魔王との邂逅①

意識がゆっくり覚醒する。

何故か、立ったまま寝ていたようだ。

自分はそんな器用なことできただろうかとナナは首を傾げ、夢の続きを見ているように、ぼんやりと思考する。

そういえば、先程まで傍にいたはずの兄が見当たらない。

はぐれてしまったのだろうか。


しかし次の瞬間には兄と自分を襲った出来事のことは思い出せなくなった。

そしてナナの思考は、自らが置かれた状況の認識に移る。


(――ここ、どこ?)


周囲を見回して愕然とする。


(え? どこなの??)


ナナは体育館ぐらいある広い部屋の、少し高くなった場所に立っていた。

真っ暗、というわけでもないが薄暗い。

灯りの色が青白くて光が弱いせいか、ほとんど照明として機能していない。

天井と壁は紫色を基調としたデザインで、うねうねとした彫刻が彫られており、床は黒く光っている。

禍々しい。

ここのデザインを担当した人のセンスが望ましくない方向にぶっ飛んでいることがわかる。


だがデザイナーが意図していない部分もあるようだ。

というのも、大爆発でも起きたみたいに、部屋の半分――ナナが立っている側が滅茶苦茶に破損し、焼けただれているのだ。


(ここで火事でもあったのかな。……ん? 火事? ……頭が痛い。

そうだ、何か、すごく、大変なことが…あったんだっけ?

なんで、こんなところにいるんだろう。

まさか誘拐⁉

まって、落ち着いて……たしか今日は授業参観で――ううっ頭が痛い。

だめ、思い出せない。

もし誘拐だとしたら……何か変なクスリでも……

い、嫌ぁあああっ! 怖い帰りたい!)


ナナは恐怖に苛まれた。

脳裏を誘拐事件のニュース映像がよぎり、不安を掻き立てる。

ナナは慌てて辺りの人気を探ったが、見える範囲には誰もいないようだった。

それどこか、部屋の入口にある扉は開け放たれている。


(いや、誘拐しておいて不用心でしょ!)


ナナは思わず誘拐犯の詰めの甘さを指摘した。

そしてそんな自分の発想が面白くて、ついつい脳内で反応してしまう。


(いやいや、誘拐されておいて不用心も何もアンタ(笑))


ナナは自分にツッコミを入れることで少し気分が高揚した。

ついでに持ち前の切り替えの早さを発揮して、気分を落ち着かせる。


少し待ってすっかり落ち着いたナナは、ここに来る前に何をしていたか、何が原因でここに来たのかを整理することにした。


その場で仁王立ちし、腕を組んでうんうん唸りながら考える。


そういえば目覚める前に、すごく重要な夢を見ていた気がする。

しかしどんな内容の夢だったかを思い出そうとするも、やはり思い出せない。


重要なことではあるが――思い出せないのなら考えていても仕方がない。

そう判断したナナは、原点に立ち返ることにした。


(うん、話を戻そう。私、まだ立ったまま寝てるのかもしれない!)


……ナナの原点は、原点から少しマイナス方向にズレた座標にあった。


(ということは、これはもしかして夢?

夢の中で夢であることを自覚できたことはないけど、これが初めてのその状態なのかもしれない。

うん、よし、こういうときはぁ……こうだぁああああ!)


再出発地点がズレたため、その後の思考も愉快なことになったナナ。

そのまま遠慮なく握力を全開にして、引きちぎる勢いで頬をつねった。


(いったぁああああああい(泣)!)


夢だと確信し、最初から全力を注いだ結果、思いのほか相当に痛い。


……一つ救いがあったとすれば、頬を引きちぎるには握力が不足しており、頬がほんのり赤くなっただけという微笑ましい程度の影響しか与えられなかったことだろう。


とはいえ、人が感じる痛みの強さは十人十色である。

信じられないほど痛む頬をおさえ涙目になったナナは、認めたくはないが夢ではないと確信した。


(ううう、頭もまだ痛いのに、ひどいよ)


全くの自業自得である。


(でも……痛みのせいで落ち着いてきた。うん、良いこともあった♪)


頬をつねる前も落ち着いていたことには気づかず、満足するナナ。

いいことに目を向けるナナの幸福度は、日々けっこう高いのである。


(とりあえず、うちに帰らないとだよね。

お兄ちゃんが心配してる!)


ようやく次の行動に思考を巡らせたその時、《ポンッ!》と何かが飛び出すような音がした。

ナナはサッと辺りを見回すが、相変わらず誰もおらず、何かが動いた形跡もない。


『む? め、目眩が……我はどうなったのだ。

光る少女に吸い寄せられてそれから……?』


唐突に、渋い、実に渋いイケオジの声が脳内に響く。

いや、声だけなのでイケてるオジサンなのかはわからないが、ナナは印象だけでそう決めつけた。


『相変わらず身体は動かんが……謁見の間だな。

爆発の余波で塵が舞っているということは、あれからあまり時間は経っていないようだ』


そんなナナに構わず、イケオジは考察を続けているようだ。


問題は、イケオジが誘拐犯なのか、ナナと同じ誘拐された側なのかということだ。

後者であれば頼もしいが、前者であれば見つかりたくない。


『隠れなきゃ!

まだここがどこかわかってないし、敵か味方かもわからない。

見つかる前に隠れなきゃ!』


『む? 先ほどの少女の声か? 目覚めたのだろうか。

ふむ。転移してきたように見えたが……どうやら意図してここに来たわけでは無いようだ。

まずは安心させてやろう』


隠れる間もなく、イケオジはナナの存在に気づく。


『⁉ バレた⁉ なんで⁉ 声は出してないのに!』


車の前に飛び出した猫のように、ビクリとナナは硬直する。


「落ち着くがいい。まずは安全だ。ここは我の城だ」


ここでイケオジが初めて口を開く。

そう、これまでの声は全て脳内に直接届いていた。

後にわかることだが、イケオジとナナの間でスキル【伝心】による一種のテレパシーのような会話が成立していた。


スキル【伝心】は、伝えたいメッセージとともに、その時の感情も包み隠さず瞬時に伝える能力である。

伝えたくないと判断する内容は届かない。

一見便利そうだが、感情が正確に届いてしまうのがやっかいである。

隠していることや嘘をついていることは、なんとなく伝わってしまうのだ。

そのため、使い道がないハズレスキルとされている。


とはいえ、動転しているナナは気づかない。

突如使えるようになってしまった【伝心】スキルをONにしたまま、思考をイケオジに向かって垂れ流す。


『この場所の持ち主っていうことは……っ‼

誘拐犯だぁあああああ‼ か、隠れなきゃ!

もう嫌ぁああ、ここどこなのよぉ!

怖いよ帰りたいよぉ‼』


混乱する思考と共に、半ば恐慌状態になりながらも、ナナは隠れる場所を探してキョロキョロする。


ところが。


『う、うぉおおおっ、なななんだぁああ、目が回るぅうう!』


ナナが誘拐犯だと断定したイケオジから、突如悲鳴のような思考が【伝心】で伝わって来た。

言葉だけでなく、本当に慌てていることも不思議と理解できる。


「え?」


ナナはイケオジの思考に驚き、思わずピタッと動きを止めた。


『と、止まった…うぷっ』


ナナの動きが止まった直後、慌てていたイケオジから安堵が伝わって来た。


迷惑なことに、少し吐き気も添えて。



    ◇

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