というこちらに近づく足音が響く。

 トントン、というノックのあと。


「おはようー、ユージンくん。寝坊なんて珍し……………………え?」


 ドアを開けたスミレが固まった。


 、俺とサラを見て。


「な、な、な、な、な、…………なん……で? ユージンくん!!!!」

「ま、待ってくれ! 俺も何がなんだかっ!」

 スミレの魔力マナが猛烈な勢いで高まる。


 次の瞬間にも爆発しそうだ。


「ふわぁ……、あれ? ユージンを起こしにきたのに一緒に寝ちゃった☆」

 

 サラが目を覚ました。


 よくみると旅着のままだ。


 つまり、さっき俺の家に到着をしたらしい。


 そして、ハナさんに俺を起こすように言われたのだろう。

 

「サラちゃん! 裏切り者! 泥棒猫!」

「ちょっとくらい、いいでしょ! スミレちゃんだってユージンに夜這いかけたんでしょ」


「かけてないよ! 抜け駆け禁止って言ったじゃん!」

「……え? 本当になんにもしてないの?」


「……信じてなかったの?」

「うん」


「「……」」

 スミレがサラを睨んでいる。

 それは仕方ない。

 

 サラは聖女候補なんだから、とりあえず人を信じてくれ。

 ……いや、聖女候補だからか?

 カルディ聖国の『八人の聖女』様は、曲者揃いだと帝国軍ではもっぱらの噂だし。


「サラ、遠いところ来てくれてありがとう」

 俺は二人の間に割って入った。


「遅くなってごめんね、ユージン。それでお父様はどちら!? ユージンを聖国に婿入りする許可を頂かなくちゃ」

「落ち着けサラ。親父はしばらく仕事が忙しいから帰ってこれない」

「えぇー、そうなの?」


「サラちゃんー? ちょっと、表に出ようか?」

「スミレちゃんの手が燃えてない!? ちょっと、それで私に触らないで! 熱っ!」

 

 一気に騒がしくなった。




 ◇



 

 それから二日ほど。


 俺はスミレとサラを、帝都の中を案内した。


 途中、大魔獣の再封印と結界魔法に関する会議へ呼ばれるかもしれないと思っていたが、帝国軍からの呼び出しはなかった。


 もっとも俺が得意な結界魔法は、あくまで対個人用。

 大魔獣のような大規模な結界魔法については、扱えないし実戦経験もない。

 宮廷魔道士さんにはそれを伝えてある。


(このまま呼ばれることはないかもな……)


 ほっとした反面、祖国の危機に微力でも協力できるかも、と思っていた分少し落胆した。



 三日目の朝。


 少し疲れ気味の親父が、家に戻ってきた。


 服は着替えている。


 ずっと泊まり込みで、軍の会議に出ていたらしい。


「おつかれ、親父。今日は家に居るのか?」

 初対面のサラを紹介しないと、思っての質問だった。


 が、返答は意外なものだった。


「ユージン、これから母さんの墓参りにいくぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る