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   ーーー




 この時代の男たちはどうしてあんなにも考えが甘いのだろうか。金秋は記憶に残る女たちの方がよほど強かったように思えてならなかった。もちろん、それは力の強さではなく、意志の強さである。


 今、この時に生きる人間は誰もが自分のためだけに生きている。過去を理解しようともせずに、ただただ自分の欲望や名誉、そして金のために働き続けている。それが、何のためになるわけでもない。他人が、自分の部下が、そしてこの国がどうなっても自分の時代だけが平和に終われば良いと考えている人間があまりにも多すぎる。



「こんな奴らのために、死んでいったのか。あいつらは……」



 怒りが制御出来ずに、金秋は右手を強く握りしめていた。爪が肌に食い込み、あと少しで血が出てきそうなほど差し込まれた時、隣を歩く迅が金秋の袖を口で引っ張った。やめろ、と言っているのだろう。見上げる瞳は悲しげであった。



「……悪い。冷静さを失っていた。らしくないな」



 そう言うと、相棒の少し硬めの毛で覆われた頭を撫でた後、暗闇が支配する田舎道を歩いた。

 後ろからは、無事に依頼が完了した喜びからか、高山や斎雲の声がしていた。時折、透明人間の声も聞こえたがしばらく前を進むと虫の鳴き声にかき消されて聞こえなくなる。

 やっと肩の力が抜ける……、わけがなかった。次が金秋にとって本番なのだから。




 目的地に向かいながら、金秋は最近迅が見つけた透明人間の男を思い浮かべた。

 妙な術をかけられ、他人から姿も声も認識されなくなった、珍しい人間だ。死んでいることを自覚してないのかとも思ったが、#あの刀__・__#で斬っても消滅しなかった。となると、生きている人間だ。

 透明な姿を直したいらしいが、金秋は勿体ないではない、と思っていた。相手に気付かれずに行動できるなど、偵察や暗殺向きの力だ。この力は利用できる。そう安易に思ってしまい、依頼に同行させてみた。


 が、想像以上に失敗であった。

 まず、運動能力がない。全く持って戦闘に使えない。そして、すぐに寝るし、それなのに野宿さえも嫌がる都会っ子であり現代っ子である。そう、子どもなのだ。役に立たない。

 だが1番悪いのは、生きる事への執着だ。それが自分だけではなく幽霊さえ守ろうとする。

 透明人間になり他人と関わる事も出来ず、生きるだけで精一杯で、お先真っ暗な未来しかないはずなのに、あの透明人間の男は、生きようとしているのだ。

 そして、それを相手にも求めるのだ。「生きて、何がしたい?」だと。

 自分が大切にするもののために必死になって動き、戦い、命をかけて尽くす。それが武士であり、人間の生きる意味なはずなのに、相模という男は生きるために手段を選ばないのだろう。


 そんな男を見ていると、吐き気がしてくるのだ。

 まるで、自分を見ているようだ。卑怯者で、臆病者だと言われ続けても、なお刀を握り続ける金秋という男と同じなのだ。



 気が付くと、涼しげな川の音が大きくなってきていた。

 少し前に、夜を明かした山の入り口だ。金秋は、草履が濡れるのもかまわず、躊躇わないで川の中を歩き横断する。そこの目的があるからだ。

 先程までの怒りを感じてしまう思考を1度止める。金秋が探していた者が待っているのだ。

 3人で野宿をした場所に足を踏み入れた瞬間だった。3つの影が一斉に動いた。


 1つは迅が飛びかかったもの。

 1つは金秋が目にも留まらぬ早さで抜刀し、相手と間合いを詰めたもの。

 そして、最後の1つは、前回透明人間を襲った傷だらけの弱った武士であった。


 相手の武士は、かけている刀にも関わらず、迅の体を寸前でかわし蹴りつけた後、その反動のまま金秋に向かって刀を振り下ろしてきた。予想外の動きに、金秋の刀に迷いが出てしまったが、何とか刀で受けとめて避けること出来た。キンッっと刀同士が打つかった高い音が辺りに響いた


『裏切り者の武士はおまえだな。腕が立つ者だと聞いていたが、そんな事はないようだな』

「悪かったな。大分年老いているから体が動かなくなっているのかもな」

『冗談はやめておけ。先程の居合をまともに受けていれば我もどうなっていたかわからん。その狗がいたから力を抜いたのだろう』

「……そこまでわかっているとは、御見逸れした。かなりの腕を持っているようだ」

『…………だとしても、我らは負けたのだ。修行を重ねて剣の腕を磨いても負けたのだ。異国の力に負けてしまうなど、情けなく仕方がない事だ』


 

 金秋と弱った武士は言葉を交わすが、お互いに刀を向けたまま隙を見せない。

 互いに剣の実力を一撃目で把握したからだ。気は抜けない相手だと瞬時に見抜いたのだ。

 その横で、動く気配を感じる。思い切りけ蹴り倒された迅だ。思ったより深く足が入ってしまったようで、ヨロヨロとしながら起き上がった。回復するまで時間がかかりそうだ。金秋は、横目で迅を見た後に小さく頷く。すると彼の意思が伝わったのか、迅は高く飛び上がり木の上に上がった。金秋は迅を戦いの場から逃がしたのだ。


「これで真剣勝負が出来るな」

『…………何故、我らを裏切った。お前たちは、俺の味方であったはずだろう。それなのにどうして、戦いの場から逃げたのだ』

「知っているのか、俺のことを」

『おまえの隊の話は有名だろう。俺のように死んでもなお無念で仕方がないやつらは、敵を倒そうと死んだ場所にいるのだ。だからこそ、敵と同じように裏切り者は許さぬ!』

「…………」



 怒りにまかせて相手の武士は刀を振るう。

 冷静さを欠かした相手ほど、隙があるもの。武士たるもの常に落ち着いていないといけないと教わるのだ。

 だが、どんな人間であっても感情が昂ぶる時がある。自分の信じていた者が、忠義を尽くしてきたものが奪われた時、冷静になどいれる人間などいないであろう。だが、そんな時ほど冷静な人間が勝つのだ。


『何故、裏切った!?そんなに命が惜しいか!仲間が死んでいったのに弔もせず戦場から逃げて敵地に助けを求めるなど、武士とも言えぬ。その刀さえ握る資格さえもない。そんな武士ではない腰抜けにやられるほど、我は弱くはない』

「………その腕の印、竹に雀だな」

『だから、何だというのだっ!』



 言葉と共に激しい打撃が続く。が、金秋はそれをことごとく避けたり剣で受け止めたりしている。全ての攻撃が金秋の体を傷つける事はなかった。

 そして、返事をする代わりに、大きく振りかぶった相手の懐に入り、そのまま左の胸を刀で一突きした。

 傷ついた武士は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに穏やかな表情に変わる。


 それは、今まで斬ってきた武士たちも同じだった。

 それが、金秋にとって最も辛い事であった。

 恨むなら最後まで怒ってほしかった。裏切った事は事実であるのだから。だから、罵声を浴びても、襲われても構わないと思っているのだ。それが、自分の役目の1つなのだから。


 傷ついた武士の体が、少しずつ砂のような粉になり消えていこうとする。

 もう話すこともできない彼に、金秋はこの世界で最後になる言葉を残した。



「最期まで戦ってくれた事、誠に感謝する。おまえの思いは俺が全て背負っていく。だから、安心していけ」



 その言葉が聞こえたのか、彼は目を細めた。その目尻には小さな雫があったのに金秋は気づいたが、あっという間に消えて、月の光を浴びて輝いていた粉さえも、もうそこにはなかった。



 金秋は、その場に座り込むと夜空を見上げた。



「我は裏切り者だ。それでいい。それでいいんですよね、隊長………」


 その言葉に返事を返す者はいない。


 そんな事は、金秋が1番よく知っていた。けれども、人を斬った後はどうしても確認したくなるのだ。


 夜だけが、そんな金秋の姿を知っている。






   一一一

   

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