第4話

 書庫の前の踊り場まで潜り込んだ翌日だった。

 私はバイデルに呼ばれ、嫌な予感がしつつもそれに応じて、彼の家を訪ねた。


「婚約破棄だ、マリー」


 足を組み、背もたれに寄りかかったバイデル様は傲慢な顔をしながら、私告げた。


「えっ?」


 私はびっくりした。


「言わなくても、わかるだろ?」


 そう言って、バイデルは机に両肘をつき、腕組みをした。


 心当たりがなかったわけでない。それは昨日、書庫の前の踊り場でエディといるところをクリスティーヌに見られてしまったことだろう。けれど、クリスティーヌはあくまでも私の妹。そんな彼女の口添えだけで、婚約破棄をするなんてハッキリ言って信じられない。そんなに婚約の儀をすませてはいないけれど、婚約は軽いものではない。


「わかりませんが、理由をお応え願えませんか?」


 私は後ろめたいことがないと言えば嘘になる。けれど、婚約者として道に外れたことは全くしてきていない。すると、バイデルはため息をつき、


「ある者から、キミの浮気の現場を目撃したと聞いているんだ」


「ある者っていうのは、私の妹のクリスティーヌでしょ? 昨日、クリスティーヌにも言ったけれど、誤解だって・・・私たちは」


「私たちは?」


 なんと言えばいいのだろう。

 エディとは恋仲ではないけれど、行っていることを今、バイデルに話せば、本当に婚約破棄されてしまうかもしれないし、さらに言えば、拷問。さらにさらに言えば、殺されてしまうかもしれない。私が次の言葉に悩んでいると、バイデルは言葉を続ける。


「クリスティーヌだけじゃない。使用人の何人かからキミが浮気しているという証言を得ている」


「はい?」


 なんですって?

 私は逆切れぎみに返事をする。


 そんなことはありえない。

 エディとはそういう関係ではないし、エディはこの家の使用人ではなく、昨日初めて侵入したのだ。

 ともすれば、クリスティーヌが袖の下を渡して、買収した使用人が何人かいるのだろう。まったく呆れて物が言えない。


「私は浮気などしておりません。その証言もでっち上げです。それとも、バイデル様は私のことを信じてくださらないのですか?」


「・・・・・・」


 バイデルは黙ってしまった。それがカッコいいとでも思っているのだろうか。

 あんなにも求愛し、アプローチをしてきたこの男は、こうもあっさりと嘘の証言で私を見捨てるのですね。


「わかりました」


 私は決心した。

 後ろめたさはあったけれど、真実を明らかにしようと決めた。

 

「そうか・・・では」


「その決断、少しお待ちくださいませ」


「なん・・・・・・だと?」


 私の発言が意に反していた様子のバイデルは驚いた顔をしている。本当に信じていないのか、それとも・・・・・・


(考えても、無駄。それよりも)


「1週間、お時間をください。そうすれば・・・・・・」


 私は目の前の男、婚約者を見つめる。


「そうすれば、真実を明らかにしましょう」






 

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