第96話 神様とエレオノール②

「してしまいました……」


 私の横、ベッドの上で横になっているエレオノールが、僅かな後悔を滲ませた呟きを漏らす。その姿は、力無く呆然としており、なんだか哀愁を漂わせている。首筋や胸、脚の付け根には無数のキスマークが付けられ、その瞳には光が無く、涙の痕が走っていた。まるで、望まぬ酷いことを無理矢理された後のようなありさまだ。


 しかし、私は知っている。これはエレオノールが望んだことでもあるのだ。エレオノールは、口では「ダメ」と言いつつも、私を拒絶することは無かった。


 私の、ルーの体は小さく脆弱だ。エレオノールとは体格差も力の差もある。エレオノールが本気で拒めば、私などすぐに撃退できただろう。しかし、そうはならなかった。


 エレオノールは、「ダメです」「いけません」とは言っても「止めて」とはついに口に出さなかった。私は、それをエレオノールの了承を受け取って彼女を抱いたわけだが……。


「嫌だったか?」

「いえ…流されてしまった、わたくしが悪いのです……」


 そう、力無く呟くエレオノール。


「では、後悔しているのか?」


 私は、エレオノールを彼女の意思に反して無理矢理手籠めにしてしまったのだろうか?


「後悔は……どうでしょう。でも、遅かれ早かれこうなっていたのだと思います」


 そう言って、エレオノールは上体を起こして私の方を向く。気力が回復したのか、意思を取り戻したのか、その顔は先程の呆然とした表情とは打って変わっていた。その瞳は光を取り戻し、なにか決意のような、強い意思を感じさせた。


「ルー…」

「なんだ?」


 エレオノールの瞳が揺れる。それはまるで、エレオノールの今の心情を表しているかのように見えた。


「ルー」


 エレオノールが再び私の名を呼ぶ。その瞳は、迷いを振りきったように私の目を正面から見据えていた。


「ルー、わたくしは…貴女を愛しています」

「私もエレオノールのことを愛しているよ」


 エレオノールの口から、ついに愛を告げられ、私の心は舞い上がった。もう空を飛んでいる心地だ。無いとは思ったが、エレオノールを手籠めにしたわけではないと分かってホッとする気持ちもあった。


 しかし、私の心情とは裏腹に、エレオノールは顔をクシャッとさせて、今にも泣きだしそうな悲しげな表情を見せる。エレオノールの空を思わせる青い瞳が、再び涙で潤み、揺れる。


「違う…。違うのです、ルー」


 エレオノールがゆるゆると首を横に振る。


「わたくしの愛と、貴女の愛は違うのです……」


 愛にも様々な形がある。むしろ、まったく同じ形の愛を探す方が難しいまである。それぐらい、人の数だけ愛の形があると言ってもいい。エレオノールは何が言いたいんだ?


「………」


 私はエレオノールの真意が知りたくて、あえて口を噤んだ。彼女を急かすことなく、彼女の話に耳を傾ける。エレオノールが、納得できる言葉を見つけるまで、いくらでも待つつもりだ。


「ルー…。わたくしは貴女を……貴女だけを愛しています。貴女にも、わたくしを、わたくしだけを愛してほしいのです」


 エレオノールの言葉を聞き、私は納得する。エレオノールは一途なのだ。そして、相手にも一途であることを求めている。エレオノールの思いは、普通のものだ。むしろ、ハーレムなんて築いている私たちの方が少数派である。しかし……。


「それは……」

「分かっています。無理…ですよね……」


 私の言葉を遮って、エレオノールは悲しげな笑みを浮かべて言う。


 エレオノールの言うように、私にとって、それは無理な相談だ。今更ディアネット、ミレイユ、リリムを捨ててエレオノールだけを愛することなんて、私にはできない。


「エル……」

「いいんです。無理なのは分かっていましたから……。でも、まさかハーレムなんて……」


 お互いの一途な愛を求めるエレオノールにとって、私たちがハーレムを築くことは予想外のことだったのだろう。恋愛における不意打ちを受けたと言ってもいいかもしれない。


「貴女を振り向かせようと、いろいろと考えたのですけど……1対3では、さすがに勝てません……」


 両手を上げて降参のポーズを取ってお道化てみせるエレオノール。しかし、そんな悲しそうな笑みを浮かべたままでは、見ていて痛々しいだけだ。


 エレオノールは何かを断ち切るようにその瞳を閉じる。その拍子に、ついに涙が目の端から一筋流れた。


 エレオノールが瞳を開く。その瞳に迷いは見えない。何かを決心したような真剣な顔だ。


「ルー、わたくしを貴女のハーレムに入れてください」


 ……いいのだろうか?


 先程、エレオノールの本心を聞いたばかりだ。彼女は私との1対1の恋愛を望んでいる。ハーレムという形の恋愛は、エレオノールにとって不本意なものだろう。無論、私にとってエレオノールのハーレム加入は喜ばしいものだ。しかし、それが結果的にエレオノールを悲しませることに繋がってしまうなら、私はエレオノールのハーレム加入を拒否した方が良いのではないだろうか?


「……いいのか?」


 そして私は、エレオノールの答えを知っていながら彼女の意思に任せるという、ある意味狡い選択をする。エレオノールの人生を、私が勝手に判断するべきではないという思いもあったし、彼女の意思を尊重しようという思いもあった。


 それに、できる限りエレオノールを幸せにしようと思った。


「はい。不束者ですが、どうかよろしくお願いします」


 そう言って、エレオノールが綺麗な笑顔を見せる。なんだか久しぶりにエレオノールの笑顔を見た気がする。それがなんだか無性に嬉しい。


「幸せにするから」


 私は決意を込めて宣言する。未来は、神である私にも分からない。でも、エレオノールが笑っていられる未来にしたい。


「逆です。わたくしが貴女を幸せにするんです。わたくし無しじゃ生きていけない体にしちゃうんですから」


 エレオノールはそう言って不敵な笑みを見せた。

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