第2話 突然の来訪者(人間)
「ごめんくださーい」
不意に聞こえた来訪者の声にシロとルウは思わず顔を見合わせる。
恐ろしく声のトーンを落としてこの想定外の事件について相談を始めた。
(おかしいよね、ここ辺境の外れだよな?移住してから4年間誰一人として訪ねてこなかったんだぞ)
(これが幽霊ってやつ!?)
(え…うそじゃん。科学の結晶見たいなお前がそれ言う?)
(カテゴライズ的には同じよ、体無いし)
(自己評価もっと高く持とうよ…)
「あのー、水瀬シロさんですよねー?居ますよねー?」
若いと言うか小さい女の子の様な甲高い声でノックしながら大声で問いかけてくる。
シロはスマホを両手で握り締めながら入口の扉を見つめる。
(どうしようどうしよう!)
(ここは私に任せて!)
ルウはスマホからふっと姿を消すと入口前のモニターに移動した。そして、来訪者を見下ろす形で話しかけた。
『あいにく今留守にしてるのでおかえりください』
「ん?おわぁ!?えっとーぷろぐらむ?Siri的な?」
『私をあんな旧世代の産物と同じにしないでくれる?と言うかおかえりください』
「なんでもいいや、水瀬シロさんに用があるんですけど中に入れて貰えませんか?」
『え、普通に考えておかしくない?不審者入れるとか有り得ないんだけど。馬鹿ですか?おかえりくださいますか?』
「さっきから圧で帰らそうとしないでッ!えーっと、私が悪かったですね。私ここから1番近い大都市、ネオ関西の地上帰還軍の士官をしてる佐倉瀬奈と申します」
これでいいですか?と言いたげに胸に手を当てる独特な敬礼を見せるがルウの態度は一貫していた。
『その見た目で士官は無理でしょ。嘘つくならもっとマシなのにした方がいいよ?』
「嘘じゃないわ!これでも20超えてんだ!」
『第二次性徴迎えてそれなの!?………大変だね』
「憐れまないでよ!これでも気にしてんだから!って言うか身分明かしたんだから水瀬シロさんを出しなさいよ!」
『そもそもここにその人がいる確証なんてないでしょ。なんの根拠があるのよ!』
「ネットの書き込みを見たからよ!辺境に人が住んでるって!」
『ま、まさかっ…5〇ゃんでレスバに負けそうになった時に吐いた捨て台詞…!?』
「僕の見てないところで何やってんだ!?と言うかネット掲示板でレスバしてあまつさえ負けそうになるAIとか前代未聞すぎるわッ!!」
「『あ』」
思わずつっこんでドアを思い切り開けて外に出てしまったシロに佐倉瀬奈は明らかに怒気を潜めた笑顔でにっこりと無言で見つめてくるのだった。
◇
「あのー…それでなんの用でしょうか…」
仕方ないので瀬奈を家に上げてリビングのテーブルに通した。ここなら機材も置いてないので変に勘ぐられることも無いだろうという判断だ。
(改めてこの人本当に僕より歳上なの…?)
腰上まで伸ばしたストレートの髪の毛など綺麗で思わず見とれてしまう程で、小さく幼い顔つきには大きくてタレ目ガチな目を気にしているのか最初からジト目を崩さない。
しかも小学生にしか見えない体型も合わさって本当に幼女なんじゃないかと思えてしまう。
実は小学生でーすとランドセルを背負っていても何らおかしくないだろう。
「目は口ほどに物を言うから気をつけなさい」
「ご、ごめんなさいっ」
『ほんとに大人なの?小学生の間違いじゃないの?』
「わざわざ口止めしてんだから口に出さないでよ!」
これ以上ルウとやりやうのは意味が無いと判断したのか瀬奈は名刺と一緒に紙をシロの目の前に突きつけてきた。
「私がここに来たのには2つ理由があります」
神妙な面持ちで切り出すのだから十中八九ルウに関する事だろうと二人は予想する。
「まずは住民税を払ってください」
「『お断りします!お疲れ様でした!』」
ぐいーっと瀬名の身体を引っ張って追い返そうとするシロに瀬奈は必死に抵抗する。
「いやいやいや!何もおかしなこと言ってないでしょ!?国民の義務じゃん!」
「おかしいのはそっちでしょ!?4年もたって急に税金払えとか絶対おかしい!」
『そうだそうだ!そもそもお前らの土地でもないだろうに権利の主張とか片腹痛いわ!』
「そうしないと経済が回らないでしょうが!」
「そもそもご飯はシェルター側が無制限に提供してくるる夢の様な環境のお陰で僕なんてこの4年で他の都市に一度も行ったことないんだよ?僕には税金を払うメリットもない!」
「4年間ここに篭ってるの!?」
『何かおかしい?シロは私の為に毎日身を粉にしながら頑張ってくれてるんだけど?』
「いや別におかしくは無いけど…人との関わりとか恋しくないの?」
「いや別に…僕にはルウが一緒に居てくれるし」
「いやAIじゃん!人間とは違うでしょ!?」
思わず口をついて出た言葉にシロとルウの空気が明らかに変わる。それに気づいた瀬奈は言葉に詰まらせる。
「……ごめん、言葉が過ぎたわ。出来ればその目辞めて貰えるかしら…」
「分かってくれたならいいですけど」
「それより、僕達は今後も街に出る用事もありませんし関わるつもりもありません。ので!お金は1円たりとも払いませーん!」
「一応税金を納めてくれたら見返りはあるのよ?」
『例えば?』
「特例でそこのAIさんに選挙権を与えます」
『え…?』
「いやいや何ちょっと絆されそうになってんのさ!そんなに選挙したいの!?」
『だって私を人間として認めてくれるってことでしょ?ならシロと結婚する事だって出来るじゃん!』
「ちょっと魅力的だけどあんまり意味無くない!?」
「と、とにかくそれだけならお帰りください!僕だって暇じゃないんですから!」
「まってまって!もう一つあるから!」
コホンと軽く咳払いをすると瀬奈はカバンから数枚の写真を取り出した。
そこに写っていたのは海中にて装備の試用実験中のシロの姿だった。
「これは…?」
「ここの近海で撮影された写真です。身に覚えは勿論あるわよね?」
「だったらなんなんですか?」
「あなっ……」
『私達には無い技術を保有、独占してるのがまずい。ついては技術の提供及び私と言うちょー天才のAIを差し出せとでも言いたいんじゃない?』
瀬奈が話そうとするのを遮ってルウが先手打って説明する。びっくりするほどルウの目が笑っていない。
有無を言わせない圧倒的な威圧感を放つこの姿が本来のルミナスの人格である。
「そうです。個人で保有していい技術を今後超える可能性がある上にそのAIはそもそも異能生物体ですよね?そんな危険な物は厳重に管理されるべきです。大人しく提供すれば手荒な真似は致しません。」
瀬奈も声を低い声で淡々と要求を述べてくる。
張り詰めた空気が肌を刺す感覚をシロは感じていた。
「ルウは僕の唯一の家族です。それをモノ扱いするあなたを信頼しろって言う方が無理な話です。よって拒否します」
「拒否できる立場にあると思ってるんですか?税金も払わないのならあなたを殺してこの家ごと徴収すればいい話ですし。お好きな方を選んでいいですよ?」
『今なんて…?』
「はい?AIには聞いてないんですが?」
『私の大切な弟を……殺す?』
「その可能性もあるという事です。」
『もう我慢ならないや。シロ、ちょっと耳塞いでなさい?』
サッとシロが耳を塞いだのを確認したルウは劈くような高周波を瀬奈に向かって大音量で照射する。
「んな!?」
『少し痺れるだけだよ。それより話をしようよ』
突然の音波攻撃で椅子から動けず、顔を引き攣らせている瀬奈にルウは低い声で淡々と続ける。
『あなたシロの命をチラつかせて私を利用しようって魂胆なんだろうけど、いつからあなた側が脅されてないと思ったの?』
「……?」
『分からないなら懇切丁寧に説明してあげる。私ならシェルターの内部に入り込んで内部から破壊する事だって造作もないのよ?』
「生き残りの人の中でも選りすぐりのエンジニアがシェルターの制御システムを手動で制御してるのよ?いくらあなたでも完全に崩壊なんて無理だわ」
『そもそも手動で制御出来ると思ってる方がバカバカしいわ。このシェルターは私と同じ様な自我を持つ人工知能が管理してるのだから』
「なっ……!?そんなはずは…。管理報告書にも手動での制御方法が…」
管理報告書とは旧異能生物体管理財団が異能生物体を管理収容する際に作成していた報告書でありマニュアルだ。ノストラダムスの大災害にて財団が崩壊してから管理報告書が一般公開され、誰もがその存在を確認することが出来るようになっている。
『あーあのバカ共はあなた達一般人にはそんな基本的な事も黙ってるのねぇ。えーっと?私の管理報告書は〜?ぷっ、あはははっ』
「何がおかしいの!?」
『いやおかしいでしょ。私の事を便利な言語インターフェースとしか書かれてないんだもん。』
ルウは腹を抱えてひとしきり笑うと嫌味や笑顔を浮かべながら言葉で責め立てる。
『そもそもあなた達人間が私等を管理しようって方が間違ってんのよ。重要部分を隠された上辺だけの管理報告書で私達をわかった気になってるなんて本当に馬鹿らしいわ。言っておくけど私はシロ以外の人間が死のうが知ったこっちゃ無いのよ。むしろ嫌悪感しかないわ』
「ぐっ……。あなたはそれでいいの!?こんなAIの言いなりになって一人で生きていくつもり!?」
ルウには勝てないと思ったのかシロに向かって攻める瀬奈。しかしシロの心が動くはずがなかった。
「急に現れて全てを否定してくる人間と4年間助け合いながら生きてきたAIとどちらを信用すると思いますか?地上へ帰還する任務に協力するくらいならやぶさかでは無かったですが、僕はあなたを信用できません。帰ってください」
◇
『はぁーーーあ。ごめんね?お姉ちゃんの事怖くなったよね…』
瀬奈を無理やり追い返した後、ルウはしおらしくなってシロに話しかけてきた。彼女が本心をひた隠しにしてきたのは彼に嫌われる事を恐れたのもあるだろう。
「そんな訳ないじゃん、寧ろすっごいかっこよかったよお姉ちゃん」
『シロ……!!あ、あとさっきの言葉嬉しかったよ!それでこそ最愛の弟だよ!』
「ルウをバカにされて僕も流石にイラッと来てたからさ…。改めて思い出すと恥ずかしいな」
『えへへ〜、やっぱ好き〜〜〜!』
ルウは嬉しそうに画面上でクルクルと回ってみせる。
「そう言えばこのシェルターにもAIが居るって本当なの?」
『ん?そうだよ。昔人間に監禁されてた時たまたまシェルターが隣だったんよね。それで暇だから一緒にずっと話してたからマブダチだね!』
「そんな事があったんだ。ねぇねぇ今度紹介してよ、僕の知らないルウの事聞いてみたいし」
『ま、まぁ別に構わないけど…?とりあえず気を取り直してアンドロイドのアイデアまとめてこー!』
「おー!」
◇
突然の来訪者を何とか切り抜けた二人だったが、今回の件が拗れて相当な逆恨みをされるのはまだ未来のお話である。
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