第77話 神様と第十四階層

「前、敵…!」


 おなじみとなったディアネットの報告に、私は背中の矢筒から矢を取り出し、弓に番えた。石の通路は15メートル程前方で左に直角に折れ曲がっている。敵が現れるとしたら、その曲がり角からだろう。


「近い…」


 ディアネットが呟く。もうすぐ敵が曲道から姿を現す。私は弓を引き絞り、その時を待つ。


 敵はほどなくして現れた。緑色の肌をした私と同程度の小柄な体躯。ゴブリンだ。私は、ゴブリンが現れると同時に矢を放つ。


 ブンッと弦が空気を切り裂く音と共に、矢がゴブリンへと走る。矢は狙い通りゴブリンの側頭部に命中し、ゴブリンはボフンッと煙となって消えた。即死だ。


 しかし、安堵していられない。ゴブリンはたいてい冒険者のパーティのように集団で行動している。まだ仲間が居るはずだ。戦闘は終わりじゃない。むしろ今からが始まりだ。私は背中へと右手を伸ばし、矢を掴む。


 私の予想を肯定するように、曲がり角から次々とゴブリンが現れる。その数5体。ゴブリンたちは、仲間の死に怖気づく様子も見せず、一直線にこちらに駆けて来る。


「やぁああああああああ!」


 迫りくるゴブリンを迎え撃つように、エレオノールが凛々しい喊声をあげる。味方を、そして自分を鼓舞するためのウォークライだ。だが、そこにはもう1つの意味がある。彼女は声を上げて、敵の注意を自分に引き付けているのだ。彼女は聖騎士。このパーティの守りの要だ。彼女が敵の注意を引き、あえて敵の的になることで、他の味方が自由に動けるのである。


 迫る5体のゴブリンの内1体が、足を止める。まるでエレオノールのウォークライに怯えたかようだが、違う。足を止めたゴブリンは、手に持っていた弓を構える。ゴブリンアーチャー!


 ゴブリンアーチャーの存在を確認した瞬間、私は急いで次の矢を弓に番える。あれは可能な限り早く潰さないといけない。エレオノールやリリムが、ゴブリンとの戦闘中に狙撃されては厄介だ。いや、それ以上に厄介なのは、ミレイユやディアネットが狙われることである。彼女たちは、ろくに防具を着けていないのだ。矢傷は深手になりやすい。最悪の場合、一矢で致命傷ということもありえる。


 私は、ゴブリンアーチャーに向けて矢を放つ。しかし、その矢がゴブリンアーチャーを射抜く直前に、ゴブリンアーチャーが矢を放つ。狙いは…エレオノール!


「エル!」

「ッ!?」


 ドスッ!


 鈍い音を立て、矢が盾に突き刺さる。エレオノールはギリギリで矢の存在に気付いた。顔に迫る矢を盾でなんとか防ぐことに成功した。だが……。


「GAAAAAAAA!」


 迫るゴブリンとの戦端が開かれようという瞬間に、決定的な隙を晒してしまった。顔を自分の盾で覆ったことで矢を防ぐことはできたが、同時に自分の視界も閉ざしてしまったのだ。盾を上げ、がら空きとなったエレオノールの下半身に、ゴブリンたちの攻撃が殺到する。


「てりゃぁあああ!」


 エレオノールへと攻撃を仕掛けるゴブリンの機先を制してリリムの槍が走る。リリムの槍がゴブリンのわき腹を穿ち、その身を煙へと変えた。しかし、ゴブリンはまだ3体も健在だ。ゴブリンたちの剣がエレオノールへと届く。


「くっ…!」


 エレオノールは一度後ろに跳び退くことで被害を最小限に抑えた。一度仕切り直した形だ。ゴブリンたちは追撃しようとエレオノールへと迫る。


「Gッ!?」


 追撃に動こうとしたゴブリンの内、一番後ろに居たゴブリンが、突然首から煙を噴き出して倒れる。私の仕業だ。


 私もただ戦況を眺めていたわけではない。ゴブリンたちの注意が、エレオノールへと向いていることを確認した私は、静かに、しかし素早くゴブリンたちの背後に回ったのだ。そして、一番後ろに居たゴブリンの首を短剣で掻き斬ったのだ。これで残すゴブリンはあと2体。


 残った2体のゴブリンは、尚もエレオノールへの追撃に動いた。ダンジョンのモンスターは、まるで死兵だ。降伏や逃げるということを知らない。


「はあ!」


 エレオノールはゴブリンたちの追撃に対して、前に出ることを選んだ。片方のゴブリンの剣を盾で受け止め、もう片方のゴブリンの喉へと突きを放つ。これで残るは、剣を盾で受け止められ、死に体となったゴブリン1体のみだ。


「ていっ!」


 最後はリリムが決めた。百足を模った槍が走り、ゴブリンを革鎧ごと貫く。ゴブリンの体が浮き上がるほどの強烈な一撃だ。


 最後のゴブリンが煙となって消え、フッと弛緩した空気が流れる。


「ディア、敵は?」

「居ない…」


 ディアネットの返答にようやく肩の力を抜けた。まったく、ディアネットの持つ地図の宝具は有能だな。これさえあれば奇襲を受ける心配はない。


「おつかれちゃーん!」

「お疲れ様です」

「エルー!」


 ミレイユが慌てた様子でエレオノールへと駆け寄る。その顔は真剣そのものだ。


「大丈夫?斬られたように見えたけど、傷は?」

「大丈夫です。服が防いでくれました。傷はありません。打ち身程度でしょうか」


 そう言ってミレイユを落ち着けるエレオノール。


 エレオノールの服は、細い鉄線が編み込まれた防刃性の服らしい。チェインメイル程ではないだろうが、そこそこ防御力があるようだ。


「一応回復しておきましょ『神よ、この者に癒しを賜らんことを』」

「ありがとうございます、ミレイユ」


 ミレイユが跪いて神へと奇跡を乞う。ミレイユの真摯な祈りに、エレオノールの体が優しい淡い緑の光に包まれた。なんだか久しぶりに見る光景だな。思えば私たちは、これまで大した怪我も無く進んでこられた。今回負った怪我は、軽度とはいえ久しぶりに負った怪我だ。戦略を見直すほどではないが、これは反省会の必要があるかもな……。

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