大罪人の娘・前編 最終章 乱世の弦(いと)、宿命の長篠設楽原決戦
いずもカリーシ
幕間 参
これまでの大罪人の娘 第壱章 前夜、凛の章
『宿命』
これは、自分の力では絶対に変えられない未来のことを言う。
◇
「明智光秀の長女、凛。
と。
「荒木家は摂津国を治める『大名』のはず。
家臣の娘に過ぎないわたしが、どうして大名の長男に?」
凛が最初に抱いた疑問であった。
◇
「わたくしは織田家の娘ではありません。
大名の長男といえば……
いずれは後継者となる御方でしょう?
家臣の娘が『釣り合う』相手なのですか?」
凛の言っていることは何も間違っていない。
後継者になれない次男や三男ならまだしも……
後継者となる長男の嫁に家臣の娘をもらって喜ぶ大名などいるはずがない。
家臣の娘である凛よりも、信長の一族の娘の方がはるかに価値が高い。
嫁をもらう立場になって考えれば
さすがの光秀もこれには反論できない。
信長の一族の娘をもらえば、織田一族の仲間入りができる。
信長から切り捨てられる心配も、
将来への安心感はとてつもなく大きい。
では……
なぜ家臣の娘なのか?
なぜ、『明智光秀の愛娘』でなければならないのだろうか?
◇
「凛。
荒木村重を摂津国の大名に任命したのは信長様だが……
信長様がそうするよう仕向けたのは、わし自身なのだ」
「父上が仕向けた?
どうして、そのようなことを?」
「『策略』の
「策略?
どんな策略なのです?」
「今は教えられん。
教えれば、策略ではなくなってしまう」
「そんな……
策略だから、黙って摂津国へ行けと
わたくしは父上の娘でしょう?」
「……」
「理由も教えずに娘を追い出すのですか?
それに……
父上は、わたくしの気持ちをご存知のはず。
あんまりではありませんか!」
娘の目から大粒の涙が流れ始めた。
それを見た父の
「凛よ。
これは……
今は亡き
「母上に?」
「そなたの母の美しさに
同時に、そなたの母が
わしの考えをすべて理解し、支えてくれる相手はそなたの母しかいないと確信して、一か八かの賭けに出た」
「父上の考えとは何です?」
「そなたは、長く続く『戦国乱世』で大勢の人が苦しんでいることを知っているはず」
「知ってはおりますが」
「『戦国乱世に終止符を打ち、平和な世を達成したい』
これこそがわしの願い、わしの使命だ。
この使命を最後まで
「母上に誓ったのですか?」
「うむ。
わしは……
どんな『手段』を用いてでも誓いを守りたい。
だからこそ、今すぐ摂津国を手に入れねばならん」
◇
一方の凛は、父の話を理解できない。
「摂津国とは……
そこまで重要な国なのですか?」
「そうだ。
その国を手に入れれば、強大な武力を得られるのだからな」
信長が使っている印鑑・『
これは強大な武力を持ち、その武力を用いて平和を達成するとの決意を表明したものであるが……
凛にとっては到底、納得できる話ではない。
「父上。
そんな都合の良い話を誰が信じるのです?
武力を持つ者は必ず、
こうして意味のない
人が
「まずは目の前の『現実』を見よ。
凛。
そなたのような若い娘が城を出て、安心して城下の町を歩けるのはなぜだ?」
「この地が平和だからです」
「なぜ、この地が平和なのか?
申してみよ」
「そ、それは……」
「それは?」
「信長様の武力を恐れて、誰もこの地を『侵略』しないからです」
「うむ。
それはつまり……
平和を達成するには、強大な武力が必要ということではないのか?」
「……」
「違うのか?」
「その通りです」
「ならば。
『
侵略をしている者に対して、
『侵略を止めよ』
こう命令するには……
圧倒的な武力を見せ付けて相手を恐怖のどん底に
「でも……
なぜ、わたくしなのです?
わたくしが行っても荒木家の誰も喜びません。
信長様の一族の姫君が行かれた方がずっと良いはずです。
父上、お願いです。
信長様に取りなしてくださいませ」
「凛よ。
荒木村重を摂津国の大名にしたのは、わしの大いなる策略の一環だと申したはず。
これはもう……
変えることなどできない『宿命』なのだ」
◇
さて。
光秀は、
ただし!
肝心の村重が、とてつもなく大きな問題に直面してしまう。
国を統一できないことだ。
◇
「このままでは……
手段を選んでいる場合ではない!」
こうして。
4人の抹殺を決意した光秀は、『印象操作』という手法へと
要するに。
4人の重箱の隅をつついた[
4人の印象を下げ、人々が村重を選ぶよう誘導したのである。
噂[デマ]を何でも
4人を支持する人が減った一方で、村重を支持する人は増えた。
村重が一方的に4人を打ち破った……
◇
「これでは……
村重様が、ご自身の『実力』で大名の地位を得ていないことになってしまいますが」
こう続く。
「いや。
むしろ……
村重様に、
「……」
「国を統一するどころか、足元を治めることすら
「阿国よ。
そなたの
先の先まで読む『
「……」
「話を戻そう。
村重は元々、数ある
それが
「『
「そうだ」
「光秀様。
そんな成り上がり者を、国の支配者と認める国衆がいるのでしょうか?」
「……」
「誰一人としていないのでは?」
「阿国よ。
すべて、そなたの申す通り……
村重を国の支配者と認める国衆など誰一人としていない。
国を一つにするどころか、足元を治めることすら
「だからこそ迷われておいでなのでしょう?
そんな『危険』な場所へ、凛様を行かせて良いのかどうかを」
「……」
◇
迷う光秀の背中を、阿国が強く押し始めた。
「凛様は、わたしが命に代えてもお守りします。
それよりも……
このようにお考えになってはいかがですか?
これは、凛様の持つ才能を開花させる絶好の機会であると」
阿国は何と、危険な場所へ行かせることを絶好の機会[チャンス]だと言い切ったのだ!
これには光秀も驚きを隠せない。
「阿国よ。
これが、才能を開花させる絶好の機会[チャンス]だと申すのか?」
「凛様は
ただし、今はまだ才能を開花させていません。
この才能は……
困難な状況の中で闘うことで、ようやく開花するものだからです」
『戦い』と『闘い』は違う。
戦いとは、勝ち負けを決めるために争うことを意味する。
だからこそ絶対に勝たねばならない。
勝つためなら、どんなに汚い手段を用いたって構わない。
正々堂々と正面から挑むなど、頭の中に一面のお花畑が咲いているおめでたい人間か、平和ボケしたズブの素人がやることだ。
むしろ。
誰かを利用し、
一方。
闘いとは、どんな方法を使うかが肝心であって勝ち負けは二の次となる。
暗闘、苦闘、闘病など、困難な状況を乗り越える際に使う言葉であり、汚い手段を用いるかどうかで悩む必要はない。
到底、
◇
「
なぜ闘うことで開花すると思うのだ?」
「凛様の『使命』は……
荒木家に限らず、
「うむ」
「ただし。
その使命を果たすには極めて困難な状況でしょう?
大名である
摂津国を一つにするどころか、足元を治めることすら
「……」
「しかも。
荒木家にとって、凛様は『よそ者』に過ぎません」
「……」
「『この国をろくに知らない
などと厳しい言葉を浴びせられる可能性もあるでしょう」
「……」
「凛様は感情の起伏が激しい御方。
心無い言葉に深く傷付き、強い諦めの気持ちに
「よそ者であるために『外』との闘いを強いられ……
「はい。
光秀様。
この状況を打破するには、
国を一つにすることが目的であって、争いの種を撒くことが目的ではないからです」
「その通りだ。
誰かが
使命を果たすどころか、争いの種を
『
「辛抱強くあるためには……
こう考えることが大事だと思っています。
『どうして、そんな言葉を吐いてしまったのか?
相手が置かれている辛い環境が、そうさせているのか?
あるいは、単に知らないだけでは?
もっと分かりやすく説明してはどうだろう』
と」
「素晴らしい考え方ではないか!
阿国よ。
そうやって常に『相手の立場』になって考えていれば、結果として人々を一つにし、大きな成功を収めることができるはずだ」
「有難き幸せです。
光秀様」
「仮に『正しい』ことだとしても。
人々を一つにするどころか、争いを引き起こすだけの有害な存在でしかないのだからな」
「『正しさに
光秀様は
「ははは!
よく覚えているのう」
「正しさに
人は『成長』するものでしょう?」
「その通りだ!
この非常に困難な状況は、凛を成長させる絶好の機会[チャンス]となるに違いない」
「はい。
必ずや」
「強引な手段を用いてしまったが……
阿国よ。
そなたを我が家に迎えられて
「あ……
わたしも光秀様のお
阿国は光秀を正視できなくなった。
何か秘めたる想いを抱えているのだろうか?
「そなたが頼りだ。
凛を、よろしく頼む」
◇
「わたくしは……
ずっと探していました。
『人は、特別な存在なのでは?
何らかの意図を
銭[お金]を増やすこと、楽しむこと、有名になること、このことばかりを追求する生き方が、人らしい生き方であるはずがない!
そうならば……
わたしは、どんな生き方をすればいいの?』
と。
この答えはまだ見付かりません。
でも。
その前に……
わたくしは、父上の娘でしょう?」
「凛……」
「宿命には逆らえないのでしょう?」
「……」
「行きます」
覚悟を見せた愛娘に対して、光秀は一つの質問をする。
「では問おう。
そなたが闘うべき『
凛は、もっと敵を知り……
真の敵が誰なのかを正確に見分ける能力を身に着ける必要があるのだ。
「敵を知り、
父は2つのことを愛娘に教え始めた。
まず1つ目は……
『戦いの黒幕』という敵のこと。
そして2つ目は……
黒幕を生み出した『歴史』について。
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