頭上の魔王とバケツ①

『そういえば魔王、あなたどこにいるの?』


謁見の間の扉に向けて歩き出したナナは、素朴な疑問を呈した。

その問いにアイマーが少し不思議そうに答える。


『ふむ。死んで幽体化してからは移動もままならなかったのだが……

今は扉に向かって進んでおるな。我の意志に関係なく』


『ふーん。じゃあ一緒に来てくれるってこと?

幽霊だから見えないんだろうけど、今どのあたりにいるの?』


『すでに死んだ身だ。魔王としての役割も果たせぬ以上、共に行こうとは考えているが……ふむ。

今はちょうど、我に謁見に来た者達がひざまずく場所だ。

下を向けぬので正確ではないが、地面にひし形のマークがあるだろう。

その真上あたりだな』


ナナが下を向くと、ちょうどひし形の模様の上に立っていた。


『え……魔王? もしかして私たち全く同じ場所にいるんじゃ――?』


『おお、今ちょうど下が見えたんだが……はて、ほっそりとした足……先ほどの少女、お主か。

ナナの足が見えるのう』


『え? 今下を向いたって……ひっ⁉

そ、そういえばさっき頭を振った時に――』


直感的に不安にかられたナナは、突如ブンブンと頭を振り回す。


「ぬわわわわわぁあああ! き、急に世界が回るどうしたのだああ」


「ええぇえええええ⁉」


先程ナナが周囲を見回した時と同じように、アイマーが眩暈を起こした。

両者共に余裕がないのか【伝心】ではなくその叫びは声に出ている。

どうやら、ナナが頭を振り回すと、アイマーの目が回るようだ。


ナナはここで初めて違和感を持ち、おそるおそる頭に手を伸ばす。

その手が側頭部から頭頂部に移り――


「「き(ぎ)ゃあああああ」」


何かに触れたとたん、2人の口から悲鳴が迸る。


「な、な、なんか頭に首っぽいのが生えてるぅうううううう‼」


「だ、誰だ我の首筋をまさぐる奴はぁああああああ‼」


「え? ええ⁉ えええええ⁉

ちょ、ちょっと待って、魔王あなた…どーして私の頭の上にいるの⁉

幽霊じゃなかったの⁉」


最初はこわごわ触っていたナナだが、思い切って自らの頭部の上に生えたモノをべたべたと触り、形状を確かめる。


「イタッ『こ、こら、やめろ! そこは目だ! 指を突っ込むな!』」


ナナの指が魔王の目を直撃し、アイマーが悲鳴と共に【伝心】で苦言を呈した。

【伝心】はメッセージを一瞬で正確に伝えることができるため、口頭で一音ずつ発音するより圧倒的に伝達速度が速いのだ。

アイマーが意識してそうしたかどうかはわからないが、その内容は正確にナナに伝わった。


「い、嫌ぁあああああ!『イヤァアアア‼ 頭から魔王の頭が生えた上におじさんの粘液触っちゃったぁあああ‼ も、もうだめぇえええお嫁さんにいけないぃいいいい』」


ナナを先ほどまで襲っていた危機感とは違う、生理的に受け付けないというアレな感情。

読者の心の平穏のためにマイルドに表現すると、プリンを食べようとして口に入れたら茶碗蒸しだった時のような、唐突な嫌悪感や忌避感。

いや、実際にはそんな美味しいもので例えられる対象ではないが。

とにかくそれがアイマーにダイレクトに伝わり、そのハートを木っ端微塵にブレイクする。


『あっ、そんな攻め方あり? ……ぐはぁ』


アイマーは撃沈した。

メンタル面のダメージが致命傷となって。


『もうだめ人生ヲワタ……ごめんねお兄ちゃん(泣)』


ナナは人生を半ばあきらめてしまった。

だがそれも仕方がないだろう。

頭部からおじさんの頭部を生やした女子の未来など順調であるわけがない。

さらに意図せず両手の小指でアイマーの目をクリティカルヒットした結果、指がぬめぬめになってしまったのだ。

重体である。指と心が。


――少し沈黙が訪れた後、アイマーが復活した。


頭部だけでナナの頭頂部から生えていたことを知ったアイマーは、その状況を改めて見つめ直す。

それは千年以上生きて来た彼ですら、見たことも聞いたこともない現象だった。

当たり前である。

原則として人の頭は人の頭の上に生えたりしない。

原則といったが、例外でもありえない……はずだ。

原則として。


心的ダメージを残しつつも、アイマーはその好奇心を抑えられなかった。


『ぐふっ……しかし、まことか?

我、生まれて初めて他人の頭から頭部だけで生えるという経験をしたぞ!

もう死んでるが。

わ、わはははっこれは愉快』


一体これはどういう原理に基づく現象なのか。

そんなことをアイマーがぶつぶつと呟きながら推測し始めた時に、ようやく彼の宿主が目覚めた。


『これ絶対、隠した方がいいよね?

自分でも気味が悪いもん!

なんか無いかな…』


危篤状態からいきなり再起動したナナが、世間体を取り繕う方法を模索し始める。

その様子からは、頭から魔王が生えたことをすでに受け入れたことが伺える。

ナナは逆境の中で育ったことで、切り替えの速さに定評があるのだ。


『お、お主、それでよいのか? 他に気にすることがあるだろうに。

突然頭に生えた我が言うのもなんだが……メンタル強いなっ』


アイマーも二度見するレベルである。

首があることを認識したせいか、アイマーは首を曲げてある程度下を見ることが可能となったようだ。

一度肉体を失った彼が、首から上だけとは言え再度獲得した肉体。

それを駆使して最初に成し遂げた記念すべき行動が、ナナを二度見することでよかったのかどうか。

まあ本人が気にしていないからいいのだろう。


そんな密かに行われたアイマーの再誕記念をスルーして(集中しているので聞こえていない)、ナナは周りを見渡す。

すると、バケツのような容器が見つかった。


ちなみにアイマーが自らのポジションを理解したからなのか、ナナが頭部を巡らせているにもかかわらず彼は眩暈を起こさなかった。

その代わりというわけではないが、アイマーはナナの行動を慌てて止めようとする。


『あ、おいそれは‼』


ナナはそのバケツをよいしょっと持ち上げると、バケツを頭というかアイマーの頭部にすっぽり被せた。


『うん。よし!』


アイマーを隠して、くるりと一回りするナナ。

コックの帽子のごとく被ったバケツは、ミラクルフィットして落ちる気配もない。


『意外にイイ感じ! ねえ魔王、どう? 息苦しかったりする?』


『………』


ナナは思った以上に被り心地が良いバケツの装着感に満足しつつ、アイマーに様子を尋ねるが、返事がない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る