Q.あなた達は付き合ってるんですか? A.いいえ、ただの腐れ縁です。
紅ワイン🍷
第1部
プロローグ
二人は小学校入学から高校卒業までの十二年間、同級生だった。クラス替えの度に新しい同級生の中に見知った顔を見つけるのは彼らにとって恒例行事であった。そして礼儀のつもりで「今年もよろしく」とどちらからともなく挨拶をするのだ。
そんな間柄なため、幸春が異性を意識する年頃になると「自分達は何か特別な縁で結ばれているのでは」と子供らしく運命を感じたりもした。
しかして実際には特別馴れ馴れしく接することはなかった。
お互いクラス内外にそれぞれコミュニティを持っており、変にベタベタすることはない。無論存在を無視するほど薄情なわけでもなく、暇があれば世間話をするくらいには仲が良かった。
つまりは付かず離れずな友達であった。
社会人になってその関係は大きく成長するが、それでも友達の範疇を逸脱することはなかった。実際それで良いと思っていた。
普通大人になるとライフステージの変化と共に子供の頃の交友関係は自然と薄れていく。また、職に就くと利害関係抜きの友人というのはなかなか作れるものではない。
それ故、二十代後半になっても続く気心の知れた友人というのはありがたい存在だと思っていた。
それ故、この先もずっと友達でいてほしいと願っていた。
だが彼の想いとは裏腹に大切にしていた友情は形をどんどん変えていく。
*
それは厳しい残暑の頃、とある朝。
ベッドで眠っていた幸春は人が動く気配を感じて目を覚ました。開け放たれたカーテンからは快晴の空と
「ひゃー。天気良いわね。今日も一日暑そう」
自分と全く同じ感想を漏らすその女性は掃き出し窓を開けてベランダへ出ていく。幸春はその姿を寝ぼけ眼で追っていた。
なだらかな双丘に押し上げられる赤いタンクトップ。
「おはよう、ユキ。起こしちゃった?」
「おはよう、沙彩。今何時?」
「もう十時よ。天気が良いから洗濯しちゃうわね」
「ありがとう。彼女でもないのに家事させちゃってすまない」
「一宿一飯の恩義ってやつよ。
その女性――桐原沙彩は気っ風の良い返事と共にカラカラと笑い、洗濯カゴから次々洗濯物を取り出しハンガーで吊るしていく。
幸春のTシャツやジーンズ、ついでにパンツも顔色一つ変えず淡々と。
自分のブラウスやスカート、ブラジャーとパンティも一緒に粛々と。
鼻歌混じりに手を動かす様はまるで幸せ一杯の若奥様であった。
「ユキ、私お昼食べ終わったらいっぺん自分の部屋に戻ってポスト見てくるね」
洗濯物を干し終えた彼女は端的に告げる。幸春は
「りょーかい。今日の夕食は俺が作るよ。何が良い?」
「じゃあカレーライス! ジャワカレーの中辛ね!」
「はいはい」
「福神漬け忘れないでよね」
「はいはい」
「あ、オリオンビールがあったら買ってきて!」
「注文多いな!?」
「にしし」
沙彩は白磁を剥き出しにしてキラキラ無邪気な笑みを浮かべた。
「それじゃあ、昼は私がお素麺湯掻いて上げる」
「ありがとう。今日も暑いから素麺日和だな」
「何よ、素麺日和って?」
「知らね。言ってみただけ」
幸春はベッドに座ったまま、自分の戯言を笑い飛ばした。沙彩もまたカラカラと笑った。
何が楽しいのか自分でも分からない。だが沙彩が興味深げに反応してくれたのが嬉しくて笑みが溢れたのだ。そればかりか彼女も一緒になって笑ってくれた。そのことがなお嬉しかった。
幸春は沙彩のことを腐れ縁の女友達と思っていた。だが先日からとある理由のため半同棲生活を営むようになっていた。
その理由というのは二人が恋仲になったためなどではない。
それなのに二人は同じ屋根の下で暮らしている。
最初は戸惑いがあった。
いくら気心知れた仲とはいえ相手は女性だ。
しかし慣れてみるとなんのことはない。そこで待っていたのはごく普通の日常であった。
ただ一つ、特別だったのは小さな幸せが散りばめられていたということ。
この生活が永遠に続けば良いのにと本心から願えるほどに、彼女と過ごす時間は尊いものだった。
*
加賀幸春は女友達と一つ屋根の下に住んでいる。
彼女は恋人でも配偶者でもない。ずっと同じ教室で学び、同じ給食を食べ続けてきた元同級生で、今は同じ会社で働く同僚。
その女性と今は同じ部屋で寝起きし、共に食事をしている。
これは、ずっと友達だと思っていた二人の物語。
三十歳間近の二人の、慎ましやかな最後の青春の物語。
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