ゴルゴーンの三兄弟

物部がたり

ゴルゴーンの三兄弟

 神と人間の境界があいまいだった、英雄の時代が過ぎ去り久しい、鉄の時代。アテネの東方、エーゲ海に浮かぶ、アンドロスという島に、とても醜い三兄弟がおりました。

 長男は、しっかり者で弟想い、次男は、冷静で無口ですが、兄弟の中で一番賢く、三男は、わんぱくで、兄たちをいつも困らせておりました。そんな醜い三兄弟を村の人々は、呪われた『ゴルゴーン兄弟』と呼び、忌み嫌っていたのです。

 三兄弟に対する、村の人々の扱いは酷いもので、この世の悪意という悪意を三兄弟がすべて、引き受けているかと思われるほどでした。

 三兄弟の母は、村の人々の迫害に負けずに、三兄弟には強く育って欲しいと思っていたのです。


「どうして、村の人たちはぼくたちを、いつもいじめるの……」

 三兄弟の長男が、母に訊きました。 

「それはね、あなたたちが選ばれた子供だからですよ。悲しむことも、恥じることもありません。ほこりを持ちなさい」

「そんなこと言ったって……おれたちの気持ちなんて、綺麗な母様にはわからないんだ」と、三男が反論しました。

「わからないものですか。あなたたちの苦しみは、私の苦しみです。あなたたちが悲しめば私も悲しい……」

「なら、わかるでしょ! どうして、おれたちばっかり、こんな目に遭わないといけないんだよ!」

「神から与えられた、運命(さだめ)だからです」

「村の人たちは神さまの呪いだって、言ってます……。ボクたちは何か、神さまに呪われるようなことをしたのでしょうか……」

 次男が申し訳なさそうに言いました。

「呪いではありません。呪いではないのです。あなたたちが、神さまのご加護で護られている証です。選ばれた者は、そうでない人より苦しむのは仕方のないことです」


 三兄弟は明らかに納得していない様子でした。

「わかりましたか。何をされようと、誰も恨んではいけません。皆に疎まれようと、あなたたち三人の心が繋がっている限り、何も恐れるものはありません。何があろうと、兄弟を大切にしてください。わたしと約束してくれますね」

「はい……」

 三兄弟は母を安心させるために、精いっぱい気丈に答えました。

 しかし、母の言葉は三兄弟にとって、何の慰めにもなりませんでした。どうすることもできない、やるせなさに三兄弟は泣き続けました。泣いた顔は腫れて、見る者を石にしてしまうほどの、世にも恐ろしい形相でした。

 三兄弟の母は、悲しそうに眉をしかめて、涙を一筋流しました。

 それから、数ヵ月後のことです。三兄弟の母は病に倒れました。三兄弟は献身に看病しましたが、虚しく、母は亡くなってしまったのでした。

 村の人々は、病を三兄弟の呪いだと考えて、三兄弟を村から追い出してしまったのです。

「出て行け! ゴルゴーンの化身め! 怪物め!」

「違います……。ぼくたちはゴルゴーンじゃありません……。怪物じゃありません……」

 必死に説明しましたが、誰も聞く耳を持ってくれませんでした。

 村の人々の迫害から、三兄弟を護ってくれる人はもういません。出て行かなければ、八つ裂きにされそうな勢いだったので、三兄弟は逃げるように村から追い出されたのです。


 ですが、追い出された三兄弟に行く当てなどありませんでした。

 これから、どうすればいいのかも、わかりませんでした。

 三兄弟は、その日から、自分たちを受け入れてくれる村を探すために、各地を彷徨い歩くことになったのです。

「あの……おれたちを受け入れて――」

 三男の話を聞くまでもなく、村の人々は逃げ出してしまいます。

 どこも、三兄弟を受け入れてくれる村はありませんでした。訪れた村の人たちは、三兄弟の姿を見た途端、逃げ出し、話しをすることすらできません。

 どうにか、話しだけでも聞いてもらおうと、村の中を諦めずに彷徨っていると、村の人々は農具を持って、力ずくで三兄弟を追い出してしまうのです。

「どこから来やがった! この怪物! 出て行け! 出て行かないなら、八つ裂きにしてくれるぞ!」

「ぼ、ぼくたちは怪物じゃありません! あなたたちと同じ人間です……」

 長男は武器を構えて、今にも襲い掛かって来そうな村人たちに、必死で説明するのですが、「おまえらみたいなのが、人間なわけがあるか!」と話し合いが通じる様子ではありませんでした。


 三兄弟からすれば、村の人々の方がよっぽど怪物に見えるのでした。

 見つけた村々、どこも似たようなもので、三兄弟を受け入れてくれる村はありませんでした。

 精根も尽き果てて、空腹も限界に達し、三兄弟は道端で野垂れてしまうのですが、不思議なことに死ぬことはありませんでした。

 神の加護に護られ、三兄弟は不死だったのです。

 死ぬこともできず、途方に暮れて泣くしかありません。 

「好きで醜く生まれたわけではないのに……!」

「どうして、母様は美しい方だったのに、ぼくらはこんなに醜いんだ……!」

「村の人たちがいうように、ぼくらは呪われているからさ!」

 三兄弟は泣きました。三日三晩泣き続け、涙は枯れたのです。泣いて、更に醜くなった顔を見て、三兄弟はお互いを笑いました。

 

 それから三兄弟は、森の中に小屋を建てて、暮らすことにしたのです。森の中でひっそりと生きようと決めたのでした。頼れる者は、兄弟しかいません。三兄弟は、母の言いつけを守り、いつも仲良く、協力して、木を伐り、畑を耕し、狩りをして、森の中でひっそりと暮らしたのです。

 森の中には、自分たちを蔑む人はいませんでした。

 樹も、草も、太陽も、月も、動物も、三兄弟を醜いと蔑むことはありませんでした。

 さらに幾年の時が流れ、三兄弟は醜い立派な大人に成長したのです。村で生活していたときには考えられなかった、とても平穏な毎日を三兄弟は送ることができました。

 けれど、そんな三兄弟の平穏な暮らしにも影を差す出来事が、ちゃくちゃくと進行していたのです。周辺の村では、森に住むという怪物の噂が広まっていたのでした。村から村に話しは広まり、遠く離れた町にまで森に住む怪物の話しは伝わったのです。

 その噂話を聞いた剣士や、騎士、狩人、槍兵、弓兵、腕に覚えのある人々が、怪物を討伐して己の名前を轟かせようと、森に押しかけて来るようになったのです。

 その討伐者の誰一人として、帰ってくる者はいませんでした。

 そんなある日、何とか森から返って来ることができた人々の話で、噂は本当であることが大々的に広まりました。あまりの騒ぎに、王もほっておけなくなり、とうとう、討伐隊が組織されることとなったのです。

 

「おい、もうやめよう……。ここから、逃げよう……」

 長男は三男に言うのです。

「何で、おれたちが逃げなきゃいけないんだよ! おれたちは誰にも迷惑かけずに、ひっそりと暮らしているだけじゃないか! おれたちを殺すために押しかけてきているのは人間たちの方だ!」

 森に入って来た討伐者を返り討ちにしたのは三男だったのです。三男はタレスの化身のように、獅子奮迅(ししふんじん)の戦いをぶりで、襲撃者たちを返り討ちにしたのでした。

「そうだけど、これ以上、ここに留まるわけにはいかない……。こうなったら、人間たちはこれからもここに押しかけて来る……」

「その度に、返り討ちにすればいいじゃないか。おれたちは負けない。そうだろ! それに、どこに逃げたって同じことだ。逃げた先々で、同じように人間たちはおれたちの暮らしを脅かす。こうなったら、手出しできないくらい、徹底的に恐怖を叩き込んでやるしかないんだ。そうだろ」

 三男は次男に同意を求めました。


「人間たちは怒らせると、手が付けられない……。ボクたちでも、人間を怒らせると勝ち目はない」

「何言ってるんだよ! おれたちが人間たちに負けるわけがない! おれたちは神の加護で護られているんだから!」

 怒りに震える三男を説得するのは、もう無理なのだと長男と次男は思いました。

「兄さんたちは悔しくないのか。人間たちがおれたちに、どんな仕打ちをしてきたと思ってるんだ。あいつらが、おれたちを怪物だというのなら、本物の怪物になってやろうじゃないか! 人間たちから嫌われようと、母さまが言ったように、おれたち三人がいればへっちゃらだ!」

 三男は人間たちとの共存を、とっくの昔に諦めていましたが、次男と長男は諦めきれずにいたのです。いつか、自分たちのことを受け入れてくれるという希望を、胸に秘めていたのです。

「そうか……兄さんたちはまだ、そんなくだらない希望を棄てていないんだな……。わかったよ……。わかった――」

 三男は悲しみと憎悪に歪んだ醜い顔を、更に醜くゆがめました。

 そのときから、三男は本当の怪物に姿を変えたのです。お互いの顔を見慣れているはずの、長男や次男ですら、三男の姿を見ると石になってしまうかと思われるほど恐怖しました。


 王の命を受けた王直属の精鋭部隊は、怪物が住まう森に向かっておりました。

 今まで、やってきた烏合の衆とは明らかに別格の、戦いを専門にする本物の兵士たちだったのです。精鋭部隊一行は、不気味な森の中を進んでいくと、一軒のあばら屋を見つけました。

 そのときでした。あばら屋の中から、何かが出て来たかと思うと、大勢いた兵士たちは、まるで石になってしまったように、固まって死んでいるのでした。

 若々しく精気に満ちていた兵士たちの顔からは、生命が消え失せ、恐怖を刻印されて亡くなっているのでした。

 そんな、ことがあってからでも、森に入って来る命知らずの人間は尽きることはありませんでした。ですが、誰一人として、怪物に敵う者は現れなかったのです。

 危機感を募らせた王は、「怪物を退治した者の願いを何でも叶える」という条件で、手当たり次第に各地から腕に覚えのある者たちを集めることにしたのでした。

 各地から、集まった人々の中に、外套を目深にかぶった二人の男がいたそうです。

「ぼくたちが、その怪物を退治してまいります……」と二人の男は王さまに申しました。王国を出発した男たちは、十二日後、本当に誰も敵わなかった怪物の首を持ち帰って来たのです。

「でかした! でかしたぞ! 近くに来て、外套を脱いで顔を見せてくれ」

 王さまの言いつけ通り、二人の男は王さまの前に出て、外套を脱ぎました。王を含む、近衛兵の人々は息を飲みました。王さまに怪物の首を献上して、二人の男は言いました。

「ぼくたちを、この国に迎えてください」

 こうして、怪物を退治して英雄となった二人の男は、国の人々に歓迎されて、幸せに暮らしたそうです――。

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