第15話
「プーカ! あんたがあの子の相手をしてやりな」
結局俺がハッグに追い付けたのは玄関でだった。ハッグは既に外に出ており、そこに居た黒馬に指示を出す。そして玄関の脇に立てかけてあった箒をひっ掴むと、魔女の様にそれに跨って宙に浮かんだ。
「はえ~マジで魔女じゃん」
ぽかんと見上げて呟くと、ハッグはひっひと笑った。
「じゃあねえお嬢ちゃん。精々プーカに踏み殺されない様にねえ」
そう云い捨てると、ハッグは空高く飛び上がり北の方へと飛んで行ってしまった。
「……プーカと一緒に戦えば一人の俺相手に勝ち目もあったろうに」
自分より恐らく立場が下だろうプーカに俺を任せて自分は逃亡か。ここらを仕切っているなら幹部だろう。それが、部下に任せて、逃げるなんて。士気に関わるんじゃないか? あと普通に俺が仲間を増やす前に二人がかりで俺を潰すべきだろjk……。
プーカを見遣る。プーカは、ぶるるんと強く息を吐くと、後ろ足で地面を何度か蹴り、まさに臨戦態勢と云った様子を見せた。
「うーん、正直サイズ感的にハッグより脅威って感じ」
呟きながらまた短剣を手にファイティングポーズを取った。
胴体の高さがまず夢ちゃんの頭より高い程の巨馬だ。爪が鋭いだけの婆さんに向かって行くより、視覚的な恐怖がある。ただ、躊躇いはハッグ相手程無かった。やはり人型か否かと云うのはこう云う時に強く作用する様だ。
プーカは警戒心が強いのか、すぐには向かって来なかった。これなら、いっそあの赤毛の子が契約を終え合流するのを待ち二人がかりで挑んだ方が良い気もする。だが、あの子が契約してくれる保障も無い。寧ろ目が覚めたあの子が一人で逃げ出そうとここに来て、無力なままプーカに襲われたり、他の子を起こして回って大挙して押し寄せるより、今俺が戦った方が良い気もする。
「さて、どうしたものか……」
じりじりと、向かい合ったままで時間が過ぎていく。先に動いた方が不利になる気もして動けない。じんわりと脂汗とも冷や汗ともつかないものが額に滲む。ぎゅっと、短剣を握り直した。
行くしかない。
そう思った瞬間、たぁんと音がしてプーカが横倒しになった。
「……は?」
ぽかんとしてプーカを眺める。額からもやもやと黒い靄が立ち上っていた。
慌てて背後を振り返る。洋館からにょっきりと伸びた塔の最上階の窓に、ライフルを構えた赤毛の少女が居た。
思わず、ひゅうと口笛を吹く。
俺に気付いた赤毛の少女は、ぐっとサムズアップしてウインクして見せた。かわいい。
ひらりと手を振って答えると、少女の側にダヒの姿が見えた。何やら一言二言話し、少女は頷くと窓から外に出て、そのまま俺のすぐそばに飛び下りて来た。とん、と軽い音で着地する。
「あんたが夢か。あたし朱音ってんだ。この喋る猫に起こされた時は吃驚したけど、話はぜーんぶ聞いたよ。あたしも魔法少女として、この街を守るから。頑張ろうね」
姉御って感じの雰囲気だ。髪に合わせたのか変身衣装は赤を基調としている。
「うん! 夢、仲間が出来て嬉しいよ。よろしくね、朱音ちゃん」
「ああ!」
ぶるるん、背後で馬の呼吸が聞こえた。
ばっと勢い良く背後を振り返る。プーカが力を振り絞って立ち上がっているところだった。
「まだ終わってなかったか」
朱音ちゃんがライフルを構える。俺も短剣を構えた。
だが、プーカは力が入らない様で立ち上がるのに失敗する。ちょっと俺も朱音ちゃんも気が抜けて、構えた武器を一度下ろした。
さてどうしたものか。ダヒの方を見ると、ダヒはプーカを睨みつけていて、
「まだだにゃ!」
と叫んだ。何がまだなんだろう、と朱音ちゃんと顔を見合わせ、再びプーカを見る。プーカは、黒い靄の塊となっていて、それが次第に違う形へと変わっていった。
そう云えば、プーカは変身が出来るとダヒが云っていたっけ。
靄が晴れると、そこに居たのは黒い巨大な鷲だった。馬の姿程ではないが、普通の鷲の倍は余裕である。オオワシの様な姿だが全身が真っ黒で、目だけが黄色く輝いていた。
「ギャーア!!」
力強い咆哮。プーカは高く飛び上がり、そしてその凄まじい高度から凄まじい勢いでこちらに向かって落ちる様に飛んで来た。
「危ない!」
朱音ちゃんが叫ぶ。だが、俺はチャンスだと思った。改めて短剣を構える。姿勢を低くして、向かって来た黒鷲を最小限の動きで交わして短剣の一本をその首めがけて勢い良く振り下ろした。
ぼとり。首が落ちる。プーカは叫ぶ間も無く地面に落下して、その切断面から黒い靄が立ち上った。
ひ、と朱音ちゃんが息を飲む音が聞こえる。
念の為短剣を構えたまま暫くプーカを睨みつけていたが、その内靄の量が減り、無くなり、その体が白く光った。
眩しさに目を細める。光は徐々に納まり、完全に消えた時そこには普通のサイズにまで縮んだ黒鷲が居た。首の繋がった状態で。
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