52話 ユージンは、再会する

◇スミレの視点◇


「何をやってるんだ? マッシオ」

 ユージンくんは、気軽にその男の子に話しかけた。

 仲が良い人なんだろうか?


「あぁん!? これから帝都の巡回をして、その後は訓練だよ! 黒鉄騎士団の二等騎士には休日なんてねーからなぁ! おまえみたいに女連れで、観光なんてしてる暇ねぇからよぉ!」

 吐き捨てるような回答が返ってきた。

 てか、ガラ悪いし感じ悪っ!


「そうか……マッシオは黒鉄騎士団に入ったんだな」

 ユージンくんは相手の態度を気にせず、むしろ羨むような口調だった。


 その反応に、マッシオと呼ばれた男の子は肩透かしをくらったような顔になった。


「おまえ……、神獣と魔王を撃退したんだろ……? 皇帝陛下に呼ばれて黄金騎士団に、いや下手したら天騎士候補もあり得るって帝国軍内じゃ噂になってるぞ、ユージン」


「そうなのか? 俺は親父に帰ってくるように呼ばれただけだよ。母さんの命日だからな」

「あぁ、そういえばそんな時期か……」


「それに俺は天頂の塔バベルの五百階層を目指すからな。しばらくしたら迷宮都市に戻るさ」

「……おまえ本気で言ってんのか?」

 マッシオさんは、信じられない者を見る目でユージンくんを見ている。


「当たり前だろ、スミレと約束したからな」

「スミレ? …………あ」

 そこで、彼は改めて隣に居る私に目を向けた。

 先ほどまでの睨みつけるような目から、ふっと真顔になる。


「ようこそ、帝都グレンフレアへ。異世界より導かれた炎の神人族イフリートのスミレ殿。どうぞ、ごゆっくり滞在していってください」

 あまりの落差にびっくりした。


「は、はい! ご丁寧にありがとうございます。……どうして私のことを?」

「運命の女神様の教えで、異世界人には敬意を払うよう帝国軍に所属するものは、厳命されています。それに先日のユージンが魔王や神獣ケルベロスと戦った様子は必須で見ることが義務付けられていますから。軍に所属する者なら、大抵がスミレ殿の顔を知ってますよ」


「え、えぇ~……」

 それってどうなの?


 私に説明を終えたマッシオさんは、再び不機嫌な顔になった。


「じゃあな、ユージン。そんな美人を連れていい身分だなぁ! まったくよぉ!」

「え?」

 美人って私!?


「なぁ、マッシオ。久しぶりだし、手合わせでもしないか? 三本勝負で」

「しねーよ! これから仕事だって言ってるだろうが! おまえ、魔王を倒した魔法剣で俺を斬る気じゃないだろうな!?」


「大丈夫だって。魔王の時よりは加減するから」

「ふざけんな! 俺は仕事に行く!」

「仕事頑張れよー」

「うるせぇ!」

 マッシオさんは、ずかずかと大股で去っていった。


「なんか乱暴そうな人だったね……」

「マッシオ……丸くなったな」

 私がぽつりと言った感想が、ユージンくんの発言とは真逆だった。


「え? ま、丸く?」

「昔だったら、間違いなく勝負を挑んできたのに」

「そ、そうなんだ……」

 ユージンくんの通ってた士官学校って、結構治安悪かったのかな。


 てか、ユージンくんの残念そうな顔を見るに勝負したかったのだろうか。

 ユージンくん、実は好戦的?


「じゃあ、行こうか」

 ユージンくんは軽い足取りで歩いていく。

 私は慌てて彼について行った。


「ねぇ、ユージンくん。さっきの男の子が言ってた『黒鉄騎士団』とか『黄金騎士団』ってなーに?」

 歩きながら、私は気になったことを質問した。


 ユージンくんは気にしてないみたいだけど、多分迷宮都市から帝国に戻るように言われるかも、って話だよね?

 だってユージンくんは魔王を倒したんだし!


「んー、帝国には騎士団が全部で四つあってね……」

 ユージンくんの説明をまとめると


・黄金騎士団 …… 皇帝直属。帝国最強の騎士団。


・白銀騎士団 …… 実戦を多く積んだ歴戦の騎士団。


・黒鉄騎士団 …… 帝都を守護する役目。帝国士官学校を卒業したエリート騎士が多い。


・青銅騎士団 …… 地方の街を守護する役目。もっとも数が多い。


「へぇ~、騎士さんにも色々あるんだね。あれ、天騎士っていうのは?」

「天騎士は、帝国の最高戦力の別名で七人しかいないんだ。うちの親父や『剣の勇者』あとは……幼馴染アイリもその一人だよ」


「あっ……!?」

 やば。

 地雷ワードを言わせちゃった。

 私の表情を見て、ユージンくんが苦笑した。


幼馴染アイリのことはもう平気だから大丈夫だよ、スミレ」

「……そう、なの?」

「ああ」

 そう言うユージンくんの表情は、確かに何も気にしてなさそうだった。

 もう吹っ切れたってことかな?


「ほら、ついたよ。スミレ」

「へぇ……ここがって、ええええええっ!」

 ユージンくんの指差す方向を見てびっくりした。


 それまで帝都は、数階建ての大きな建物がずっと続いていた。

 どれも分厚い石造りの壁に、高い塀で囲まれていた。

 街全体が要塞、というのも頷けるものだった。


 その中で一つ。

 奇妙な家があった。


 柵はなく、腰くらい高さの生け垣に囲まれている敷地。


 日本庭園のようにぽつぽつと生える、松のような木々。 


 庭の中央には池があり、赤い鯉のような魚が泳いでいる。


 一番目を引くのは、家そのものだ。


 平屋の屋敷がでん! と横たわっていた。


 西洋の街並みの中に、そこだけ切り取られたかのような江戸時代のような日本屋敷が異彩を放っていた。



「どうかした? スミレ」

「どうかっていうか……、ここがユージンくんの実家なの?」

「そうだよ。ただいまー」

 ユージンくんは、開きっぱなしの門をくぐる。


「ま、待ってー」

 驚いて足が止まっていた私は、慌てておいかけた。


 広い庭を突っ切り、ユージンくんは玄関の扉に手をかける。

 扉はすー……と開いた。


「鍵は!? 何で開いてるの?」

「うちはいつも鍵かけてないから」

「不用心過ぎないかな!?」


「金目のものはないからなぁ。大事なものは肌身離さないか、親父は王宮に預けているみたいだし」

「泥棒に入られちゃうよ!」

「実は何度か入られてて、親父が全員の首を刎ねてさ。その噂が広がって今じゃ、泥棒も避けて通るらしいよ」

「怖っ!!!」 

 ユージンくんのお父さんって、実はやばい人?


 恐々としながら玄関を抜けると、土間があり長い廊下があった。

 靴を脱いでいるユージンくんに私は倣った。


「スミレ、よく靴を脱ぐってわかったな? みんなこれに驚くんだけど」

「むしろ私はこっちのほうが自然だよ。前の世界がこうだったから」

 急に日本っぽい風習に戸惑う。


 ホコリ一つない、よく手入れされた木造の建物内をユージンくんと私は進んだ。


「二年ぶりか……」

 ユージンくんが感慨深げに、自分の家の様子を眺めている。

 私もつられて家の中を見回した。


 落ち着いた色の木目の床。


 部屋の仕切りは、襖のような横開きの扉で。


 その奥は畳っぽい部屋が見えた。


(和だ……、和の家だ……)


「変わった家だろ? 親父が故郷の建物をどうしても再現したかったらしくて。設計士に要望を伝えたら、頭を抱えられたらしいよ」 

「ユージンくんのお父さんの故郷って確か東の大陸の……」


「戦争で滅んだ小国だった……らしい。俺は物心付く前の話だから覚えてないけど」

「そっかぁ」

 東の大陸って、きっと日本っぽい文化なのかな。

 ちょっと、興味があるけど戦争ばっかりしているらしいから行くのは怖いな。

 なんて考えていると。



「ユージンちゃん!!!  お帰りなさい!!」



 突然、後ろから話かけられた。


「わっ!」

「ハナさん。お久しぶりです」

 びっくりしたー。


 さっきまで誰もいなかったはずなのに。

 ユージンくんは、気づいていたのか特に驚いていない。


「あらあら、こんな可愛らしい女の子と一緒に。隅に置けませんね、ユージンちゃん」

 話しかけてきたのは、エプロン姿のニコニコしたおばあちゃんだった。

 かなりお年を召されているように見えるが、背筋はぴんとして姿勢が良い。

  

「ハナさん、こちらはスミレさん。リュケイオン魔法学園のクラスメイトで……俺の恋人……なんだ」

「は、はじめまして! スミレと申します!」

 私は慌てて挨拶した。


 ……ユージンくん、私を恋人って紹介してくれるんだ。

 ちょっと、顔が熱くなった。


「ええ、存じてますよ。お父様から話は聞いております。はじめまして、スミレさん。私はサンタフィールド家でお手伝いをしている『ハナ』と申します。ユージンちゃんが小さい頃からお世話させていただいてます。辛いモノが食べられないこととか、昔は幽霊ゴーストを怖がってたこととか、気になることはなんでも聞いてくださいね」


「ハナさんっ!?」

「ふふふふ」

 ハナさんが、カラカラと笑う。

 なんだか豪快なおばあちゃんだなぁー。


「ユージンちゃん、スミレさん。お茶とお菓子を用意いたしましたから、客間のほうへどうぞ」

「ありがとう、ハナさん。親父はまだ仕事?」

「ええ、そうですね。夕食までには帰ると聞いております」


「わかった。こっちへどうぞ、スミレ」

「はーい」

 私はユージンくんから、玄関近くにある大きなリビングに案内された。

 そこだけは和室でなく、ソファーのある洋風の応接室だった。


 そして、テーブルの上には湯呑に入ったお茶。

 横にお菓子が添えてあった。


「どうぞ」

「うん、ありがとう、ユージンくん」

 ユージンくんに促されてソファーに座り、温かいお茶をすすると「たはー」とため息が出た。


「疲れたな」

「そうだね、なんだかんだ。飛空船は初めてで緊張してたのかも」

「荷物を部屋に預けてくるよ。スミレが泊まる部屋は準備してもらってるから」

「あの……部屋ってもしかしてユージンくんと一緒……」

「別々だから」

「……はーい」

 流石に実家に来て、いきなり同じ部屋に泊まりはないらしい。

 

 まぁ、抜け駆けするとサラちゃんからの恨みも怖いし、ここは郷に従おう。


 その後、ユージンくんが戻ってきてしばらく雑談していたら、うとうとしてしまい……。


「寝ててもいいよ」

「………………うん」

 私は微睡みの中へ落ちていった。




 ◇





「………………ふぁ…………あれ?」

 目を覚ますと、窓から差し込む光が赤い。

 どうやらちょうど日が沈む頃合いのようだった。


 私の身体には、毛布がかかってあった。

 部屋の中には誰もいない。


「……ユージンくん?」

 誰もいない部屋でポツリとつぶやくと。



「ユージンちゃんでしたら、道場で稽古中ですよ、スミレさん」

「へっ!?」

 すぐ隣に笑顔のハナさんが立っていた。


 うそ! 絶対に誰もいなかったのに。

 この人、忍者なんじゃないの?


「えっと、道場ってどちらなんでしょう?」

 少しドキドキしながら私は訪ねた。


「ご案内しますね」

 ハナさんの後ろをついていく。

 道場というのは、どうやらユージンくんの家の裏手にあるようだった。


 家からは廊下でつながっていて、外からみると小さな体育館といった外観だった。


 道場から「ヒュッ! ヒュッ!」という素振りの音が聞こえる。

 きっとユージンくんだ。


「では、私は夕食の準備がありますから」

 ハナさんは小さく会釈して去っていった。

 私も会釈を返しつつ、道場へ近づいた。



(わぁ……)



 開いた扉から、中を見て心の声で感嘆する。


 道場内では、ユージンくんが一人で木刀を振っていた。


 私は剣の素人だから、難しいことはわからない。


 けど、ユージンくんの振るう剣は、流麗だった。


 滑らかな身体運びに、ぶれない体幹。


 風をきる剣先は、私の目には捉えられなかった。


 剣舞のようなそれに、私は目を奪われ眺めていた。  


 その時、ユージンくんが私に気づいたようで。


「スミレ。起きたのか」

「うん、寝ちゃった」

 と言いながら、私が道場内に足を踏み入れようとした時。




「修行は続けているみたいだな」




 知らない人の声が響いた。


(えっ?)


 と思った瞬間「ダン!」という大きな音と同時に、床がドシン、と揺れた。


「きゃっ!」

 思わず小さな悲鳴を上げ、目を閉じてしまう。


 そして目を開いた時、膝をついて剣を受けているユージンくんと、剣を振り下ろす知らない人がいた。


「ユージンくん!!!」

「おっと、驚かせたな。すまない、お嬢さん」

 にっ、と笑った顔は悪戯っ子のようで、見た目は四十代くらいのしっかりと大人のおじさんだった。


 黒髪黒目で、長い髪を無造作に後ろでくくっている。


 無精髭をはやし、服装は着流しのような和装だった。


 そして、どことなくユージンくんと似ていた。



「…………おい、。二年ぶりにあう息子に不意打ちはないだろ」

 ユージンくんが、苦言を伝えると。


「剣の師匠として、腕が鈍っていないかを確認するのは当然だ」

 その中年の男性は、飄々と答えた。


(この人が……!)

 

 どうやらこのおじさんが、ユージンくんのお父さんらしい。

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