第70話「神対応」

 朝食を食べ終えた俺は、今日も妹の楓花と一緒に学校へと向かう。


 高校生にもなって妹と一緒に登校するなんて、正直未だにちょっと納得はいっていないのだが、まぁこうしているおかげで楓花も早起きするようになってるみたいだから、ここは渋々良しとすることにしている。


「いってきまーす」

「はい、いってらっしゃい」


 今日は、GWも終わり久々の登校。

 久しぶりに着た制服は、また以前の日常が始まるんだなということを思わせる。

 隣に目を向けると、そこには同じく制服を着た楓花が、革靴を履くのに苦戦していた。

 そんな、革靴が履けないところはやっぱりポンコツなのだが、こうして黙っていると確かに美少女で、制服姿も相まって俺はついじっと見つめてしまう。


「なに? どうかした?」

「……いや、何でもない。行くぞ」


 俺の視線に気付いた楓花は、眉を顰めながら訝しむ。

 だから俺は、誤魔化すようにそう言って玄関を開けると、外から暖かい日差しが差し込んでくる。


「おはようございます! 良太さん!」


 そして眩しい朝日に照らされるように、目の前には聖女様が――。

 なんて、本当にそんな神話の世界のようなことが起きるはずもなく、朝の陽射しと共に俺を出迎えてくれたのは星野さんだった。


「――え? 星野さん?」

「はい! 一緒に学校へ行こうかなと思いまして!」


 驚く俺に、朝から元気一杯に微笑みかけてくる星野さん。

 当然星野さんも制服を着ており、後ろ手でバッグを持って微笑んでいるその姿は、なんて言うかやっぱり聖女様そのものだった――。


 元々ハーフということもあり、日本人離れしたその整った顔立ちに、透き通るような白い肌。

 テレビでも中々拝めないレベルの美少女の突然の出迎えに、俺は思わず見惚れてしまっていた――。


「……星野さん、学校違うじゃん」

「うん、でも途中までなら一緒に行けると思って」


 どこか嫌そうにする楓花に、星野さんは元気よく返事をする。

 それはまるで、どこか楓花と対立する意志のようなものが感じられるのは気のせいだろうか……。


 しかし、途中と言っても本当に途中だ。

 俺達の高校は真逆の場所にあるから、すぐそこの橋の所でお別れしなければならない。

 当然それは、星野さんも分かっていることだろう。

 というか、星野さんの家からこっちへ来るには、一度あの橋をこちら側へ渡らなければならないのだ。

 そんな遠回りしてまでも、この僅かな距離を一緒に登校しようとしてくれているということになる……。


 であれば、そんな星野さんを迎え入れないはずがない。

 わざわざこうして一緒の時間を作ろうとしてくれていることに、俺は純粋に嬉しくなった。


「嬉しいよ、星野さん。それじゃ、行こうか」


 最初は完全に人見知りだった、あの星野さんが迎えに来てくれているのだ。

 人は成長するものだなと、俺は何だかジーンときてしまう――。


 すると星野さんは、俺の言葉が嬉しかったのか、満面の笑みで微笑んでくれた。

 そしてそのまま、楓花の隣ではなく俺の隣にピッタリとくっつくように並ぶ。


「行きましょう、良太さん」

「お、おぅ」

「……ねぇ、わたしもいるんだけど?」

「楓花さんは、あとで良太さんと沢山一緒に歩けるんだから、途中まではわたしに譲って下さいよ」


 文句を言う楓花に、星野さんは少し悪戯な笑みを浮かべながら返事をする。

 そんな星野さんの言葉と圧に、珍しく楓花が気圧されているようだった。


 ――ん? というか今、なんて言った?


 良太さんと歩けるんだから、途中まで譲ってくださいって言ったよな……?

 それって、一体どういう意味だ……?


「良太さん良太さんっ! 昨日は配信見てくれました?」

「え? あ、ああ、見た見た! 昨日も凄く面白かったよ!」

「本当ですか? うふふ、楽しんで貰えたなら嬉しいなぁ」


 少し頬を赤らめながらも、本当に嬉しそうに喜んでくれる星野さん。

 そんな姿に、この美少女が俺の大好きなVtuberの中の人なんだよなと思うと、未だにちょっと信じられなくなる。

 思えば、昨日の配信のきらりちゃんは、何だかいつも以上にパワフルだったように思う。

 全力でゲームに取り組み、そして全力で負けるきらりちゃんの喜怒哀楽が生む笑いは、最早芸術の域に達していた。

 

 だからこそ、きらりちゃんと普段の星野さんのギャップが凄いのだが、何だか今日の星野さんからはきらりちゃんの面影がちゃんと感じられるのであった。


「ん? どうかしました?」

「いや、昨日のきらりちゃんが、本当に星野さんなんだよなって思って。やっぱりイメージが違うっていうか何て言うか……」


 俺が思ったままを口にすると、星野さんの顔色が変わる。

 そして、俺のことをキッと睨みつけながら、その口を開いた――。


「――じゃあ何? あんた不満なわけ? わたしの下僕になりたかったら、どんなわたしも受け入れなさいよねっ!」


 そして星野さんは、配信でのきらりちゃんと全く同じ口調で、俺のことをビシッと指さしてくるのであった――。

 それはまさしく、俺の大好きなVtuber桜きらりちゃんが、現実に舞い降りた瞬間だった――。

 推しと対面出来る喜び、それは同じオタクならば理解してくれるはずだ――。


「き、きらりちゃんだ! す、すごい! もう一回やって!」

「なに? 欲しがりなの? やめてよ気持ち悪いっ!」

「きらりちゃんだぁあああ!!」


 紛れもないきらりちゃんの神対応に、俺の中のVtuberオタク魂に一気に火が付いた。

 今ではチャンネル登録者数80万人を超える、憧れの超人気ライバー。

 その桜きらりちゃんが、物凄い美少女となって今目の前にいるのである。

 そんなの、嬉しい以外のなにものでも無かった――。


「……どうです? これで信じて貰えました?」

「も、もちろん! 凄いよ!」


 恥ずかしそうに、舌をペロっと出す星野さん。

 その仕草の愛らしさ、それから本当にきらりちゃん本人だという興奮から、俺はもうどうにかなってしまいそうだった。


「あ、残念……もう着いちゃった。では、わたしはこっちなので行きますね。今日も一日頑張りましょうね」

「あ、星野さん…………。うん、今夜も配信楽しみにしてるよ」

「はい! ――絶対見ないと、死刑だからねっ!」

「きらりちゃああああん!」


 指で鉄砲を作り、俺のハートを撃ち抜く星野さん。

 その神対応に、俺はもうメロメロのメロだった――。


 そんな俺に満足したのか、星野さんは満面の笑みを浮かべながら、満足そうに橋の向こうへ歩いて行った。


「……いや、マジでなんなのあんた達……」


 そして、そんな俺と星野さんのやり取りを一部始終見ていた楓花は、まるでゴミでも見るかのような目で、ただただ俺に引いているのであった。


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