夢みがちな私たち

 私のおにいちゃん。


 私の大好きな人。


 私の実父は、私が小学1年生のとき亡くなり、そして、実母は、私が小学2年生のときに再婚した。


 おにいちゃんは、実母の再婚相手であるおとうさんの連れ子。


 母が再婚してから、おにいちゃんは、「兄は、妹を守るものだ」と言って、私のことを、ずっとずっと、とてもとても大切にしてくれている。


 死別した実父からは、しつけと称して虐待され、小学校ではいじめられていた私にとって、おにいちゃんは、まさしく「白馬に乗った王子様」だった。


 おとぎ話のお姫様が王子様に恋してしまうように、私のおにいちゃんへの思いは、必然的で、絶対的で、決定的で、運命的。



 そんなおにいちゃんの夢は、



「ライトノベル作家になって、


書いた作品は大人気で、アニメ化され、

そして、そのアニメのヒロインに人気声優、月見里みのりがキャスティングされ、


結果、月見里みのりと恋人となり、


最終的に、月見里みのり結婚すること」



だったりする。






 まあ、ね。





 おにいちゃんの夢は、いろいろとツッコミどころが多い。



 まず、そもそも、「ライトノベル作家」なんて、なかなかなれるものじゃない。


 ライトノベルの新人賞は、ものすごい量の応募があるけど、受賞するのは、ほんの数作だけ。


 小説を発表するだけなら、投稿サイトとかもあるけど、そして、そこから書籍化したりする作品もあるみたいだけど、そんなのは、ごくごくごく一部だけ。


 無理だ。


 私も、なんか昔、気の迷いで、ある投稿サイトに小説書いてみたことあるけど、結局、私の書いた小説は、ほんの数人しか、読んでくれなかった。

 まあ、素人が書いたものだし、私の作品は、小説のつもりだったけど、何か訳の分からないポエムになっちゃってたしね。ちょっとの人しか読んでくれなくても、仕方はない。

 でも、まあ、私も、ちょっと試しに書いてみたことがあるから、分かる。

 小説を書くのって、むちゃくちゃ難しい。

 少なくとも、私には、小説なんて書けない。いろいろ妄想したりするのは好きなんだけど。

 日記なんかは、たまに書いたりするけど、日記なんてものは、誰にも見せたりするものでは、ありません、絶対。



 ちなみに、おにいちゃんは、定期的に新人賞への投稿はしているけど、投稿サイトでの小説の発表はしていないようだ。


 まあ、とにかく、おにいちゃんの夢は、

「ライトノベル作家になって」

という段階で失敗するはず、そう、間違いない。


 でも、大好きなおにいちゃんには、いい大人になっても、おじいちゃんになっても、ずっと、少年のように「ライトノベル作家になる」という叶わぬ夢を追い続けほしい。


 だから、私は、将来は、安定性があってしっかりと稼げるお仕事に就いて、女性長期賃金労働者(キャリアウーマン)になりたい。


 そして、おにいちゃんと結婚したい。


 そして、「僕は、ライトノベル作家になるんだ」と言い続けるだけで、大人になってもまともな職に就かず怠惰な生活を送り続けるおにいちゃんを、精神面だけでなく、生活面でもしっかりと支えていきたい。


 そんな、「おにいちゃんを、私のヒモにする計画」は、完璧なはずだった。



 でも、完璧な計画などといったものは、存在しない。

 完璧な小説が存在しないように。

 そして、そんなのは、完璧な世界などがどこにもないことでも、明らかなこと。



「おにいちゃんを、私のヒモにする計画」に、ほころびが生じたのは、私が中学3年生、おにいちゃんが高校1年生だった年の11月。



「ハナ~! ハナ~!」


 放課後、私が帰宅すると、すぐ、おにいちゃんが私を呼ぶ声がした。


「ハナ! 真っ先に、ハナに教えたいことがあるんだ!」


 そう言って、おにいちゃんは、スマホの画面を見せてきた。



 スマホの画面上で発表されていたのは、雷撃大賞という、日本で最も有名なライトノベルの新人賞の受賞作。


 大賞の賞金って300万円なんだね。すごい!

 それで、金賞なら、100万円。おー!

 で、銀賞は? 50万円かー。ふーん。

 ふーん? ふっっっ? ふぁぉ?!




 雷撃大賞・銀賞(正賞+副賞50万円)

タイトル : 『全知全能の天地創造神をも殺す悪役邪神が私のご主人さまです』

作者 : 佐藤葉一




 画面を見て、私は固まってしまった。


 心臓が止まりそうなくらい驚いたけど、それを気づかれないように、努めて明るい声で、私は言った。

「おにいちゃん。おめでとうございます。」


「ありがとう。」

 おにいちゃんは、満面の笑み。


 佐藤葉一、それは、おにいちゃんの本名。


「ところで、おにいちゃんは、本名で応募されたんですね。」


「うん。」


「なんとなく、偏見と思い込みかもしれませんが、ラノベの新人賞って、みんなペンネームで応募されるんじゃないですか?」

 私は、おにいちゃんに、素朴な疑問をぶつけてみる。


「そんなことはないよ。本名の方が、いろいろと都合がいいことも多いからね。」

 おにいちゃんは、そう応えると、続けて言った。

「 例えばだよ、たまたま偶然に、僕の書いた小説を読んでいた月見里みのりさんが、たまたま運命的に、僕と出会う、なんて、そんなシチュエーションが、将来あるかもしれない。」


「そんなのないと思いますよ。」


「まあ、あってもおかしくはないし。それで、僕がみのりさんに『佐藤葉一です。』って自己紹介したら、月見里みのりさんが、『えっ! 佐藤葉一さんって、もしかしたら、あの【をも殺す】シリーズ 』を書かれている、あの佐藤葉一先生ですか?』なんて、驚いちゃったりして、そこから話がはずんで、急速に、仲良くなって、瞬く間に、みのりさんが恋に落ちる、なんてことが、あるかもしれないよね。」


「おにいちゃんの受賞作は、おにいちゃんの中では、シリーズ化予定なのですね? まあ、シリーズ化するにしても、そのシリーズ名はないと思いますよ? ついでに、憧れの人と偶然に会って恋に落ちるなんてことも、ありえないです。」


「まあね。とにかく、そんなことがあっても大丈夫なように、僕は、新人賞には本名で投稿するようにしているんだ。

まあ、たぶんだけどね、雷撃大賞とか、ラノベの新人賞に応募する人って、半分くらいが本名で投稿しているんじゃないかな?」


 おにいちゃん。私は、ラノベ新人賞の専門家ではないので、はっきりと断言できるわけではないですが、半分くらいが本名で投稿っていうのは、さすがにそれはないと思います。

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