第4話

それからしばらくゾーイは僕に手紙を送ってきた。僕にとっては初めてのことで戸惑ったけれど、乳母のアリサが返事用の手紙を用意してくれた。


「よかったですね、坊っちゃん。お友達ができたみたいで。」

「友達、なのかな?これが・・・」


今まで人付き合いが全くなかった僕にはこの関係性がよくわからなかった。


彼女からの手紙にはこの間のお茶会のことは自身の近況が綴られている。手紙の内容から彼女の快活さが読み取れて気づけば小さく微笑んでいた。


だが、僕も彼女に返事を書こうと机に向かったところで詰まってしまった。


何も書くことが思いつかない。


だって僕の周りには何も起こってないから。書くことといえば最近読んだ本のことくらいか。仕方なく僕はそのことを書いた。ずっと部屋にいること、今こんな本を読んでいること、こんなシーンが面白かったこと。


僕は不安な気持ちでその手紙をアリサに渡した。つまらないやつだと思われたらどうしよう。気付けば、ゾーイに嫌われたくないなと思っている自分がいた。


そんな不安をよそに、彼女からは返事が届いた。なぜ外に出ないのか。本が好きなのか。どんな生活を送っているのか。


今度は僕への質問で埋め尽くされた手紙に思わず笑ってしまう。こんなにも自分に関心を持たれたのは初めてでくすぐったい気持ちになる。


そうして、しばらく続いた文通で彼女の質問に答えているうちに、僕はゾーイに大凡のことは話してしまっていた。彼女は僕のために憤ってくれて、「私のお家においでよ!」と言い始めた。


『家族には貴方のことを話してあるわ。私の家族は貴方が魔法を使えないからと言って馬鹿にしたりしないし、裕福だから貴方1人の面倒くらい見られるわ。』


その手紙の内容に、複雑な思いをしたのを覚えている。彼女の優しさが嬉しかった反面、生まれてからずっと恵まれた環境にいる彼女を妬ましく思ってしまったのだ。


もやもやとした僕は、「このままでいい。」と返事を書いて、それ以降彼女に手紙を出すことはしなかった。


何より怖かった。


今までずっと部屋に閉じこもっていた僕が、外の世界に出てやっていけるのか。一歩を踏み出すにはあまりに時間が経ちすぎていて、僕はその勇気を持てなかった。


そんな自分が嫌で、彼女の好意を真っ直ぐに受けとることも出来ず、ますます引きこもるようになった。


乳母だったアリサが高齢になり仕事を辞めた後は、本当に誰とも会うことない日々が続いた。あの時彼女の手を取っていれば、そう思うこともあったけれど、今更彼女に縋るような勇気も気力もなかった。



そして現在、彼女が鉄格子越しにこちらを見つめている。その目は怒っているような泣き出しそうなそんな感じだ。


「どうして返事をくれなくなったのよ。」

「・・・・・・・・・」

「あの時貴方が私の手を取ってくれていれば、こんな事にはっ・・・!」

「ごめん。」


ゾーイは、僕の言葉を聞いてギュッと唇を噛み締めた。


「そんな言葉が聞きたいんじゃないの!」


僕はぼんやりと彼女を見上げた。紫の瞳に涙が滲んでいて、こんな場に似合わず、宝石のように綺麗だなんて感想を抱いてしまう。


「ジョシュ!今ならまだ間に合うわ。ウッドセン家を捨てて貴方だけでも・・・」


僕は彼女の言葉が終わらないうちに首を横に振った。


「どうしてよ・・・」


ゾーイの瞳から涙が溢れた。僕はまるで劇でも見ているかのようにその様子を見つめる。


「ごめん。もう、外に出れる気がしないんだ。僕は・・・このままでいい。」


ゾーイは僕の言葉を聞くと泣きじゃくりながら去っていってしまった。

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