あの鐘を鳴らすのは落第聖女

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あの鐘を鳴らすのは落第聖女

「では二年後の星誕節の日に、またこの場所で会おう」

「ええ。鐘の下で必ず」


 私達の住まうルルーシュ朝バラッド王国。

 その第四王子アドリアン・ボー・ルルーシュ様とは、しばらくのお別れになります。

 何故ならアドリアン様は隣国ハーラントに留学。

 私エリーゼ・ララ・マリエールもまた、聖女候補として二年間の教育を受けるからです。


 アドリアン様はよくお笑いになります。

 おそらく王族の中で一番。

 私はその笑顔に魅かれ、幸運なことにアドリアン様も私に好意を示してくださいました。

 私が子爵家令嬢という、王子様の連れ合いとしてはかなり物足りない出自であったにも拘らずです。


「二年後に結婚しよう」

「……ええ」


 私の返事が遅れたのは理由があります。

 だってアドリアン様は王子だもの。

 もし私が聖女になれたなら釣り合うかもしれません。

 でもただの子爵家令嬢がパートナーでは、アドリアン様が侮られてしまいます。

 そんな申し訳ないことは、私自身が許せないのです。


「楽しみだ。必ずエリーゼにふさわしい男になって戻ってくるよ」

「まあ。今以上に素敵な殿方になったら困ってしまいますわ」

「ハハッ。エリーゼは口が上手いな」


 目一杯本気ですよ?

 だってアドリアン様は地味で引っ込み思案な私には似合わない、快活で社交的な方だもの。

 学院でも主席でしたし、モテるに決まっています。


 私は二年後の星誕節の日、必ずこの『誓いの鐘の広場』に来る気でいます。

 でも聖女になれなかったら……物陰からアドリアン様のお顔を拝見するだけに留めておくつもりです。

 見苦しく縋るのは迷惑ですから。


 もっともアドリアン様が二年後に『誓いの鐘の広場』にお出でになると考えるなんて、私の思い上がりかもしれませんね。

 留学先のハーラントで素敵な方と出会われるかもしれませんし。


「……名残惜しゅうございますが」

「うむ、覚悟が鈍ってしまうな」

「アドリアン様。お身体にだけは気を付けてくださいませ」

「エリーゼもな。しばしの別れだ」


 軽くハグされました。

 これが最後でなければ嬉しいな。

 温もりを惜しみながら、互いの従者の元へと戻ったのでした。


          ◇


 ――――――――――王子アドリアン視点。


 エリーゼ・ララ・マリエール子爵令嬢は、小鳥のように可憐な女性だ。

 オレが王子と見れば目の色を変えて集ってくる令嬢達とは一線を画する。

 淑女らしい控えめな性格とエメラルドグリーンの瞳が、オレの心を鷲掴みにして離さないのだ。

 ああ、ストライクド真ん中過ぎる。


 刺繍も声楽もダンスも上手くて、おまけに聖女特性持ちとかどういうこと?

 癒しの術を使える素質を持っているだけでも一〇〇〇人に一人って言われてるのにだぞ?

 聖女特性ってその上に解呪と祝福と破魔の術を具えてるってことだからな?

 スペック高過ぎるだろ。


 エリーゼは実家の子爵という身分に引け目を感じているらしい。

 王子たるオレにふさわしくないのではないかと、遠慮しているふしがある。

 しかしマリエール家はルルーシュ朝建国以来の名家だ。

 高祖大帝の親友の家が侮られるなんて、歴史を知っていればあり得んはずなのだが。


 それにオレは王子ったって四男だからな?

 王位継承権なんて七位に過ぎなくて、父王陛下からはどこの誰に押し付けてやろうかと思われてるただの駒だからな?


 学園ではそりゃ努力したさ。

 だってマイエンジェルエリーゼに置いていかれちゃかなわんもん。

 せめて成績くらいは飾りたてておきたいさ。


 さて、明日オレはハーラント王国に旅立つことになる。

 二年もエリーゼに会えないかと思うと暗鬱たる思いになるが、これも試練だ。


「月が奇麗だな」


 エリーゼ、君も空を見上げているだろうか。


          ◇


「落ち着いて聞くんだよ」

「はい」


 父ルーカスの書斎に呼び出されました。

 普段お父様は子爵として領地経営に堅実な手腕を発揮しているのだけれど、昨日王都に上って来たのです。


「エリーゼは自慢の娘だよ」

「はい?」


 ニコニコしています。

 お父様は親バカと言いますかバカ親と言いますか、私に対してとても甘いです。

 私も一六歳ですから、自分に都合のいいように世界が回っていないことくらい、ようくわかっていますよ。


「ハーラントに留学したアドリアン殿下だが」

「まさか……何か事故でも?」

「いや、そういうことではない」


 そうですか、よかったです。

 お父様が何となく言いにくそうにしていらっしゃるから。


「実はハーラントのガブリエーレ第一王女殿下と婚約の話が持ち上がっている」

「そうでしたか」

「あれっ、冷静だね」

「はしたない振舞いは、アドリアン様も望まれないでしょうから」


 困ったような顔をされるお父様。


「エリーゼ。やはり殿下と婚約しておくべきだったんじゃないか?」

「選択肢としてありませんわ。アドリアン様のお立場からすると、女児しかおられないハーラント王の目に留まるのは当然です。その際に私と婚約済みであったなら、アドリアン様の瑕疵になります。我がマリエール家にとっても面白い話ではありませんよ」

「しかし……」

「アドリアン様だってハーラントの王配か子爵家の婿かと問われれば、王配の方が実力を発揮できるに違いありません」

「理屈としてはそうだが。エリーゼは殿下を愛しているのだろう?」

「……お慕い申しております。でもそれはルルーシュ・ハーラント両国の絆に、アドリアン様の幸せに、マリエール家の平穏に邪魔な感情です。私は出しゃばるべきでありません」

「エリーゼは賢者だな」


 お父様は苦笑するけれど、アドリアン様が留学されると決まった時からわかっていたことです。


「聖女養成教育課程は来月からだったかい?」

「はい」


 世俗から離れた、そして霊気が強いと言われているパール山麓の修道院で聖女教育を受けることになります。

 私を含む四人の候補者から聖女に選ばれるのは一人。

 聖女特性全てを備えているのは、今のところ私だけという話ですが、教育課程が終わった時点ではどうでしょうか?


「寂しくなるね。パール山は寒さが厳しいと聞く。カゼなど引かないように気を付けるんだよ」

「はい、十分に気を付けます」


 吉日を選んで数日中にも発ちます。

 二年後、どういう未来が待ち受けているのでしょうか?


          ◇


「ただいま」

「お帰りなさいませ、お嬢様。お勤め御苦労様です」


 二年近くに及ぶ聖女養成教育課程を終え、王都の子爵家邸へ戻ってきました。

 気遣わしげに家令が言います。


「残念でございましたな」

「ううん、いいの。私は精一杯やったから。より優れた方が聖女に任命されるのは当然のことだわ」


 結局私は聖女になれませんでした。

 私の神力の安定性を買ってくださる枢機卿も何人かいらっしゃったけれども、やはり出力が足りなかったようです。

 私も納得しています。


 ただ意見が割れたために、聖女の決定が遅くなってしまいました。

 なんと今日はもう星誕節の当日。

 アドリアン様と最後にお会いした時に約束した日なのです。

 ギリギリでも間に合ってよかったと思います。


「誓いの鐘の広場に行ってまいります」

「どちらの誓いの鐘の広場でしょう?」

「は?」


 何のことだろう?

 誓いの鐘の広場って複数あったかしら?

 家令が得心したように手をポンと打ちます。


「ああ、お嬢様は都を離れておられたのでした。実は最近、誓いの鐘が東の広場に移設されたのです」

「そうだったのですね」

「はい。それで西の広場を古くからの慣習に従って誓いの鐘の広場と呼ぶ者もいれば、現在鐘のある東の広場をそう呼ぶ者もいるという次第なのです」

「……」


 事情はわかりましたが、さて、困りました。

 アドリアン様の仰った『この場所で会おう』ならば西の広場、私の言った『鐘の下で』ならば東の広場になりそうです。

 どっちが正解なのかしら?


「……東の広場にまいります」

「はっ、行ってらっしゃいませ」


 従者一人を連れ、馬車に乗り込みます。

 東の広場に決めたのに深い意味はありません。

 どうせアドリアン様がいらっしゃるとは限らないのです。

 それならばせめて、自分の『鐘の下で』の言葉に責任を持とうと決めただけ。

 落第聖女せめてもの矜持です。


「やはりアドリアン様はいらっしゃいませんか」


 東の広場を見渡します。

 寒い時期なので、パラパラとしか人もいません。

 アドリアン様は目立ちますし、従者も多く従えているはずですから、それらしき方が見当たらないのは来ていないのでしょう。


「お嬢様、どうされます?」

「この広場で少し待ちます。鐘の下まで行ってみましょう」

「は」


 この広場に移設された誓いの鐘は、祝福の術で生み出される鐘を模したものと言われています。

 祝福の術で生み出される鐘は、音が届く限り恩恵があるのです。

 当然大きい方が良いとされ、誓いの鐘もまた永久の約を願い、大きく作られています。

 ……私はこれほどの大きさの祝福の鐘を出現させたことはないですけれども。


「ふふっ、寒いですね」


 何をやってるんだろうなあ、と思ったら、おかしくなってしまいました。


「お嬢様、カゼを召されますよ?」

「大丈夫よ。パール山麓の修道院はもっともっと寒かったの。それはもう、部屋の中の水が凍ってしまうくらい」


 修道院での生活はつらかったけれども楽しかったな。

 目的を同じくする仲間がいたから。

 聖女のお仕事をお手伝いすることはありそうなので、また会えるといいな。

 

「……っと」


 ぶるっときました。

 やはり動いていないと寒いですね。


 ふと見上げると、視界一杯の大きな鐘。

 私もこれくらいの大きさの祝福の鐘を出すことができたなら、聖女になれたかもしれません。

 そうしたらアドリアン様と……いや、ないものねだりですね。


「帰りましょうか」

「もうよろしいのですか?」

「ええ、満足したわ」


 これだけ待ったのですから諦めもつきます。

 ん? あの一団は……。


「アドリアン様!」


 アドリアン様がいらっしゃいました。

 二年前と変わらぬ、輝くような笑顔とともに。


「やあ、エリーゼすまない。君が今日子爵邸に到着するという情報は入ってたんだ」

「どうして……」

「ハハッ。西の広場に行っていたのだ。こちら東の広場に鐘が移動したってことは知らないかと思っていてな。念のためこちらを見張らせていた者から連絡があって、急ぎ来た次第だ」


 違うんです。

 そういう意味の『どうして』じゃないんです。


「……ハーラントのガブリエーレ第一王女殿下の王配に望まれたと伺いました」

「おお、心配させてしまったか。まさか山中の修道院にまで噂が走るとはな。いや、そんな話があったなというだけのことだ」


 お父様が話してくださったことです。

 かなり具体的な婚約話だったのではと思いますが。


「二年前、結婚しようと話したことを覚えているか?」

「もちろんです」

「そうか! 忘れられていたらどうしようかと思ったのだ」


 屈託なく笑うアドリアン様。

 なんと真っ直ぐな人だろう。


「私は……聖女になれずじまいでした」

「うむ、知っている」

「アドリアン様にふさわしくないのではと思うのです。ガブリエーレ王女殿下との話を聞いた時、私少し安心したんです。アドリアン様と釣り合いが取れている、と」


 困ったような顔をされるアドリアン様。


「ガブリエーレ王女には……まあ結構執着された」

「アドリアン様が義理堅いことは存じております。しかし私のことはよいのです。御自身の才能を生かす道と幸せをお選びくださいませ」

「これは異なことを。エリーゼはオレに不満があるのか?」

「まさか! お慕い……今でもお慕い申しております」


 ポロリと涙が落ちる。

 ああ、こんな顔を見せるつもりではなかったのに。


「それならば問題はない。オレの道は君に通ずるのだ」

「アドリアン様……」


 アドリアン様にぎゅっとハグされました。

 心の中まで温まる気がします。


「オレの方こそ、君に見限られるのではないかと心配していたんだぞ?」

「そ、そんな! 見限るだなんて……」

「エリーゼは美しく、芯が強く、オレのことを考えてくれるだろう?」

「アドリアン様のことを第一に考えるのは当然です」

「当然じゃないんだ。自分勝手な者が多くてな」


 どこか苦々しげなアドリアン様。

 傍に寄る令嬢方にそういう方が多かったのでしょうか?

 ガブリエーレ王女殿下も?


「約束通り結婚しよう。王位継承権は放棄する。エリーゼの婿としてもらってくれ」

「もらってくれだなんて……よろしいのですか? マリエール家は子爵でしかありません。アドリアン様の優秀さを証明する場ではないと考えますが」

「ハハッ、爵位の高低が優秀さの証明に関係するのなら、準聖女のエリーゼだってそうじゃないか。要は領民に喜んでもらえればいいのだろう?」


 目から鱗が落ちた気分です。

 確かにそうだ。

 もしアドリアン様のように才能に溢れた方が子爵領に来てくださったら、領民はとても嬉しいに違いない。


「アドリアン様。西の広場へ行きましょう!」

「む? どうしたのだ、急に」

「西の広場の鐘の下で、というのが最初の約束でしたから」

「それはそうだが、しかし……」

「私が作ります。祝福の鐘を!」


 アドリアン様の驚きに見開かれた目が優しげに細められます。


「エリーゼの祝福の鐘か。オレも見てみたいものだな」

「ぜひ御覧になってくださいませ!」


 約束の場所、西の広場へ。


          ◇


「……想像以上だった」

「……そうですね」


 アドリアン様とともに見上げる、私の作った祝福の鐘。

 何故か誓いの鐘を遥かに超える、すごく大きいのが出現してしまいました。


「これって大きい鐘を作れるほど神力が強いとされるんだろう?」

「……そうですね」

「先代聖女の祝福の鐘は幾度か見たことがある。が、これほど大きくなかったぞ?」

「……ソウデスネ」


 どうなってるんだろう?

 私にこれほどの神力があったなんて。


「私自身ビックリしてます。今まで一度もこれほどの鐘を生み出せたことなんてないのに」

「……聞いたことがある。神力の発言には精神状態が強く作用すると」

「ええ。気を落ち着かせて集中することが求められます」

「君の場合は高揚気味の方が力を発揮できるんじゃないか?」

「えっ?」


 全然気付かなかったです。

 確かに気を落ち着かせて集中することが絶対の条件とは教わらなかった気がします。


「聖女を越える力を持ってるんじゃないか?」

「そうかもしれませんが、別にいいんです。お手伝いはできますから」

「……うむ。君の意思を尊重しよう」


 私は聖女になれませんでした。

 聖女選定の際に力を発揮できなかったのだから仕方ないです。

 でも構いません。

 聖女でなければお役に立てないということではないのですから。


「さあ、エリーゼ。鳴らしてくれ、この鐘を」

「はい!」


 精神を集中させます。

 祝福よ、国中に届け!


 クアーン……クアーン……クアーン……クアーン……クアーン……。


 実際の音がそれほど大きいわけではありません。

 でも多くの人々に聞こえ、いつまでも心に響く音。

 皆に幸せがありますように。

 アドリアン様に抱きしめられながら祈りました……。


          ◇


 アドリアン様と結婚したのは半年後です。

 マリエール家は結局アドリアン様が継ぎました。

 継承権はもちろん私にあったのですが、アドリアン様が継いだなら領地加増の上、伯爵に昇爵との打診が王家からあったので。

 アドリアン様の統治の才に与かる民は多い方が世のためだからです。


 私の祝福も少しは寄与したでしょうか。

 マリエール家領の発展は王国の繁栄に大きく貢献し、最終的に公爵にまで昇りました。

 また私生活では二男一女に恵まれました。


「エリーゼ」


 降るような星空を眺めていたある日、美しく髭を伸ばした夫に声をかけられました。


「何ですの、アドリアン」

「オレは世界一の幸せ者だ」

「あら、あなたは世界で二番目でしてよ」


 二人で見つめ合い、ふふっと笑い合う。

 父様と母様はいつまでもラブラブだなという、息子達の呟きを華麗に無視し、夜空に輝く鐘を象った星座に思いを馳せるのでした。




 ――――――――――おしまい。

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