第14話
「日本最北の湖といったら礼文島にある久種湖だね」
代々木に最近開店したばかりのオープンテラスカフェでキャラメルフラペチーノをすすりながらヨリコが言った。ずずずっとストローをすする音が鳴った。レイブントウ。クシュコ。聞きなれない言葉に新鮮さを感じた。
「北海道はアイヌ民族が暮らしていたから、アイヌ語が語源になっている地名も多いのよ」
なるほど。
「でも、いくらなんでも湖に飛び込むまでしないんじゃないかな。連れて行くのだって面倒だし。貴方きっと高橋さんに担がれたのよ」
ヨリコの冷静な分析を聞いて、俺はそうなのかもしれないと思った。たとえ高橋さんの作り話だとしても、俺はどちらでも良いと感じた。
「あまりお客さんのことをあれこれ言いたくはないけどね」
そう前置きをしてからヨリコは「高橋さんの噂」と称して口火を切った。
「あの人って、事あるごとに自分は最大手の広告代理店で働いているって吹聴するんだって。特に若い女の人に対しては、自分が手掛けたテレビコマーシャルのエピソードとか、ここだけの話と言って会社の裏事情を暴露したりとかするの。最大手の広告代理店と言えば、女がいくらでも寄ってくると思っているのね。きっと」
「詳しいね」
「受講生の女の人たちに相談されたの。彼ってたまたま講義が終わったところに出くわせたふりをして、好みの受講生を食事に誘うんですって」
高橋さんの裏の顔が垣間見えた気がして、驚いた。
「さらに凄いところが、たとえ食事に誘った女性に脈が無くても、その人に友達を紹介してもらって合コンをセッティングするんですって。今は新卒の大学生でもまともに就職できないご時世じゃない。うちの受講生さんも正規社員の人たちばかりじゃないし。わずかなお給料をやりくりしてスクールに通っているところに、最大手の広告代理店、と聞かされるでしょ。もしかして玉の輿に乗れるかもしれない、と思って喰いついちゃう人も少なくないみたい」
俺はどうしてもある点が気になったので聞いてみた。
「ヨリコは行ったの? その、高橋さん主催の合コンに」
ヨリコは指でストローを弄び、じっと俺の顔を見つめた。吸い込まれるほど大きな瞳の奥にいたずらな少女が住んでいた。その好奇心旺盛な少女は口に手を当ててくすくすと笑う。さも愉快そうに俺の様子をうかがっている様子が分かった。
「さぁ、どうでしょう」
間を置いて彼女は口を開いた。
「世の女性は、貴方がた男性が思っているより打算的でしたたかよ」
俺の目の前にいる女は少女ではなく、すっかり成長しきった黒い翼の生えた悪魔だった。
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