第70話 神様と勘違い男
私たち【赤の女王】は、ダンジョンの第十三階層を攻略し、冒険者ギルドに来ていた。いつもより早い時間だからか、冒険者の数は比較的少ないが、それでも併設された食堂の席は半分埋まり、カウンターには多くの冒険者が列を成している。冒険者ギルドは今日も喧しいくらい盛況だ。
私たちは、いつも通り空いているアッガイのカウンターへと並んだ。アッガイは仕事が丁寧で意外と面倒見がよくて良い奴なんだが……さすがに美人の受付嬢たちに比べると、人気は劣ってしまうらしい。いつもアッガイのカウンターだけ妙に空いているのだ。
私たちは談笑しながら順番を待っていると……。
「ねぇ、あいつまた来たわよ」
「げー…」
ミレイユとリリムのうんざりした声が聞こえた。2人の視線を追うと、こちらに近づいてくる人影が見える。背の高い細身の若い男だ。燃えるような赤髪に、深紅の軽装鎧という派手な格好をしているのが特徴だ。その意志の強そうな光を放つ赤い瞳は、間違いなく私たちをロックオンしている。
「よお、待ってたぜ」
男が馴れ馴れしく声を掛けてくる。だが、私たちは男の言葉を無視をした。
「……つれない女たちだ」
男は苦笑を浮かべ、懐から袋を取り出す。
「約束の金貨30枚だ。確認してみろ」
男は、ジャラリと音を上げる袋を、近くに居たエレオノールに押し付けるように差し出した。
「はぁ……」
エレオノールが珍しく疲れたような表情を浮かべ、男の方を向く。
「たしか……レックスさんでしたか?」
「そうだ」
「何度もお伝えしたように、わたくしたちはマジックバッグを手放すつもりはありません。諦めてください」
マジックバッグを欲する冒険者は大勢居た。そのほとんどは、こちらに売る意志が無いことを確認すると諦めてくれたのだが、中には諦めの悪い冒険者も居る。レックスは、その中でも一番厄介と言っていい冒険者だ。
ちなみに、レックスの中では何か約束したことになっているようだが、彼とはなにも約束した事実は無い。彼は……思い込みが激しいのだ。
「はぁ……やれやれだ」
今度はレックスがため息を吐いて首を横に振った。なんだかすごく気に障る仕草だ。
「いいか?オレたちは、ダンジョンの十七階層を攻略中だ。お前たちはまだ十二とかだろ?つまり、オレたちの方が優秀な冒険者だ。マジックバッグなんて有能な道具はな、優秀な冒険者が使って初めて意味があるんだよ。分かるか?」
さも非常識な者に常識を説いているかのように語ってみせるレックス。なんでこんなに上から目線なのかは謎だ。
「なんと言われようと、マジックバッグを売るつもりはありません。諦めてください」
エレオノールが疲れたように首を振って繰り返す。このやりとり、これで何回目だ?少なくとも10回は見たぞ。
「まったく、困った奴らだ……。だがな、お前たちがマジックバッグを手放したくない気持ちも分かる」
「「「え!?」」」
ここにきて新展開だ。もしかして、ようやく諦めてくれるのだろうか?
「だからな、お前らオレのパーティに入れよ」
「…はい?」
コイツはいきなり何を言ってるんだ?
「マジックバッグごとお前らの面倒を見てやるって言ってるんだ。足手まといが増えるのは面倒だが、仕方ない。手取り足取り鍛えてやるよ。パーティに入るなら、オレの女にしてやってもいいぜ?嬉しいだろ?なにせオレはいずれ貴族になる男だからな」
すごいこと言い出したな。もうどこからツッコミを入れればいいのか分からないほどだ。こちらのことを見下しすぎだし、こちらの気持ちを無視した一方的な決めつけ、そして貴族になれるという根拠無き自信。レックスはすごい自信家なのだ。
たしかに、優秀な人材を国に取り込む為に、優れた冒険者は叙爵されることもあるが、そんなことは稀な話だ。レックスがその例に当てはまるとはとても思えないが、レックス本人にとっては、確定した未来なのだろう。
ここまでくると、怒りよりも呆れが先にきてしまうな。しかし、レックスの得意げな顔を見るに、たぶん彼は本気で言っている。
「貴方は何を言って……」
レックスのあまりにこちらをバカにした話に、エレオノールの声がムッとした声を出す。しかし、レックスは片手を上げてエレオノールの言葉を制すと、平然の言ってのける。
「ああ言わなくても分かってる。本当にオレの女になれるのか不安なんだろ?オレは嘘は吐かない。今夜、全員抱いてやってもいいぜ?」
「今すぐ消えなさい。不愉快です」
「そうよそうよ」
「ほんとウザイ」
「気持ち悪い…」
【赤の女王】の面々からの罵声に、レックスは肩を竦めて言う。
「照れなくてもいいのに。女はもっと素直な方がかわいげがあるぜ?」
コイツヤバイなぁ……。会話ができてることが不思議なくらい言葉が通じない。
その後も、アッガイに呼ばれるまでレックスに絡まれ続けた。レックスは人の話を聞かないからね。なんと言って拒んでも絡み続けてくる。その後、皆のイライラをケアするのに苦労したよ。とほほ……。
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