第1話「四大美女」

 俺の名前は風見良太かざみりょうた


 自分では、どこにでも居るような普通の高校生だと思っている。

 世の中、陰キャだの陽キャだの二つのタイプにカテゴライズされがちだが、俺は多分そのどちらでもない。


 例えば、クラスの中心にいるような奴とも普通に友達だけれど、だからと言って別に誰かと「うぇーい」と盛り上がる事が好きな訳でもない。

 まぁそんな、俺という人間は本当にどこにでも居るような普通の高校生だ。


 そんな俺も、今日から高校二年生になる。

 つまりは、この高校生活において、今日から初めての後輩が出来るわけだ。


 別にだからと言って、何があるわけではない事ぐらい分かっている。

 けれど、それでもちょっとだけこの新しい環境に期待してしまっている自分がいるのだ。


 もしかしたら、可愛い後輩の女の子に好かれちゃったりして――。


 ……とかね。

 そんな、ただのご都合主義な妄想をしてしまう事ぐらい、きっとみんなにも一度はあるはずだ。


 ――まぁ実際は、別に部活とかに所属しているわけでもない自分が、後輩の女の子と接点を持つ事なんてない事ぐらい分かっているんだけどね。それでも、思うぐらいは自由でしょ。


 なんて、そんな非現実的な夢と期待を抱きながら昨晩は眠りについた結果、今朝は無駄にいつもより早い時間に目覚めてしまったため、家に居ても仕方ないからと今日は普段より大分早い時間に家を出たのであった。


 ちなみに、今日から一つ下の妹も晴れて同じ高校へ入学する事になっている。

 しかし、この年になっても兄妹で一緒に登校するなんてのはさすがに恥ずかしいため、朝の弱い妹は家に置いてさっさと先に学校へとやってきたのであった。



 ◇



 校門をくぐると、昇降口の前に人だかりが出来ていた。

 よく見ると、全員真新しい制服を身に纏っている事に気が付く。


 どこからどう見ても、あれは新一年生だろう。

 今日から始まる高校生活、きっと自分のクラスに友達がいないかなど、張り出されたクラス表を確認しながら一喜一憂しているのだろう。


 そんな様子を見ながら、俺も一年前の事を思い出す。

 俺は高校入学と共にこの町へとやってきたから、そもそも友達なんて最初から誰もいなかった。

 だからなんの感情もなく、自分のクラスだけ確認するとさっさと教室へ向かったんだっけな――。


 中学三年の時に親の転勤が決まって、高校受験は遠く離れたこの町の高校を受ける事になったのだ。


 正直未だに寂しいし、また中学時代の友達に会いたいなと思っている。

 けれど、この高校でも沢山の友達が出来た今の俺は、別に今の生活や環境に対して、何か不満があるわけでもなかった。


 住めば都とはよく言うけれど、本当にその通りだと思う。

 だって前の町でも今の町でも俺は、本当に良い友達に囲まれてるなって思えるから。


 だからきっと、大事なのは自分がどこにいるかじゃないんだ。

 例え離れ離れになったとしても、友達は変わらず友達のままだし、周りの環境ではなく自分がそこでどう過ごすか、そして周囲に対してどう振舞えるかがきっと大事なんだ。


 そんな事を考えながら、俺は一年生の人集りを横切る。

 そして、その隣に張られた二年生用の新しいクラス表に目を向ける。


「二年は三組か――」


 二度目のクラス替え、既に知った同級生に対してそれほど気になることもない俺は、自分の組だけ確認するとそのまま新しい教室へと向かう事にした。


 自分の新しい下駄箱を見つけると、上履きに履き替える。


 そして、その時だった――。

 一瞬視界に飛び込んできたその人に、俺はまるで引き寄せられるように目を奪われてしまうのであった――。

 

 それは、たまたま廊下を横切った一人の女の子。

 真新しい制服を着ていたから、きっと新一年生だろう。


 しかし、そんな真新しい制服すらも完璧に着こなし、そのサラサラとして綺麗な黒髪のロングヘア―が特徴的な、一目見ただけで朝の眠気も一気に吹き飛ぶような美少女だった――。


 今年は物凄い美人が入学してきたもんだなと思いながら、俺は去り行くその子の後ろ姿が見えなくなるまでぼーっと眺めてしまっていた――。



 ◇



「よっ! 良太! 二年も同じクラスだなっ!」

「お、晋平! だな、二年もよろしくな」


 教室へ入るや否や、話しかけてきたのは新木晋平あらきしんぺいだった。

 晋平と言えば、一年の時からクラスの中心になっているようなザ・お調子者だ。


 そんな晋平と俺は、入学してすぐに意気投合して仲良くなった。

 正直、この町へやってきたばかりの俺にとって、晋平と仲良くなれた事は俺にとって本当に有難い事だった。

 色々と顔の広い晋平のおかげで、俺は一年の早い段階から人付き合いに困る事なく、楽しく過ごす事が出来たからだ。


「そうそう! 良太知ってるか? なんとうちの高校に、あの四大美女の内二人が入学してきたらしいぜ!」

「よ、四大? え、なんだそれ?」

「あー、そっか。良太は引っ越してきたからまだ知らないのか。――いいだろう、学校一優しいと定評のあるこの俺が説明してやろう」


 そんな話、これまで一度たりとも聞いた事がないのだが、晋平はちょっと得意げな表情を浮かべながら、その四大美女とやらについて説明してくれるのであった。


「この町にはな、東西南北それぞれの方角が名前につく中学が存在するのは知っているよな?」

「あ、ああ」

「でな? 実はさ、俺達の一つ下の代は『奇跡の世代』って呼ばれてるんだよ。その四つの中学に一人ずつ、女神とか天使とか大和撫子なんて呼ばれているような、圧倒的な美少女が存在するんだよ。元々は三大美女だったんだけどさ、去年西中にもそのレベルの女の子が引っ越してきたらしくてな。その結果、晴れて東西南北みんな平等、四大美女の出来上がりってわけだ」


 何故か自分の事のように、晋平は自慢げに四大美女について教えてくれた。

 とりあえずこの町には、まるでどこかの有名スポーツ漫画みたいな呼ばれ方をしている美少女達がいるらしい。

 一年間この町で過ごしてきたのだが、そんな話は初耳だったから正直驚いたし、ちょっと……いや、かなり興味の湧く話ではあった。


 四大美女だなんて呼ばれる美少女が、どれ程の美少女なのか気にならない方が嘘ってもんだ。


 ――というか、さっき見かけたあの子……。


 そこで俺は、一つピンときてしまう。

 それは、さっきたまたま見かけたあの黒髪の美少女。


 たしかにあれは、そんじょそこいらでは見ないレベルの美少女だった。

 というか、改めて考えるとこれまでの人生でも見た事がないレベルの美少女だったような……?


「でさ、肝心のこの高校に来た二人なんだがな、実はもう既にリサーチ済みなんだ」

「おお、マジか」

「ああ、一人は『北中の大和撫子』こと、柊麗華ひいらぎれいかだ」

「北中の、大和撫子……」

「そう、彼女はその二つ名通り、誰が見ても大和撫子と称えるような和風美人で、色白で綺麗な黒髪ロングが特徴的なザ・高嶺の花だ!」


 なるほど、それで『北中の大和撫子』か――。

 晋平の話を聞く限り、恐らく俺がさっき見かけたのがその『北中の大和撫子』こと柊麗華と見て間違いないだろう。

 晋平の言う通り綺麗な黒髪は確かに印象的で、すれ違っただけで思わず目を奪われてしまった程、その存在全てが美しかった。


 もしあんな子が同じクラスにいたとしたら……なるほど、たしかに四大美女と言われるのも頷けた。


「それからもう一人は、『西中の大天使様』こと風見楓花かざみふうかだ」


 続けて晋平は、二人目の紹介をしてくれる。

 しかし、語られたその名前を聞いて、俺の胸はドキリと一回大きく弾む。


「彼女は去年転校してきたらしいから、俺も詳しくは知らないんだけどな。その天使のような容姿は、一度見ただけで相手は必ず恋に落ちると言われている程麗しく、一見クールで儚げな感じなんだけど、時たま天使のように微笑むその姿は正しく天使――いや、大天使そのものだって話だ。――って、あれ? そういや良太と同じ苗字だな? それに去年転校って……?」

「あぁ、だって多分それ、同姓同名で同時期に引っ越してきた人じゃない限り、うちの妹だからな……」


 そう、この学校へ入学してきた四大美女の二人目とは、まさかの今日家に置いてきた俺の妹の事なのであった――。


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