第24話

 もしや、あの彼女の影響か。

 会社で教材のコピーを取りながら、意識があの日に飛んでいた俺ははっと我に返った。状況を考えるに、ごく普通の高校生だった桜井を、ろくに登校もしない不良に変えてしまった原因は俺にもあるようだ。セブンスターを奴に与えた彼女だけのせいではない。そもそも未成年の喫煙を制止しきれなかった自分も同罪では無いか。元はといえば、日常のすぐそばにある享楽の世界へ、うら若き少年を連れて行ってしまったこの俺こそが諸悪の根源ではないのか。

「あーこれは。やってしまった」

 不良中年外国人の本領が、最悪な形で発揮されてしまった。大航海時代に世界を荒らしまくった海賊の島国で、生まれ育った俺の性。そいつが平和な島国ニッポンに住む、一人の善良で平凡な少年の人生を狂わせた。酒とロックと煙草の煙と喧噪にまみれて、すっかりすり切れちまった中年男の悲哀、そして、にじみ出る、渋さ。お前に分かるか、少年よ。

 そもそも、なぜ俺は桜井をあのような不釣り合いな場所へ連れて行ったのか。俺は大量に印刷される複合機を眺めながら自己分析を始めた。自分とさほど変わらぬ冴えない男だったあいつが、世界的人気のバンド、クラウドバーストのメンバーだと気づいた。それから俺の心にはひりひりした劣等感と焦燥が生まれた。それは認めざるを得ない歴然とした事実だった。さらに不本意ながら教鞭を執っている英会話教室の教え子、桜井が大ファンだと興奮気味にまくし立てたことで、俺の劣等感と焦燥にますます油が注がれた。燃えさかる負の感情は俺をある衝動的に駆り立てた。

 あいつらなんかくそだ。

 俺の方がすごい。

 俺の方が優れている。

 あいつらの音楽よりもイカしたモノを俺は山ほど知っている。

 今からそれをお前に教えてやる。

 そう言って自分の優位性を誇示するために、俺がよく知っているあの場へ連れて行った。おまけに「クラウドバーストのメンバーに会わせてやる」なんて、子供だましレベルの噓までついておびき寄せた。サインの為のペンと色紙まで桜井に持参させて。単なる嫉妬だ。つまりはそういうことなんだろう。ピー、ピーとインク切れを知らせる複合機の機械音が俺を現実に呼び戻した。コピーをとる反射板に写る俺の顔。肌が徐々にだらしなくたるんで、くたびれかけた中年の男と目が合った。

 いい年して、何やってるんだか。

 かたや、世界的ロックバンドに上り詰めた男。世界中が恋するスター。一方、俺は好きでもない仕事に就き、年端もいかない少年に虚勢を張るだけの、からっぽで、ちっぽけな野郎だ。

 あまりに情けないときは涙も出ない。JR渋谷駅徒歩十分の立地にある総合教育施設「スクール中谷」。そこのオフィスの片隅で複合機にトナー交換をけしかけられながら、ちっぽけでみっともない俺はひとつ身をもって学んだ。

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