人斬り金秋と透明人間

蝶野ともえ

風の記憶 一、

風の記憶 一、





   風の記憶 一、




 風鈴の音。

 それは誰もがチリーンと涼しげな音を想像する。

けれど、俺は違った。

 ガシャンと風鈴が終わりを告げる音を思い出す。


 そして、それを割ってしまった男の苦い顔が忘れられないのだ。



 あの頃住んでいた寺の軒の四隅には、ただ薄い青に染められた硝子の風鈴が吊るされていた。「青銅では涼しい音はならない」と言って、ある男が自ら吊るしたのだ。寺院の者はあまりいい顔をしていなかったが、その男は涼しな顔でそれを見上げている。一年中吊るされているというのに、その音に気づき涼しさを感じるのは夏だけだから不思議だ。


 障子のドアを開け放ち、光が差し込まない畳に腰を下ろしながら、何もすることもなく風鈴を見つめていた。ガラス越しに見る空は青が濃くなり、まるで海のようだった。そういえば海になどしばらく行ってないな。と考えながら、「暑い……」と手の甲で額の汗を拭った時だ。



 突然、風を切る音と影が目の前を過った。空飛ぶ鳥かと思ったが瞬時に違うと判断し、男は咄嗟に手を伸ばし、それを手に取った。反応が遅くなっていたらきっと顔面に直撃していただろう。

 手にしたのは、ひんやりとして固い物。馴染みのある重さと感触。

 木刀だ。



 「暇なら稽古付き合ってよ」



 木刀を投げた張本人である男は、生まれつき白い顔を透けているかのような青白い肌色にさせている。

 何故、あの男が外に出ているんだ?と疑問に思い、気づかれないほどのため息をつく。


 「寝てなくていいんですか?昨晩も咳酷そうでしたよね」

 「盗み聞きしてたの?立ち悪いなー」

 「昨晩は、見回り当番だったんですよ」

 「もう、いいから早く降りて来てよ。これは命令だ」

 「わかりました。やるからには勝ちますからね」

 「おっ、やる気があるな」



 すっかり畳の跡がついた足をパンパンッと叩きながら立ち上がり、庭で待つ男の元へニヤニヤしながら向かう。

 ぼーっとする時間も好きだが、やはり強い男と剣術を競い合うのは心の蔵が高鳴り、#莞爾__にっこり__#と笑みが溢れてしまう。



 「今度こそ勝ちますからね、隊長」

 「……それでこそおまえだ」



 男の体調を気遣い、本気で闘いを挑む者はいないだろう。目の前の男はうずうずした様子で持っていた木刀を握り直し、剣先をこちらに向けてきた。


 その時風が大きく吹き、寺の4つの風鈴が大きく鳴いた。

 涼しさが増すまずだが、男にとってそんな事はもう関係がない。暑さなど気にも留まらない。



 今は目の前の男にどう勝つか。

 相手の先手はどんなものか。剣を落とさせ、眼前に剣先を向け「俺の勝ちだ」と相手を見下ろし、勝利の笑みを向ける。

 そんな少し先の未来を頭の中で想像していた。





 そんな日は一生訪れないのだとわかったのは、それからすぐの事であった。








 

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