魔王との邂逅②
『我はアイマー。この魔族領を統べる魔王である。
ああ、さして礼儀にはこだわらぬ。
たとえお主が平民だとしても、かしこまらずともよい』
イケオジこと魔王が心の声でナナに語りかけてきた。
それはナナと魔王の邂逅から少し経って、両者共に少し落ち着いてからのことだった。
『ふ、ふーん(疑)
……え。なんか心の中? でイケオジの声が変なこと言いだした』
『変なこととは失礼なっ!』
アイマーと名乗る魔王は憤慨した。
彼の言葉をきょとんとしつつ思いっきり疑っている少女に対して。
彼が魔王と呼ばれるようになって長い月日が経っているが、その間ここまで失礼な態度をとられたことは無い。
しかし一応、混乱中に見える少女が聞き逃した可能性を考慮して、再度自らの立場を大きめの思念で告げる。
『それに我はただのイケてるおじさんボイスではない!
聞いて驚くがいい、我は、魔王であるぞ!』
アイマーは魔王という立場にあるが、意外に気さくで柔軟な人である。
平民が礼を失した程度で処罰するようなことはしない。
そして、イケてるおじさんという部分をさりげなく自然に肯定する、抜け目のなさも持ち合わせているナイスミドルだ。
『ぶふっ 二回言ったよこの人、あははは』
『伝わっておったではないかぁああああ』
アイマーの気配りはしかし、ナナの笑いを誘ってしまった。
危機的状況にあるはずのナナだが、敵意を感じずに話せるアイマーの登場に、思わずほっとして笑いのツボが絶賛拡大中である。
吹き出すナナに再度激高するアイマーだったが、そこは人生経験が違う。
魔王として長く君臨し続けたアイマーは、怒りの制御、つまりアンガーマネジメントにも長けていた。
『ま、まぁそうだろう。
いきなり魔王だと言われても信じられないのも無理はない。
むしろ普通の反応だ、うむ。
だがこれは本当だ。
我は魔王。
惑星ピラステアの魔族領を千年に渡り統べる、当代の魔王である』
アイマーはナナの心情を考慮し、寛大な心でその非礼を許した。
その上で少女でも理解できるように、自分がこの星の魔族領を長年統治してきた者、つまり魔王なんだよ、と丁寧に重ねて伝えた。
『え、何? ホントに魔王って言ったよねこのおじさん。
4回も! 4回ってアンタあはははっ
じ、自己アピールうふふふっ お、おなか、痛いひひひひっ
も、もう、んふふ、そんなもの実在するわけないじゃん!
千年っておじさん何歳なのよ、ぶふふっ
アレかな、中身が子供のまま大人になっちゃった痛い人かな。
それか、頭がおかしいか馬鹿か阿保か駄目な人だ!
――うん、やばい、笑ってる場合じゃない、やっぱり逃げないと!』
アイマーの配慮は再度、ナナによって笑い飛ばされる。
それもけっこう遠慮なく徹底的に。
だがそれも仕方がない。
ナナにとってはまだ命の危機の最中なのだ。
少しでも平静を保つために、無意識に物事を面白おかしく捉えてしまっている。
それで平静が保てているのかは微妙なところだが。
事実、律儀に魔王と名乗った回数を数えて笑っていたと思ったらやっぱり警戒したり、感情の変化がコロコロと忙しい。
しかし、当然のことだがアイマーは別にナナを笑わせたいわけではない。
『痛くも馬鹿でも阿呆でも駄目でもないわぁああああ!
それに中身も立派なイケオジじゃあああああ‼』
アイマーの迫力ある怒声がナナの脳内に響きわたる。
社会人や学生の皆さんはよくご存じだろう。
よくキレる親や上司や先生は、昨今のハラスメント撲滅教育を受け、アンガーマネジメントの自己啓発本を読んでいたりする。
彼らもこっそり努力を重ねていらっしゃるのだ。
すぐにその効果が現れるかは……まあ別として、長い目で見れば、世の中の怒声は減少傾向にあるはずだ。
とはいえ誰しも完璧ではない。
アイマーのように叫んでしまうこともあるだろう。
だがそこは千年も魔王をやっている彼である。
その円熟された誤魔化しの技術は、薄っぺらな付け焼刃とは一味も二味も違う。
『まあツッコミは置いておくとして、少し想定外の反応だな。
魔王という存在そのものに疑念を抱いているのか?
だが魔王という概念は通じている?
……まあ良い。
まだ精神が幼いゆえに、魔王の偉大さを知らぬのであろう。
あるいは魔族を知らない遠方の土地の生まれなのかもしれぬな。
そんな国があるなど聞いたことがないが』
いつものクセで世間体を気にしたアイマーは、怒声はあくまでツッコミだったというセコイ言い訳を瞬時に用意する。
そして話を切り替え、何事もなかったかのように、マジメな考察に移る。
一方ナナは、少ない情報から的確に推測を進めるイケオジボイスを聞き流しつつ、部屋の扉に決意を込めた目を向けていた。
いつでも走り出せるよう、やけにキレのいいダッシュポーズをとって。
『それにしても……お主。
初対面の相手、しかも年配に対してさすがに失礼であろう。
我が魔王であるのは本当だ。
魔王がいるかだと?
いるに決まっておろうが。
魔王がおらねば誰が魔族領を率いるのだ!
お主が困っておるようだから、人が親切にこの場所を教えてやったのに、恩を仇で返しよって』
そうまで言われてナナも少し気まずくなり、逃げようとしていた姿勢をなんとなく元に戻す。
『そ、それは……うん、そうね、ごめんなさい。
でも、失礼というならあなたも姿を見せなさいよ!
隠れて声だけかけるなんて、怪しまれても仕方ないじゃない!
突然隠れて話しかけてきたおじさんに『私、魔王です』なんて言われて信じられると思う?
それになんで私の心を読んでいるの?
やめてほしいんだけど!』
それはそうだ、とアイマーも納得する。
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