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ーーー





つい先ほどまでは怒声がこの場所を支配していた。だが、今は違う。

自分の心臓がうるさくて仕方がない。それともう1つ。


「おまえ、本当に体鈍りすぎだろ!すぐに疲れちゃうじゃないか。これじゃ戦いにならないよ。負けて死んでも知らないからな」

「あと身体も固すぎるから動きにくい」

「もう少し戦いやすい服ないの?布が固くて膝も肘も辛いよ。何とかして」

『おまえ五月蝿いな………』

「何だって!?お前の身体守ってやってんのにそれかよ。だったら1度斬られてみるか?1回斬られたぐらいじゃ死なないからやってみたら?」

『……それはやめてください』



このように、相模の体を乗っ取っている妖刀影葵が文句を言ってくるのだ。確かに、自分は運動不足であり、筋トレもほとんどしないもやし体型であるが、勝手に自分の体を使って戦っているくせに、あんまりだと思ってしまう。だが、今このピンチを逃れるにはこの影葵の力が必要なのだ。いなくなってしまえば、この武士の100人の霊と相模が1人で対峙しなければいけなくなるのだ。


そんな事が起きては、相模の命はすぐに散ってしまうだろう。今は、どんな文句も耐えなければいけないと、金秋は怒りをグッと抑えて、彼に従う事にした。



『でも、本当に大丈夫なのか?すごい汗だし、何回斬撃も弱くなっているような気がするんだけど』

「全員斬るまで余裕、って言いたいところだけで結構やばいかも」

『え?』

「おまえの体力のせいってのもあるけど、流石に生身の体でも百人斬りなんてした事ないんだよ。霊でも人間と変わらない。人の体一人を斬るのにはかなり力がいるんだよ。おまえだって感じるだろう」



そう。影葵が敵兵の霊を斬る度に、その衝撃は相模の腕に伝わってくる。かなりの力が消耗され、腕はビリリと痺れる。そんな腕で何人も斬り続けていれば、感覚もなくなってくるのだ。それなのに、影葵は相模の体を守りながら戦っているのだ。そう考えると、影葵の剣術の上は相当なものなのだろうとわかる。

こんな勝気な性格だろう男が弱音を吐いているのだ。実際、相模の全身から汗が噴き出しているし、足がふらつく事も多くなってきた。もちろん、呼吸も浅いものに変わっている。本来ならば、もう限界なのだろうが、今は気力で戦えているのだろう。



「本当に死なない程度に斬られる覚悟だけしといてよね」

『死なないのなら、我慢する。だけど、命だけは守ってくれ。俺は絶対に死ねないんだ』

「へー。死にたくないんじゃなくて、他に理由とかあるとか」

『無駄死になんてしないって決めてるんだ。絶対に生きるって』

「じゃあ、やっぱり僕と相性がいいじゃないか。死なれたら体、使えなくなるし」

『だったら、このピンチを乗り切ってくれよ』

「言われなくてもやってやるよ!」



敵側も作戦を会議をしていたのか、動きが止まっていた。その間に影葵も多少は休めたのか、足取りが少し戻ってきた。勢いよく敵陣に突っ込み手前から斬りまく。次々に倒れていく様子に相模は『強いな』と思っていたが、少しずつ妙な違和感を感じ始めた。

けれど、本人はやる気なのだから、これ以上は声を掛けれらない。何も出来ない自分は、邪魔をしないように、黙っている他ないのだ。


だが、そんな心配はすぐに現実のもになる。

影葵の手が止まってしまったのだ。


「くっそ。弱いくせに数だけは多いんだから」

『……影葵』



数人を斬った後、彼は大きく後ろに飛んでそのまま山の中に身を潜めたのだ。

荒い呼吸を必死に抑えながら、影葵は大きな木の影に隠れた。逃げるのが悔しいのか、苦しがっている感情が相模にも伝わってくる。相模の体を使っているからだろううか、同調しているの不思議な感覚だった。

相手に見つかるまで、体を休ませるつもりなのだろう。

が、その作戦は失敗に終わってしまう。


夏の虫の大合唱以外は静かになって森の中で、パンっという乾いた音が響いた。

その音は、先日ずっと聞いた音。相模はすぐに理解した。それが銃撃音だという事が。それと同時に体が何かに押されたように動いた。すぐに、何が起こったのか理解は出来なかった。が、左腕はに激痛が走り、それと同時に体の力がすっと抜けて、膝をついて倒れてしまう。


『………いった』

「撃たれたか……」



相模と影葵が同時に声を上げる。膝をついて、反対の手で傷口を見る。と、そこからは血が流れている。どうやら掠っただけのようだが、それでも普段感じる事がない銃撃の傷は思った以上に激痛であった。刺したような、鋭い痛みだ。


『暗闇での任務に慣れている。それに、死んでもなお鍛錬を繰り返していたのだから、銃の腕も上がっているのだろう。今のは仕留めたに決まっている』

『刀以外で戦いを決めるのは悔しいが、刀にこだわり過ぎて死ぬのはごめんだからな』

『ああ。確実に殺せる方法をとってやる』

『安心しろ。最後は、刀を使って首を取ってやる』


身を潜めて体力を回復させようとしていた影葵だったが、それは相手には通抜けだったようだ。


相手は、本物の戦を経験してきた猛者達であり、死んでからもずっと戦いに向けて体を鍛え上げてきたのだ。そんな彼等にとっては、どんなに強い武士が戦うとしても、現代人の怠けた体では勝てるはずがないのだろう。


獲物を追い詰めるように、ゆっくりと刀や銃を構えながら近づいてくる。放つ言葉は全て勝利を確信しているものへと変わっている。そして、逆にこちらは焦りと恐怖が増していくのだ。

相模は死への恐怖に体が震えた。そして、自分は逃げたいと思っていても体が動かないのだ。本当に首を斬られて死んでしまうのだろうか。そんな、恐ろしさで相手の武器から目が離せなくなってしまう。


人間死ぬときなんて、呆気ないものだ。

毎日生活していくのでいっぱいいっぱいで、楽しみを見つける暇もなく、何のために生きているのだろう、って思ってしまうが、いざ死が目前に訪れると死にたくないと思ってしまう。人間は不思議な生き物である。生きていても楽しみがなかったというのに。

だが、今の相模は違っていた。こんな緊迫した状況だというに、頭に浮かぶ事があるのだ。



『せっかく金秋さんと仲良くなれてきたのに。それに迅も懐いてくれてたな』


透明人間になってしまい、人生どん底だと思っていた。それなのに、金秋達に出会えて世界がまったく違うものになったのだ。それまで生きてきた世界とは全く違うものであった。もちろん、金秋との考えが違うこともある。けれど、それを含めて相模にとっては新鮮なのだ。


そして、金秋の生き方がかっこいいとさえ思ってしまっていた。命を無駄にすることはダメだと思っているし、相模にとっては1番出来ないことである。けれど、命を賭けてまでやらなければいけない事があり、それの考えをずっと突き通している姿が、何とも言えないかっこよさがあるのだ。


背中を追いかけるのに必死になっていたが、妖刀の力を借りてだが、やっと隣に立てるぐらいになったと思っていた。やっとそんな風なれたと思っていたのに、今は窮地に立たされているのだ。死んでしまえば、もうおしまいだ。透明人間で死んでしまったら、きっと遺体も見つからないだろう。一人寂しく腐り朽ちていくだけなのだ。それとも、金秋は見つけて弔ってくれるだろうか。あの人は、実は優しい人だ。ここに眠る犬の隣にねむることになるだろうか。



『また、あのお茶漬け食べたかったな』



自然とそんな言葉が出てしまった。

きっと最後の晩餐で何が食べたいと問われたら、絶対に『金秋さんの手作り茶漬け』という即答で答えるだろう。そして、今死ぬのなら、泣きながら大切に食べるのだろう。そんな風に思うのだ。



「なんだ、俺の部下はもう諦めて死ぬのか」



夏の終わりの冷たい風と共に、聞きたかった澄んだ声が相模の声に届く。

艶のある綺麗な黒髮に、漆黒の着物に首元のスカーフをなびかせて、音もなく相模の前に現れた。月明かりでうっすらと見える顔の傷は、あの男であるという証拠である。それを見なくてもわかる、2本の刀を腰に差し、その上の腕を乗せながら、戦場をゆうゆう歩いてくる。まるで夕涼み中の夜の散歩のようだ。だが、その瞳は、とても険しい。相模を一度見た後は、すぐに目の前の敵の集団を黙って見据えている。



『金秋さん。何でここに……』

「おまえが呪いを祓ってくれたおかげだろう。何を言っている」

『……え、俺が?』

「僕がやったんだよ」

『影葵か……』



よろよろと相模の体が起き上がる。傷口を抑えながら、やっとの事で立ち上がったのは、相模の体を使っている影葵だ。それをわかっていた金秋はニヤリとしたいやらしい笑みを浮かべながら一言残した。


「おまえはこんなに弱い奴だったのか。興醒めであるぞ。たかがこの人数相手で手負いになるとは」

「な、なんだと!」

「妖刀の名、そのようなものならば、斎雲に変えてもらうか」

「自分は呪われて倒れてたくせに何言ってんだよ、この糞人斬り!それにこの堕落した体だと動けないんだよ。元の体だったらこんな醜態を晒す事は」

「黙っておれ、ここからは俺たちが一蹴してやる。ここで見ておれ」

『俺たち?』

「ワンワンッ!!」



相模の声に返事をするかのように、鳴き声が聞こえてくる。相模は思わず「迅!」と呼んだが、鳴き声がいくつも重なる。その声に驚き後ろを振り返る。

と、そこには沢山の犬たちが相模に向かって突進してきたのだ。


『おまえら、何でここに』

「おまえを助けたいのだろう。迅の元に集まってきたぞ」

『ここでゆっくり遊んでればいいのに……』

「自分の寝床が戦場になったんだ。それでいて、恩人が窮地なのだ。助けたいのだろう」



犬たちの幽霊は相模に飛びつき、体に頭をすりつけてきたり、顔を舐めたりして甘えてくる。そう、この犬たちは相模たちが助けたい廃墟小屋で放置されていた犬たちであった。死んでもなお、檻に捕らえられたままになっていた犬たちを、相模達が成仏させたはずであった。だが、この相模の窮地に戻ってきてくれたのだろう。それに、相模は感動して涙が出そうになる。が、今は金秋の体を支配しているのは別の人間だ。そのため、涙を出る事はなく、真逆の感情が湧き上がってくるのがわかる。



「くっそ!この毛玉、邪魔なんだよ!」



影葵は手足をバタつかせて犬達を避けると、立ち上がる。



「僕だって戦える。あんな事言われて黙ってられるはずがないだろ」

『影葵。大丈夫なのか?』

「俺は平気なんだよ。おまえが怪我の痛みで失神したら、そのまま体乗っ取ってやるからな」



そう言い放つと、影葵は金秋の隣に立ち、刀を構える。



「足手まといにはなるなよ」

「おまえこそ、俺に間違って斬られないでよね」



金秋も刀を抜く。そして、ゆっくりと刀を舞うように上げると体の真ん中で構えをとる。

その後ろには牙をむき出しにした迅と犬達が唸りを上げている。


『作戦会議は終わったが、裏切り者の人斬りよ』

「何とで言えばいい。俺は俺の生きる理由のために戦っているだけだ」

『武士とも言えぬ行い。恥を知るがいい』

「恥だとしても、生きたいのだ。それが任された者の役目なのだ」

『意味がわからない事をぬかしておる。もういい、この死に損ない達に本当の死をっ!』

「……俺たちがおまえたちを戦いから解放してやろう」



それと同時に両者が、地面を強く踏みしめて、勢いよく走り始める。


この山の中で、人知れず武士たちの戦いが始まったのだった。




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