49話 ユージンは、全てがバレる

「「………………」」

 再び現れた魔王を前に、スミレとサラは固まっている。


「…………え?」

 魔王エリーもぽかんと大口を開いている。


 短いズボンに、着崩したシャツ。

 見慣れた普段着だ。

 所々に雑に巻いた包帯が見える。


 エリーの顔色は悪くない。

 俺が斬った怪我で弱っている、ということはなさそうでほっとした。

 

「エリーセンパイ~! お久しぶりっすー。新人研修でお世話になったリータっす! いやぁ、センパイが100階層の試練の相手に選ばれた時は、ビビりましたよー。しかも全然帰らないしー、駄目っすよ。天頂の塔のシステムに勝手に干渉しちゃー、私が誤魔化しときましたから、褒めてくださいねー。ところでさっきの試練の時の話を少し伺いたく……あれ? エリーセンパイ。どーしたんすか? 目が怖」



迷宮の眼カメラ止めなさい」

 ドスの利いた声が聞こえた。



「へ?」

「聞こえなかった?」

「は、はい! ただいま! 眼ちゃん、スリープモード!」

 天使さんの声に、迷宮の眼が「……ヴン」と低い音を立てて地面に転がった。


「え、エリーセンパイ~? どーしたんすか?」

「あんたねぇ!!」

「ぎゃあああああ! 痛い痛いいたい! 頭が割れるっす!」

 魔王が両手を拳のまま、天使さんの頭をぐりぐりしている。


「ねぇ……ユージンくん」

「ユージン、私たちは何を見せられてるの?」

「魔王と天使ちゃんって仲良しなの!?」

「う、うーん……、そーみたいだな」

 俺も頷くしかない。


 以前、エリーから天使の新人教育係だったと聞いたことがある。

 その時は「ふーん」くらいの気持ちで聞いていたが、本当に先輩なんだな。

 それもかなり、上下関係は厳しそうだ。


「おーい、少年! 見てないで助けてくださいよー、エリー先輩の相棒バディなんすよね?」

「「え?」」

「げ」

 天使リータさんの言葉に、俺より先にスミレとサラが反応する。


「ユージンくんが……魔王と相棒?」

「て、天使サマ? 一体、なにを……?」

「あ、あの! ちょっと、待ってくださ」

 俺は慌てて天使リータさんがこれ以上変なことを口走る前に、止めようと駆け寄った。


「お、少年。近くで見るとなかなか精悍な顔ですねー。私の好みじゃないっすけど、エリー先輩がいかにも好きそうなタイプっすね」

 気がつくとするりと魔王のヘッドロックを抜け出した、天使リータさんが目の前にいた。

 

「それって、どーいうことですか!? ユージンくんと怖い魔王が相棒って!!」

「天使様! 言っていいことと悪いことがあります! あのような汚らわしい魔王がユージンと契約しているはずがないでしょう! 魔王は封印の地下牢で眠っていたのですよ!」

 スミレとサラがすごい剣幕でまくしたてる。


「汚らわしい」というサラの言葉に、魔王エリーの眉が少しぴくりとなった。 


「ありゃ? 同じ部隊のお二人は知らなかったんですか? 駄目っすよー、パーティーメンバーは家族も同然なんすから隠し事はー。私には、ばっちりエリー先輩と少年が『』で結ばれてるって視えてますからねー」

「ちょっ!!」

 このクソ天使!

 全部言いやがった!

 

「「………………」」

 空気が凍った。

 背中がぞくりとする。

 スミレとサラの顔を見るのが怖い。


「あははー、身体の契約ってあれでしょー? 別名『恋の契約』っていう私と結んでるやつ。天使リータちゃんってば、おかしー。魔王さんなんて大昔からいるなんだから、ユージンくんとそんな関係なわけないじゃないですかー」


「ええ、スミレちゃんの言うとおりだわ。うっかり信じてしまう所でした。天使様でも冗談をおっしゃられるのですね」

 スミレとサラが朗らかに、一見、朗らかに笑い合っている。


 ……スミレの『おばさん』という言葉に、魔王の表情が変わった。


 魔王の姿が掻き消える。

 音もなく俺の真後ろに空間転移テレポートしていた。

 そして、後ろから抱きしめられる。


「ねぇ、ユージン。ねぇ、さっき貴方に斬られた傷がまだ痛むの……、慰めてくれないの?」

「え、エリー!?」

 さっきまでの魔王モードとは違う。


 封印の地下牢にいるときのエリーの猫撫で声。

 艶めかしい流し目をおくり、俺の首元を指が這う。


(おい、いいのか? こんな人前で!)

 俺は小声でエリーに話しかける。

 おまえは南の大陸で恐れられている伝説の魔王だろ!


「どうしたのユージン、照れちゃって。ねぇー、私たちの仲でしょ♡」

 エリーはますます強く抱きしめてくる。

 柔らかい胸が背中を圧迫する。


「魔王! ユージンくんから離れろ!」

「ユージンから手を離しなさい! この堕天使!」

 スミレの右手が真っ赤に燃える。

 サラが再び宝剣を鞘から引き抜き、刀身が輝き出した。


「あら、怖い。ユージン助けてー」

「スミレ、サラ落ち着け。神の試練は終わったんだから」

 俺は二人を宥めるが、エリーが頬を擦り寄せてくるとますます二人の顔が険しくなった。


「ユージンくん、どいて! そいつ燃やすから!」

「ふしだらな魔王! 切り刻んでやるわ!」


「ふふふ、あなたたちのお遊びみたいな攻撃が私に届くかしら」

 なぜか二人を挑発する魔王。

 

 力づくでエリーを止めたいところだが、さっき俺が魔法剣で斬った手前強引な手段が憚られた。

 その間にも、魔王とスミレ&サラ間の空気は剣呑さを増していく。


 なんか……もう一戦始まりそうなんだけど。


「どーするんですか、これ?」

 俺が諸悪の根源である天使さんへ話しかけた。


「ありゃ……、困りましたねー」

「そんな他人事な!」

「まま、お任せを。 おーい、 迷宮主ダンジョンマスターちゃんー! エリー先輩を止めてくださいー!」

 天使さんが、上に向かって叫ぶ。


(迷宮主……天頂の塔にダンジョンマスター?)


 学園ではそういう話は聞いたことがなかった。

 最終迷宮にも居たのか。

 天使たちが、管理者じゃなかったのか?


「だいたいさぁ、年増のおばさんが若い男の子に本気になるなんてダサいよねー☆ サラちゃん」

「ほんとよねー、スミレちゃん。魔王って言っても、淫魔サキュバスの王だったのかしら」

「……言ってくれるわね、二人にはお仕置きが必要みたいねー」

 

 魔王のこめかみに青筋が浮いている。

 ……おいおい、エリーのやつまで本気で怒ってないか? 

 これはいよいよ、間に入らなければと覚悟を決めた時。



 ドン!!!



 と、魔王とスミレ、サラの間に巨大な壁が現れた。


「おっと」

「きゃっ!」

「くっ!!」


 エリーは慌てず。

 スミレとサラは、驚きつつ後ろに下がる。


 そこに天使さんが割って入った。


「駄目っすよー、エリー先輩。若い子たちをからかっちゃ。それに二人も試練の相手には敬意を払わないといけないっすよー」

「「「…………」」」

 エリーとスミレとサラが、何か言いたげだったが一応静かになった。


 しばし、三人がにらみ合う。


「で? リータ。私に聞きたいことってなによ?」

 面倒そうに口を開いたのは魔王エリーだった。


「んー、この少年がエリー先輩と契約関係だったのでもしかしたら贔屓してないかなーという調査です。勿論、鬼教官と呼ばれたエリー先輩が手を抜くとは思ってないっすよ?」

 天使さんの言葉に、魔王がため息を吐く。


「あのねぇ、リータ。ユージンはそもそも20階層でも冥府の番犬ケルベロスちゃんと戦って、その力を認められてるのよ? 今回の100階層の試練だってユージンはフリーパスでもいいくらいなんだから。まさか、それを把握してない、なんてことはないわよね?」

 ジロリとエリーが天使さんを睨むと、彼女はギクリとした表情になった。


 ……え? 知らなかったの?


「ち、違うんすよ! 20階層に冥府の番犬ケルベロスが間違って召喚された件で、前任の子が飛ばされたんですよ! だから私はろくに引き継ぎも受けてなくて……えーと、ちょっと待って下さいね……、履歴を見ますから……。あー!! たしかに少年はケルベロスと戦って認められてますね! じゃあ、試練は問題なくクリアっすね!」

 あははー! と明るく笑う天使さん。

 どうやら、大雑把な性格らしい。


「まったく、じゃあ私は帰るわね。ユージンに斬られた傷がまだ痛むんだから……」

 エリーがお腹をおさえている。


「大丈夫か? エリー」

 思わず声をかけた。


「心配してくれるの?」

「あ、当たり前だろ」

 ニヤニヤした表情になったエリーが、俺の頬に手を当てた。


 後ろにいるスミレとサラの発する魔力マナやら闘気オーラが恐ろしいが、いったん気にしないことにした。


 が、「がし!」と両側から腕を掴まれては流石に無視できない。


「ねぇ、ユージンくん? そちらの魔王さんと随分と仲良しみたいだね?」

「ユージン☆ 詳しく説明してもらえるかしら?」

 スミレとサラの声が、これまで聞いたなかでもっとも低い。

 

「先輩、怪我の治療しますねー」

「……あんた、一応私は魔王なんだけど、わかってるの?」

「大丈夫っすよー、100階層までは私しか見てないんで」

「相変わらずワンオペなのね……」

 天使さんとエリーが会話している。

 どうやらエリーの怪我は天使さんが治してくれるようで少し安心した。


 そして俺の両脇には、スミレとサラ。

 絶対に逃さないと、両腕をしっかりと掴まれた。


 ……言い逃れは無理だ。




 ――俺は全てを白状した。





 ◇



「………………うそよ。そんなのうそ」

 サラが宝剣を抜き身のまま、ふらふらと剣先を俺とエリーをいったりきたりしている。

 あの……、急に斬りかかってきたりしないよな?

 

「えぇ……、じゃあ、魔王さんとユージンくんは……その……えっちな関係って……こと?」

 スミレは赤い顔をして、俺とエリーを見比べている。


「ふふふ、そーいうことなの☆ 残念だったわねー、スミレちゃん、サラちゃん。ユージンくんの初めてはいただいちゃった」

 エリーが満面の笑みで答える。


「おい、エリー。もうこれ以上言うな」

 やめろ、やめてください。


「くっ……、生徒会会長権限で生物部を廃部にしてやるわ! ユージンを魔王から解放しなきゃ!」

 サラがとんでもないことを言い出した。


「生物部は、ユーサー学園長が顧問だから多分無理だぞ」

 冷静さを失っているサラに、一応言っておく。


「じゃあ、学園長先生に直談判するよ! そもそも、何でユージンくんだけがそんなことしなきゃいけないの!?」

 スミレが叫んだ。


「俺と学園長しか入れないんだよ。第七封印の地下牢は。昔は他の部員も入れたらしいんだけど」

「えぇ……なんでそんなことに……」


「主な原因は、あの研究バカの学園長が何でもかんでも地下牢に神話生物を放り込むから、地上の民だと息もできないくらい濃い瘴気が蔓延してるせいね。実際、ユージン以外の担当者が居ないから仕方ないのよねー」

 エリーがやれやれと、肩をすくめる。


「うぐぐ……、そんなぁ」

「あれ? でも、スミレちゃんは神人族だからいけるんじゃないっすか?」

「え?」

 天使さんの言葉に、スミレがぱっと振り向く。


「それに、サラちゃんも宝剣の効果で多分、学園の地下牢に入っても大丈夫っすよ」

「そ、そうなんですか!? 天使様」

「本当ですか? 天使リータさん」

「間違いないっすよー。これでも私の眼は女神様に褒められるくらい良いですからねー」


 驚いた。

 勇者職のクロードですら近づくだけで、精一杯なのだが。

 スミレとサラは、入れるらしい。


「あーんーたーはー!! 何で余計なことを言うのよ!!」

「えっ! 言ったらまずかったんすか!?」

「当たり前でしょ! 私とユージンだけの場所なのに!」

 あっちでは天使さんがエリーに詰められている。


「魔王さーん。今度、遊び邪魔しに行くねー☆」

「来なくていいわよ!」

 スミレが魔王を煽っている。

 ……つ、強いな、スミレ。

   

 その時、魔王の身体が黄金の光に包まれた。


「エリー先輩ー、話は聞けましたのでもう大丈夫すー。今度、挨拶に行きますねー」

「あんたも来なくていいわよ……。じゃあ、またねユージン」

 俺にウインクをして、エリーは光の中に消えた。

 空間転移で地下牢に戻ったのだろう。


「じゃあ、私も仕事に戻るっすねー。私に用事があれば100階層で呼んでくださいねー。お茶くらいだしますからー。ではではー☆」

 天使さんも空間転移で去った。


 と、同時に黄金の森は消え去りもとの殺風景な100階層の姿に戻る。


 俺とスミレとサラは、100階層にぽつんと突っ立ったままだ。

 

 ウィィン、と小さな機械音が聞こえた。


 迷宮の眼が、起動したようだ。


 ふわふわと、宙を旋回している。


「じゃあ、下に戻ろうか」

 どっと疲れが襲ってきた。


 100階層の試練は突破した。

 迷宮組合に報告したほうがいいだろう。

 中継装置で、結果は既にわかっていると思うが。


 さて、帰ろうと迷宮昇降機にほうへ足を向けた時。



「ユージンくん、話があるの」



 がしっと、スミレが俺の腕をつかんだ。

「あとで話はゆっくり聞けるけど……」と言いかけて止める。

 スミレの表情が、あまりに真剣だったから。

 


「い、今言うの!? スミレちゃん」

 サラが少し慌てている。

 

「むしろ、今じゃなきゃ駄目だよ! サラちゃんは、さっきの魔王おんなとユージンくんの関係を聞いてたでしょ!! このままでいいの!?」

「いいわけないでしょ! 最悪よ! 本国にどう報告すればいいの!?」

 スミレとサラが大声で叫ぶ。


「あの……二人とも話って……」

 俺がおそるおそる尋ねると「きっ!」とスミレとサラが俺を睨んだ。 


(これは……怒られるやつだ)


 まぁ、そうだよな。

 魔王と契約してたのを、二人には隠していたのだ。


 迷宮探索隊は、一蓮托生。

 隠し事は極力しないのが常識だ。


 もしかしたら、探索隊チームを解消という話になるかもしれない。


 そう言い渡されても、俺が文句を言える立場ではない。


「ユージンくん!」

「ユージン!」

 名前を呼ばれる。


「は、はい」

 俺は緊張した面持ちで返事をした。


 ごくりと、つばを飲み込む。


「「…………」」

 スミレとサラは、何かを迷っているように次の言葉を続けない。


 二人との探索隊を解消したら、俺はまた単独ソロに逆戻りだ。


 101階層以上を単独は、厳しいだろう。


 そもそもスミレの魔力がないと、俺はろくに戦えないし。

 厳しい探索になる。


 が、俺は覚悟を決めた。


「言いたいことは、はっきり言ってくれていいよ。俺は受け入れるから」

 俺はなるべく穏やかな声で答えた。


 たとえ、二人に捨てられても100階層まで来られたのは二人のおかげ。


 その恩は決して忘れない。


 10階層もクリアできなかったのが、遠い昔のようだ。


 最近の探索は、大変だったが充実していた。


 二人には感謝しかない。


 そう思っての言葉だった。


 ただ、俺の言葉にスミレとサラは、キョトンとしていた。


「ん? 何でも?」

「いま、何でもって言ったわね」

 スミレとサラがつぶやく。


「……ああ」

 たとえ魔王と契約をしていた俺なんかとはもう迷宮探索ができない、と言われても受け入れるつもりだ。

 

 が、何かズレているような気がした。

 

 得も知れぬ『やってしまった感』に襲われた。

 

 けど、言った言葉は取り消さない。


『男に二言はない』というのは親父から教わった東の大陸の言葉だ。


(あんたさぁ……)

(なんだよ?)

(ばか)

 魔王の呆れたような声が脳内に響く。

 会話はつつぬけらしい。

 そして、なぜか罵倒された。



「ユージンくん……」

「ユージン……」 

 スミレとサラが、俺の腕をギュッと握り言った。


 二人の顔はもう怒っていなかった。


 ……隊を解消する話じゃない?


 俺は言葉を待った。

 



「好きです、付き合ってください」


「愛してる、私の恋人になって」


 二人同時の愛の告白だった。

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