51話 ユージンは、帝国へ帰る

「うわー、風が気持ちい~!!」

 

 スミレが飛空船の甲板の手すりに寄りかかり、全身で風を受けている。


「危ないですよ! あまり手すりから身体を出さないでください!」

 飛空船の乗務員さんに注意されている。


「ご、ごめんなさい~」

 スミレが慌てて手すりから手を離す様子を、俺はぼんやりと眺めていた。


 俺たちが乗っている飛空船は『迷宮都市カラフから → 帝都グレンフレア行き』の定期便だ。


 魔王エリーニュスの復活を聞きつけ迷宮都市に集まっていた帝国軍の飛空船団は、学園生徒が魔王を撃退したという祝賀会に参加したのち、すぐに帝国へと帰っていった。


 祝賀会では、帝国の重鎮やら各国のお偉方に囲まれとても疲れた。


 来賓していた天騎士の人からは、「ユージンくんも、我々の飛空船に乗っていくかい?」と声をかけられたが、気疲れすると思い丁重にお断りした。


 どのみち、帰省をするなら色々と準備がある。

 俺はスミレとサラに声をかけ、俺の実家へ一緒に来る気があるかを聞いた所。



 ◇数日前◇



「ユージンくんの実家!? もちろん、行くよ!! 楽しみ~☆」

 スミレは二つ返事。


「わ、私も行きます! 準備しますね!」

 サラも同行を申し出たのだが。


「駄目ですよ、サラ会長。学園祭の準備が終わっていません。会長に決めていただかないといけないことが山積みなんですから。少なくとも今溜まっている書類には目を通してサインをお願いします」

「そ、そんな! テレシアさん、あんまりです!」


「どうしてもユージンくんに同行したいなら、会長決裁の仕事は全て終わらせてからにしてください。…………そもそも、本国の許可は降りているんですか?」

「…………問題ありません。帝国の内情を探るよう、聖女様から指示がきています」

 後半の小声の会話は聞こえないふりをした。


 相変わらず、サラは大変そうだ。

 今の俺は帝国に戻っても何の地位や権限も無いから、探るだけ無駄だと思うけどな。

 帝都の案内くらいはしてあげよう。


「あーあ、残念だなぁー。サラちゃんが来られないなんてー。お仕事頑張ってね☆」

「……スミレちゃん。抜け駆けしたらどうなるかわかってる?」

「え~、わっかんないなー☆ ……って、まって! 聖剣を構えないで!」


「ふふふ……、この剣に誓いなさい。私が来るまでユージンに手を出さないって」

「だ、駄目ですよ! サラ会長! 宝剣をそんなふうに使っては!!」

「止めないで! この女にわからせないといけないの!」


「……サラちゃんが来たら手を出していいの?」

「……そうです。私が来るまではおあずけです」

「仕方ないなー、サラちゃんはわがままなんだから☆」



 ◇



 そんな一幕があった。

 本人の目の前でする会話としてはどうかと思ったが。


 というわけで、俺とスミレは帝国へ一緒に向かっている。

 サラは遅れて追いかけてくる予定だ。


 出発した当初は「うわ、飛空船って結構揺れるね。私、酔いそう……。大丈夫かな」と不安そうだったスミレは、翌日には元気いっぱいで甲板を駆け回っている。


 その後、飛空船内は緊急時以外は走ってはいけないので注意を受けたり。

 次に手すりから身を乗り出し、やっぱり注意を受けていたわけだ。


 ちなみに、飛空船の職員さんからは目をつけられたようで、さっきからスミレを要監視している。


「あーー!! ユージンくん、見て見て!」

 スミレが大声で、叫ぶ。


「スミレ、もう少し落ち着いて……ん?」

 スミレの指差す方向に目を向け、驚いた。


 巨大な――小型の竜ほどもありそうな巨大な鳥の魔物が飛空船と並走していた。


「ロック鳥か……」

「これがロック鳥!? こっちに襲って来たりしないかな?」

「どうかな……?」

 家畜の牛や豚だけでなく、ゴブリンやオークなどの魔物すら常食すると言われる怪鳥。

 最終迷宮でも階層主として出現したことがある危険な魔獣だ。


「大丈夫ですよ。ロック鳥は賢い魔物です。帝国行きの飛空船には竜すら撃退する魔法兵装が備わっています。襲ってくることは無いでしょうし、襲われても迎撃は可能です」

 俺とスミレの会話を聞いてか、職員さんが笑顔で説明してくれた。


 ほどなくして、ロック鳥は飛空船から離れていった。


「午後には帝都に到着します。どうぞ、船内でおくつろぎください」

 職員さんは去っていった。

 要は、外で騒ぐなということだろう。


「スミレ。そういえば朝食がまだだし、食堂に行くか」

「うん、そうだね! お腹ぺこぺこ」

 俺たちは帝都に着くまでの時間を、飛空船内で過ごした。


 かつてたった一人で、帝都を出て迷宮都市に向かった時は、旅を楽しむ余裕なんてなかった。


 今回はスミレが一緒なおかげで、余計なことを考えず、退屈せずに過ごすことができた。


 数時間の空旅後。



 約二年ぶりに、俺は帝都へと戻ってきた。




 ◇スミレの視点◇




「うわぁ……これがユージンくんの育った街なんだ。都会だねっ……!」

「そうか? 迷宮都市だって人の数は多かっただろ?」

 私が感嘆の声をあげると、ユージンくんが首をかしげた。


「ううん、でも建物はあっちよりも大きいし、それに街や道が広いー!」

 初めて見る迷宮都市以外の街は、とっても大きく感じた。


 前の世界とはもちろん雰囲気はまったく違うんだけど。

 おぼろげに記憶にある東京の高層ビルが並ぶ街を思い起こさせた。


 雑多な建物がひしめき合う迷宮都市と比べて、『整備された街』という印象を強く受けた。


「確かに行軍パレードなんかも行われるから大通りは迷宮都市より立派かもな。建物が大きいのは、帝都全体を要塞と見立ててるから壁を厚くして、敵からの襲撃を想定してるんだよ」

「敵?」


 グレンフレア帝国って、南の大陸で一番強い国じゃなかったっけ?

 その首都なら南の大陸で一番安全ってことじゃないのかな? という疑問をユージンくんに投げかけた。


「そうでもないんだよ。帝国も時代によっては他国との戦争に敗れたり、強い魔物の襲撃を受けたりしてる。あと……一番は、『大魔獣』の被害かな」


「大魔獣って確か……何百年も生きてるすごく強い魔物なんだっけ……?」

 私は魔法学園の授業で習った知識を思い出す。


 生きた災害とも呼ばれる、南の大陸の大魔獣。

 現在は、三体の存在が確認されているとか。


「蒼海連邦の近海の主『人魚ウェパル』。聖国カルディアの近く、タルシス山脈をねぐらとする『闇鳥ラウム』。そして、帝国のクリュセ平原に封印されている『巨獣ハーゲンティ』だな」

 ユージンくんがよどみなく教えてくれた。


 こっちの世界の人達にとっては、常識らしい。


「百年以上前、封印が解けかけた巨獣ハーゲンティのせいで帝都の約半分が壊滅したらしいよ」

「は、半分っ!?」

 この大きな街の半分が壊れたの!?


「ま、それもあって帝都は堅牢に作られているんだ。じゃあ、俺の家まで案内するよ」

「う、うん。えっと街の案内は?」

「飛空船の長旅で疲れただろ? 明日にしよう」

「はーい」

 私はうきうきしながら、ユージンくんと手を繋いだ。


 通りには、馬やおっきい鳥に引っ張られる馬車がたくさん行き交っている。

 迷宮都市とは違う服屋や道具屋、みたことのないお店も多くあった。


 ファッションも迷宮都市とは違ってて、こっちのほうが洗練されているように感じた。

 地方から都会に来たって感じなのかな?


 私はきょろきょろしつつも、ユージンくんとはぐれないように注意した。

 なんせ人が多い。


 街の住人っぽい人から、色んな服装の行商人さんたち。

 衛兵らしき騎士さんや、身分の高そうな人もちらほら。


 街に入ってしばらく歩いた時。


「お! ユージンじゃないか。戻ってきたのか!?」

 露店の商人さんから、ユージンくんが声をかけられた。


「おっちゃん! 久しぶり!」

 ユージンくんは、笑顔を返した。


「しばらく顔を見せないからどうしてるのかと思ってたが、元気そうだな! ほら、こいつはサービスだ!」

「ありがとう、おっちゃん」

 そう言ってユージンくんが何かの食べ物を受け取った。


 あれって何だろう?

 私の視線に気づいたのか、ユージンくんが店主さんに言った。


「おっちゃん、金は払うからもう一つ頼むよ」

「ん? 連れがいたのか。そりゃ、気が利かなかったな。ほら、お嬢ちゃんの分だ」

「ありがとうございます!」

 そう言ってもう一つは、私にくれた。


 クレープのような生地に、たくさんの野菜と濃厚そうなタレのかかった焼肉が挟まっている。

 作りたてのようで、手に感じる熱は少し熱いくらい。

 ふわりと、美味しそうな匂いが食欲を刺激した。


「熱いうちに食べてくれよ、嬢ちゃん」

「いただきます~……、美味しっ!」

「そりゃ、よかった。また寄ってくれよ! お客さん、いらっしゃい! 何個だい!?」

 人気のお店みたいで、次のお客さんがやってきた。


「おっちゃん、また来るよ」

「ありがとうございましたー!」

 私とユージンくんは、邪魔にならないようお礼を言ってお店から離れた。


「さっきの屋台のおじさんは、知り合いなんだね」

「ああ、士官学校の時、よく買いにきてたんだよ。訓練後は腹が減るからさ。3,4個は頼んで「食べ過ぎよ!」ってよく言われてた……な」

「……ふぅん」

 ユージンくんの声が後半小さくなった。


 誰に言われたのかは、聞かなくてもわかった。

 きっと例の幼馴染さんだ。

 ユージンくんの表情は、いつも通りで何を考えているのかはわからなかった。


「さて、この辺は軍の施設や学校、図書館とか公共施設が多い区画でその先に実家があるんだ。もう少しで着くよ」

 空気を変えるように、ユージンくんが私に話しかけた。


 気がつくとさっきまでの商店が立ち並んでいる街並みから、大きなビルのような建物群に街の風景が変わった。

 道行く人も、騎士姿や軍服の人が多い。 


「あ、待って。食べちゃうから」

「ゆっくりでいいよ」

 既に食べ終えたユージンくんに合わせようと、さっきの屋台の食べ物を頬張っていた時。




「おまえ……もしかしてユージンか?」




 また、ユージンくんの名前が呼ばれた。


 そこには軍服を着た、同い年くらいの男の子が立っていた。

 

 がっしりとした身体に、鋭い目つき。

 ぴしっとした短髪が、いかにも軍人さんって雰囲気を纏っていた。 


「マッシオか? 久しぶりだな」

 ユージンくんの表情は変わらない。


「…………あぁ、二年ぶりか」

 話しかけてきた男の子は、やや苦々しげな表情だった。


(もしかして……)


「士官学校以来だな」

 ユージンくんの言葉で確信した。

  

 彼は、ユージンくんが退学した前の学校の知り合いだ!

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攻撃力ゼロから始める剣聖譚 ~幼馴染の皇女に捨てられ魔法学園に入学したら、魔王と契約することになった~ 大崎 アイル @osaki_ail

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