48話 ユージンは、天使と出会う

 天頂の塔バベルの管理者である天使。


 透き通るような白い肌。

 星のようにきらめく金髪。

 一点の汚れもない純白の翼の羽ばたきと共に、柔らかな風が頬にあたった。


「いやぁ~、凄いっすねー少年☆ あのエリー先輩を倒すだなんて。……おっと、迷宮の眼ちゃんが近くにいるとフランクに話しづらいんでちょっと離れててねー☆」


 その天使は可憐な見た目に似合わず、気さくな口調で語りかけてきた。

 魔王を倒した後にこちらへ近づいてきていた中継装置へ映像を送る『迷宮の眼』が、再び離れていった。


 どうやら天使の言葉には従うらしい。

 だからって堕天使のエリーにまで従うのは、どうなんだろう?


「て、天使様!?」

 カルディア聖国において、天使はとてつもなく神聖な存在だ。

 サラが慌てて跪く。


 俺もそれに倣った。

 スミレは眠ったままだ。


「ふふふ……畏まらなくってもいいっすよ~。今日の主役は君たちですから。あと、そっちの異世界からやってきた女の子も起こしてあげましょうか。……てい☆」

 天使が手に持っている小さな杖を振るうと、きらきらした光がスミレを包んだ。


「……ん」

 スミレが目を覚ます。


「やっほー、スミレちゃん☆ ご機嫌いかが? エリー先輩に八つ当たりされて災難だったっすねー」

「……え、誰? って、わぁ! 天使だ! 天使がいるよ、ユージンくん!」

「お、おい、スミレ」

「スミレちゃん!?」

 全然動じないスミレに、俺とサラが焦る。


「お、いい反応っすねー。こっちの世界の子たちはみんな遠慮し過ぎなんすよー。もっとフレンドリーでいいのに。こんにちは、スミレちゃん。私は天頂の塔の100階までの担当をしてるリータっす。気軽にリータちゃんとか呼んでもらっていいっすよ」


「リータちゃん? よろしくお願いしますー、私はスミレです」

「さ、サラ・イグレシア・ローディスです」

「ユージン・サンタフィールドです」

 スミレに続いて、サラと俺も挨拶をする。


 俺たちの言葉を聞き天使リータは、優しく微笑んだ。



「さて……よくぞ神の試練を突破しました。貴方たちの活躍に運命の女神イリア様はお喜びです」



 天使の口調が変わった。

 声色も変わる。

 天使の体を、黄金の魔力が覆い、神聖な空気を放っている。


「…………」

 何を感じ取ったのか、スミレもそれに合わせて静かになった。 

 サラはさっきから畏まっている。


 俺も緊張しているのだが、天使である彼女に何か奇妙な違和感を持った。

 彼女の纏う魔力に、覚えがあるような……。



天頂の塔バベルの設計を命じた偉大なる太陽の大女神アルテナ様は仰っしゃられました。天を目指す勤勉なる地上の民が試練を超えた時、それを報う褒美が与えられるべきだと」


 天使の言葉とともに、100階層の景色が一変する。


 黒い森は枯れ、黄金の木々や花々が凄まじい勢いで生えてくる。


 黄金の木には、色とりどりの宝石の実が生っている。


「す、凄い……」

 スミレが感嘆の声を上げる。


 サラの喉が鳴るのが聞こえた。

 俺も眼の前の光景に、言葉を失う。

 中継装置で見たことはあったが、実際に目の当たりにすると圧巻だった。


 あっという間に俺たちのいる場所は、至る所が金色に輝いている幻想的な空間となった。



「ここにある黄金や宝石、魔石は好きに持って帰っても構いません。それを持ち帰れば一生食べるのには困らないでしょう」

 天使リータは優しく語る。


 これが100階層、神の試練を突破した探索者への褒美。


 南の大陸中の探索者が天頂の塔の上層を目指す理由の一つ。


 ――そして、もう一つの試練と呼ばれている理由でもある。


「ユージンくん! これ貰えるの!?」

 スミレが俺の服の袖を引っ張る。


「あぁ、そういうことになってる」

 俺は端的に答えた。


「スミレちゃん。落ち着きなさい」

「でもでも! サラちゃん! 好きなだけ持っていっていいんだよ!?」

 この先のことは、俺とサラは中継装置で散々見てきている。

 だから単純に浮かれてはいない。


「ですが」

 ここで、天使リータが意地悪い表情を向ける。


「101階層より上は『復活の雫』が使えません。そして、魔物たちはより狡猾で獰猛になる……。貴方たちにはより多くの苦難が降りかかるでしょう。ですから100階層の『神の試練』を突破した者へ、『恩恵の神器』を用意しています」


 そう言って天使が指さした先には、小さな石の台座が現れた。 


 そして、そこには三本の剣が刺さっていた。


「ねぇねぇ、ユージンくん。あれは?」

「あれは……」


「ふっふっふ、スミレちゃん! あれは101階層より上を目指す探索者の助けになる『武器』もしくは『防具』を得る権利になりますよー☆ ちなみに、『恩恵の神器』は貴方専用になるので売っても価値はありません。他の人にとってはガラクタですー」

 天使さんの口調が戻った。

 多分、こっちが素なのかな。


「えっと、じゃあ黄金と武器を両方貰えるってことですか?」

 ここで天使の目がきらりと光る。

 その質問を待っていたんだろう。


「では、問います。貴方たちは選びますか? 生涯を保障する富か、高みを目指す武器か」

「…………え?」

 スミレが、きょとんとした。


「そーいうことだ。スミレ」

「どっちかしか貰えないのよ、スミレちゃん」

「えええええっ!」

 意地の悪いことだ。

 

 現在の南の大陸では、天頂の塔の100階層記録保持者であればどこの国に行っても高官として迎えてもらえる。

 しかも、一生食うに困らない富まで与えられる。


 もっとも脱落者が多いポイントである。


 だが……。


「武器ください、天使様」 

 迷わず答えた。


 500階層を目指す俺に必要なのは、黄金ではなく使える武器だ。

 これでようやく毎回、魔法剣を使うたびに武器が壊れる生活とさよならできる……はずだ。


「私には防具を、天使様」

 サラが告げた。

 武器は宝剣があるからだろう。

 

「サラ、いいのか? 100階層を突破したら迷宮探索は終える予定だったんだろ?」

 俺は彼女に尋ねた。

 

 昔教えてもらったことがある。

 サラは、カルディア聖国から二つの命題を与えられている。

 

 一つはリュケイオン魔法学園で優秀な実績を残すこと。

 それは生徒会長となることで果たしている。


 もう一つは、天頂の塔で100階層を突破し『A級』探索者になること。

 その二つが、聖女に成る条件なのだとか。


 つまり、101階層以上を目指すのはサラにとって余計なことでしかない。

 それどころか、学園を卒業してカルディア聖国の最高指導者『八人の聖女』を目指すなら資金はあって困ることはない。

 だからてっきり黄金を希望すると思っていた。


「ここで黄金を望んだ探索者は、その後の探索でろくな成績を残せていない。学園の生徒なら誰だって知ってるわ、ユージン。私たちは500階層を目指すんでしょう?」

「あぁ、そうだな」

 どうやらサラも、覚悟は決まっているようだ。


 最後にスミレは…………なにやら考えこんでいる様子だった。


「スミレ?」

「スミレちゃん?」

 一番迷わないと思っていた、スミレが唇に手をあて、難しい顔をしている。


「ふふふ、悩んでいるようですね、異世界転生やってきたスミレちゃん」

「い、いえ、そういうわけじゃ……」

 考えているスミレに、ぱたぱたと翼をはためかせながら天使リータさんが近づく。


「隠しても無駄ですよー☆ 成り立てとはいえ、私も大天使アークエンジェルの端くれですからねー。迷っているんでしょう? 本当の前の世界に戻りたいのか? それともこっちの世界で生きて行くのか……」

「ち、違います! 私は前の世界に戻りたくてっ……それで、ここまで!」

 スミレの声に動揺が混じる。


「でも、それはこの世界にやってきた直後の話じゃないすか? あれから色々あったじゃない? 友達ができて、好きな人ができて、楽しいこともいっぱいあって……」

「そ、それは……そう……ですけど」

 天使リータさんがニマニマとスミレを問い詰める。

 

 なんかその様子に既視感があるな、と思ったら魔王エリーと似ていた。

 天使って、こーいう性格が多いのだろうか?

 なにより。


「あの、天使リータ様?」

「お、なんだい。ユージンくん」

「天使様は、101階層を目指す探索者が多いほうがいいんじゃないですか? スミレがこっちの世界に定住するなら500階層を目指す意味がなくなりますよ?」

「はっ!?」

 俺が指摘すると、天使さんが「しまった!」という顔になった。

 ……気づいてなかったのか。


「す、スミレちゃん。やっぱり101階層を目指す方向で……」

「…………」

 スミレは腕組みをして考え込んでいる。


「スミレ」

「……ユージンくん」

 俺は考え込んでいるスミレの背中を軽く叩いた。


「スミレの好きなほうを選べばいい。101階層以上にいけばさっきの魔王みたいなのがしょっちゅう……は出ないと思うけど、危険な目にはあうと思う。もし、怖くなったらやめればいい。こっちの世界にも慣れてきただろ?」

「ユージンくん……」


「ねぇねぇ、ユージン」

 俺がスミレに言うと、サラが俺の背中を指でつついてきた。


「スミレちゃんが探索止める場合、私ってどーすればいいの?」

 サラが唇を尖らせる。


「俺はどのみち101階層を目指すよ。一人でもさ」

「そうなの? じゃあ、私もユージンと行こうっと♡ 二人チーム復活ね☆」

 そうか、そうなるのか。

 

「私も武器を選びます!」

 スミレが声高らかに宣言した。


「あーあ、やっぱり来たわね。スミレちゃん」

「これからもよろしくねー、サラちゃん」

 微笑み合うスミレとサラ。


 結局は、いつもの面子に戻った。

 見ると天使さんが、ほっと息を吐いている。

 安心したらしい。


「では、『恩恵の神器』となる武器や防具は受注後の生産オーダーメイドになります。三人の魔力や体質をチェックしますねー☆ 本日より七日以内に迷宮組合経由で届きますー」

 天使さんが、スミレ、サラの順番に手を握りながら説明した。

 握手しながら、当人の魔力をチェックしているらしい。


 三番目に、俺の手を握った時に天使さんの表情が変わった。


「……ん?」

「どうしました?」

「きみ…………もしかして、してます?」


(げっ!)

 バレた!?


 よく考えると当然だった。

 相手は天使様だ。

 契約が隠し通せるはずがない。 


「??」

「……え?」

 スミレはよく意味がわかってないのか首をかしげ、サラは怪訝な顔をしている。



「んんー……、『神の試練』の相手が契約者……、これは……ありなんですかね? ちょっと前例がなくて……、一度女神様に確認を……。いや、女神様の時間をとるならもう少し調査をしないと……」

 ぶつぶつと天使さんが呟く。

 

 天使さんが眉間に皺をよせ、視線をきょろきょろしている。


 そして何かを思いついたように、ぽんと手を叩いた。


「よし! ちょっと先輩に話を直接聞いてみますかー? エリー先輩ー! 召喚しますよー!」


「「「え?」」」


 天使さんの言葉に、俺たちは驚いた。


 召喚する?

 魔王を、また!?


(え? ……ちょ! ちょっと待っ! いま!?)


 ついで、焦ったような声が脳内に響いた。


 あ、エリーも予想外だったらしい。


 ぱー! っと黄金の魔法陣が現れる。



 そして、その中から神々しく現れたのは……さっきまでの威厳のある姿とは違い。


 

 普段よくみる、だらしない部屋着に着替えた魔王エリーの姿だった。

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