56話 スミレは、皇女と出会う
◇スミレの視点◇
太陽の光を受けてキラキラと輝いている美しい
絹のような純白の鎧に金の紋章。
まるで絵画のような高貴な雰囲気をまとう女騎士。
いや、彼女は皇女様、つまりはお姫様だから『姫騎士』かな?
そして……
(ユージンくんの幼馴染)
聞いた話からきっと綺麗な人なんだろうなー、と想像してたけど思った以上の美人さんだった。
ユージンくんはアイリ皇女様に振られたから、国外のリュケイオン魔法学園に留学をした。
だから、きっと心中は穏やかじゃないんだろうな、と思っていたんだけど。
「へぇ! じゃあ、魔道士さんは学園の卒業生なんですね」
「ええ、ユージンくんとスミレくんの先輩ということになりますね」
「迷宮記録はいくつですか?」
「ユージンくんと同じ100階層です。もっとも私の場合は五年かかりましたけど」
「五年……」
「珍しいことじゃありませんよ。100階層まで到達できない生徒も大勢いるのですから」
「101階層より上は目指さなかったんですか?」
「101階層より上は……魔境です。私なんかではとても。ユージンくんは、本気で上を目指すのですか?」
「スミレと約束しましたから」
「立派ですね。がんばってください」
「ありがとうございます」
ユージンくんは、同じ馬車に乗っている宮廷魔道士さんとの雑談に盛り上がっている。
この人が封印調査の担当魔法使いなんだって。
ユージンくんは、その補助という役目らしい。
そして……
ユージンくんの幼馴染さん――アイリ皇女様は、さっきからちらちらとユージンくんの方を見ている。
たまに私とも目があって、ぱっとお互い目を逸らす。
(なんだか……聞いていた話と違うなぁ)
魔法剣士になる才能がなかったユージンくんへ興味を失った冷酷なお姫様。
と聞いていたけど、随分とユージンくんと話したそうにしている。
待ち合わせ場所で会った時も、アイリ皇女様はユージンへ話しかけようとして隣にいる婚約者さん? に止められていた。
ベルトルト将軍というイケメンの将校さんだ。
まぁ、恋人が元カレと近づこうとすると止めるよね。
(って、私はユージンくんの彼女だった!)
私だって、元カノが彼氏に近づいてきたらもっと嫉妬したほうがいいんだろうけど。
「ユーサー学園長はお元気ですか?」
「元気過ぎますよ。この前は稽古でボコボコにされました」
「おお! 学園長が直々に稽古とは羨ましい!」
全然、幼馴染さんのほうを見てないし。
どうやらユージンくんは、本当に過去を吹っ切れてるみたい。
「ユージンくんは、大魔獣を見るのは初めてですか?」
「いえ、士官学校時代に何度か。大魔獣が生み出す『黒羊』退治には参加したことがあります」
「あぁ、確かに士官学校生徒の課題となっていますね。黒羊の討伐は」
「最初に見た時はびっくりしましたよ」
「はは、私もです」
ユージンくんが宮廷魔道士さんと会話している時、ふと私のほうに振り向いた。
「スミレは大魔獣を見るのは初めてだから、驚くと思うけど」
「そ、そんなに怖い見た目なの?」
「んー、怖いというか……生き物には見えないというか……」
「表現が難しいですねー」
封印されているから、安全だよって聞いたんだけど。
どんななんだろう?
怖いのは嫌だなぁーと、思っていたら。
「ヒヒヒーーーン!!!!」
馬が大きな鳴き声を上げ。
私たちが乗っていた馬車が「ガタン! 」と突然止まった。
「きゃっ!」
「スミレ」
私が前につんのめりそうになるのを、ユージンくんがそっと支えてくれた。
「あ、ありがとう、ユージンくん」
「大魔獣の縄張りに入ったみたいだ」
「そのようですね。馬たちが怯えて進めなくなっています」
ユージンくんと宮廷魔道士さんの表情が少し、真剣なものになった。
「降りようか、ここからは徒歩だ」
「う、うん」
私はユージンくんに手を引いてもらって馬車を降りる。
そこは見晴らしのよい平原で、ぽつぽつと低木が生えている整備されていない雑草に覆われていた。
遠くに小山がぽつんとそびえている。
人工の建物は何もなく、唯一馬車がなんとか通れる程度の道だけがまっすぐその小山に向かって伸びている。
私とユージンくんと宮廷魔道士さんは、その道を歩き、その周囲をアイリ皇女様や将軍さんが指揮する騎士さんたちが囲む。
空にはまばらに雲が広がる良い天気。
草原は鮮やかな緑色で、良い景色なんだけど。
(なんだか不気味……)
どうしてだろうと思い、原因はすぐに気づいた。
生き物の気配がない。
小鳥のさえずりや、虫の鳴き声。
獣の遠吠えなどが一切しなかった。
私たちは、無言で小道を進んだ。
足音だけが、静寂の中で響く。
しばらく歩いて少し疲れたな、と思った時。
「メ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"!!!」
突然、地面から黒い影が飛び出した。
(なにこれ!?)
黒羊と呼ばれるソレは、全身を黒い触手で覆われていた。
頭部には大きな目が四つ。
そして、口からは長い舌がだらりと垂れ下がり、ぼたぼたと唾液が落ちている。
先程から響く不快な鳴き声は、頭部の口からでなく腹部にあるもう一つの大きな口から発せられていた。
「『黒羊』が出たわ、対処しなさい」
「「「「「はっ!」」」」」
アイリ皇女様の短い命令に、周囲の騎士さんたちが素早く行動する。
「メ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"!!!」
耳障りな鳴き声が響く。
(う……、気持ち悪い……)
象ほどもある『黒羊』は、黄金騎士団のひとたちに退治された。
「ギ"ャア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!」
絶叫を響かせ、黒い獣はズシンと倒れた。
黒羊の身体が、ジュクジュクと音を立てながら溶けていく。
「近づくなよ、スミレ。触るだけで呪いと毒を受ける」
「ひぇっ!」
私はユージンくんの後ろに隠れた。
こ、怖いよう……。
ぎゅっと、ユージンくんの腕をつかむ。
視線を感じて、見回すとアイリ皇女様がこっちをじっと見ていた。
が、私と目が合うと逸らされた。
「進みます」
アイリ皇女様の号令で、再び歩き始める。
途中、何度も『黒羊』が襲ってきたが、その都度騎士さんが退治してくれた。
最初は怖かったのにも徐々に慣れる。
私は歩きながら、ユージンくんと宮廷魔道士さんに話しかけた。
「ところでさっきの続きですけど、大魔獣ってどんな姿なの?」
私が聞くとユージンくんと宮廷魔道士さんが顔を見合わせた。
あれ? 変なこと言ってないよね。
「ああ、悪いスミレ。きちんと伝えてなかったな」
「スミレさん。大魔獣ハーゲンティはアレですよ。もう
「…………へ?」
私は宮廷魔道士さんが指差す方向を見たけど、そこには何も無かった。
平原の中を続く道と、その奥の小山……。
「…………え?」
そして、気づく。
小山が
「あの山っ……て……」
「あれが巨獣ハーゲンティだよ、スミレ」
「初めて見た時は、私も驚きました」
私は言葉が続かない。
言葉を失っていた。
「俺が昔見た時より、一回り大きくなっている気がしますね」
「そうですね……ここ最近になって急激に巨大化しました。宰相閣下曰く、半年以内には封印が破られてもおかしくないと……」
ユージンくんと宮廷魔道士さんの会話が頭に入ってこない。
大魔獣って、あんなに大きいんだ……。
天頂の塔の20階層で出会った神獣ケルベロスさんや、50階層の竜が霞んで見えた。
歩いていくと、大魔獣を取り囲むように柵が作られた場所にやってきた。
「ここから先は結界魔法が使えるものしか入れません。ユージンくんは、私と一緒に来てください」
「わかりました。スミレ、ここで待っていてもらえるか?」
「うん、気をつけてね。ユージンくん。私の
ユージンくんは、自分の魔力では魔法剣が使えない。
だから私の魔力を移したほうが良いと思い、ユージンくんの手を握った。
「いや、今回は調査だけだし大魔獣を刺激しちゃいけないから大丈夫かな」
「でも……さっきの気持ち悪い『黒羊』っていうのが襲ってこないかな?」
「黒羊は大魔獣に近づくと出てこなくなる。大魔獣の身体の一部が剥がれて、生き物になったのが黒羊らしい。本能なのか、黒羊は大魔獣から離れようとする。だから近づくほど出てこなくなるんだ」
「そっか、でも本当に気をつけてね」
「わかってるって」
ぽんぽん、と頭をかるく撫でられた。
「じゃあ、行ってくる」
ユージンくんが、封印の柵の中に入っていった。
宮廷魔道士さんとユージンくんの背中が小さくなっていく。
最初はそれを目で追っていたけど、二人は地面に刺さっている杭? のようなものを観察したりなにやら話し込んでいて、かなり時間がかかりそうだった。
ユージンくんの言う通り、柵の中には魔物は出ないみたい。
(時間かかりそうだなー)
と少しぼんやりとしていると。
「ねぇ、貴女」
誰かに話しかけられた。
「えっ? は、はい!」
ユージンくんの幼馴染さん――アイリ皇女様がすぐ隣に立っていた。
(うわぁ……、綺麗……)
間近で見るとさらにその人形のように整った顔にびっくりする。
「あなたの名前……スミレ……だったかしら」
「はい! 指扇スミレです」
「はじめまして、私はアイリ・アレウス・グレンフレア。少し貴女と話が……」
皇女様が何かを言いかけた時。
「アイリ皇女殿下! 調査が終わったようです!」
黄金騎士の一人が告げた。
確かに宮廷魔道士さんがこっちへと戻ってくる。
「そう、調査が終わったならその結果を聞いて……あら?」
アイリ皇女様が首をかしげる。
「あれ?」
私も不思議に思った。
(ユージンくんが戻ってこない……?)
何故かユージンくんが一人で、更に奥へと歩いている。
「ユウ……?」
隣のアイリ皇女様が不安そうな顔をしている。
何か私と話したそうにしているのは、すっかり頭にないようだった。
私と皇女様は、ユージンくんの背中を目で追っている。
ぱっと、ユージンくんがこっちを振り向いた。
笑顔で私に手を振っている。
多分、心配するなってことだろうけど。
「…………」
皇女様がすっごい不機嫌になってる!!
(ユージンくん、戻ってきてよー!!)
私の心の声は、届くはずもなかった。
◇ユージンの視点◇
「うーむ……、結界を支える『封魔の支柱』が、思ったよりボロボロになっていますね……」
宮廷魔道士の人は、びっしりと汗を流しながら結界の様子を観察している。
ちなみ俺は道具持ちをしている。
「ユージンくん、大魔獣にかなり近づいていますが辛くないですか?」
「いえ、俺は平気です。貴方こそ大丈夫ですか?」
見たところかなり顔色が悪い。
少し休んだほうがいいのでは、と心配になった。
「はぁ……はぁ……、調査はこれくらいにしておきましょう。一ヶ月前に、別の者が調査した時には『半年』は持つ、と言われた封印ですがこれではあと『三ヶ月以内に壊れる』可能性がありますね」
「三ヶ月……」
俺と宮廷魔道士の人は、後ろにそびえる山のような大魔獣を見上げた。
生き物というにはバカバカしいほどの大きさ。
しかし、ゆっくりとその山は胎動している。
生き物である証だ。
「それにしてもユージンくんは汗一つかいていない。もしかして、もっと近づくことができるのですか?」
「それは……」
少し迷った末、俺は正直に答えることにした。
宮廷魔道士を始め、帝国の高官には気位が高い人が多い。
が、この人にその心配ないと感じた。
「もっと近くまで行けると思います」
「その若さで素晴らしい……、では決して無理をしなくてもいいので、可能な範囲で大魔獣の近くの『封魔の支柱』をこちらの映像保存の魔道具で記録してもらえませんか?」
「わかりました」
俺はうなずくと、魔道具を受け取った。
その他の荷物は、宮廷魔道士の人にわたす。
少しふらふらとしながら、彼はスミレや黄金騎士団の待っているほうへ戻っていった。
(さて……)
俺は、こちらを見下ろす巨大な黒い山を見上げる。
地鳴りのような音が一定間隔で響く。
それが大魔獣の呼吸だと知った時は、随分驚いた。
ゆっくりと前へと進む。
一歩進むたびに、魔力と瘴気が強くなる。
結界魔法がなければ、息もできないだろう。
しかし……。
(リュケイオン魔法学園の封印の大七牢に比べたら……)
幾分マシだった。
あそこは『呪い』『毒』『精神汚染』『瘴気』『幻覚・幻聴』の総出演だ。
こちらは、嵐のような魔力と瘴気が吹き荒れているだけだ。
それにさえ耐えればいい。
「それでもそろそろキツイな……」
俺は独りごちた。
もう大魔獣の体表が間近だ。
その時。
俺は魔道具で、『封魔の支柱』の様子を記録した。
さっきよりも大魔獣に近いためか、ボロボロを通り越して折れかけている。
もはや、封印の役目を果たしていないように思えた。
俺は封印の魔法についてはそこまで詳しいわけではないが、これはもう……。
(あら? 星の魔獣、ハーゲンティちゃんじゃない。随分と育ったのね)
(エリー?)
久しぶりに、
帝都に来てからは、まったく話しかけてこなかった。
てっきり、距離のせいで念話が届かないのだと思っていたのだが……。
(なわけないでしょ。ずっと寝てたのよ)
(寝てただけかよ)
(どーせ、ユージンは会いに来てくれないしぃー)
(悪いって、あと10日くらいで帰るから)
(遅いー、帰ってきたら覚悟しなさいよ。絞り尽くしてあげるから♡)
(…………)
少し帰るのが恐ろしい。
が、それよりも気になることが。
(エリーは大魔獣について、詳しいのか?)
(ん? 人族はそんな呼び方をしてるんだっけ? 要するに魔力の河である『星脈』で生まれた魔獣ってだけよ。他よりもちょっと、魔力量が多くて、身体も大きく育っちゃった魔獣ちゃんね)
(ちょっとって、レベルか? これが)
俺は呆れた。
(にしても、随分と雑な封印魔法ねー。これじゃあ、あと
(……数日?)
いや、それはおかしい。
さっきの宮廷魔道士の人はあと三ヶ月だと言っていた。
けど、素人の俺でもこの封印はもっと早く壊れるような予感がした。
大魔獣に近づいているからこそ、気づいたことだが。
(いいとこ、10日。早ければ7日ってところじゃないかしら)
(間違いないのか?)
(
(…………)
そこそこ長い付き合いだから知っている。
エリーの『多分』は、ほぼ正解だ。
天界で女神様に仕えていた時のくせで、口に出す言葉は常に正確になるらしい。
もっとも、堕天使なので『嘘』をついたりもするが。
だが、今回のは嘘ではないと感じた。
(これは……とんでもない時に帰ってきたな)
五十年前に、帝都を半壊させた伝説の大魔獣。
それが10日以内に、封印を破るという最悪のタイミング。
俺はそれを報告するため、アイリやスミレ、宮廷魔道士さんのもとへと重い足取りを向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます