第69話 神様と第十二階層②

「階層ボスは、剣と盾を持ったホブゴブリンが3体です」


 エレオノールの涼やかな凛とした声が、石造りの通路に響いた。私たちの前には、赤に金の装飾が施された大きな両開きの扉がある。ここはダンジョンの第十二階層。階層ボスの部屋の前だ。これから私たちは、階層ボスに挑戦するところである。


 ダンジョンについて、特に階層ボスについては、事前に情報収集している。情報源については、冒険者ギルドによって纏められた本を読んだり、アリスたち初代【赤の女王】が残した手記なんかを参考にしている。特に、冒険者ギルドによって纏められたダンジョンについての本は、冒険者ならば誰でも無料で見ることができるので重宝している。


「わたくしが右のホブゴブリンを、リリムは左のホブゴブリンをお願いします」

「あいよー」


 その情報を元に、こうして作戦を練ることができるのは、ありがたい。作戦自体は、事前に決めてあるので、今はその最終確認だ。


「残った中央のホブゴブリンの相手は、ルーとディアにお願いします。ミレイユは、皆の援護を」

「うむ」

「分かった…」

「任せなさい」


 私の両隣りを占めるディアネットとミレイユが頷く。2人とも、私と付き合い始めてから、私の近くに居ることが多くなった。ボディタッチも増えたな。今もミレイユが私の腕に抱きついている。普通なら腕に胸の柔らかさを感じるはずだが……ミレイユには無いものだ。


 ミレイユの指が、私の指に絡まり、キュッと握ってくる。俗に恋人繋ぎと言われるやつだ。ミレイユの手は、スベスベで柔らかくて手触りが良い。私もミレイユの手をキュッと握り返すと、ミレイユもキュッキュッと返してくる。


 それを見て羨ましくなったのか、ディアネットが私の背後に回って、後ろから抱きしめてくる。後頭部にふかふかの胸が当たって気持ちが良い。私はディアネットに体を預けると、ディアネットが優しく受け止めてくれる。


「中央のホブゴブリンを倒した後、ルーとディアは、リリムの援護に回ってください。わたくしへの応援は最後で構いません」

「よろしくねー」

「うむ」

「分かった…」

「こんなところでしょうか?他に何かありますか?」

「はいはいはーい!」


 エレオノールの問いかけに、リリムが勢いよく手を上げる。手を上げるだけじゃ足りなかったのか、小さくジャンプまでしていた。リリムの腰のピンクのパレオがヒラヒラと揺れる様は目にも楽しい。


「あーしがいっちゃん最初に倒しちゃったらどうすんの?」

「その場合は、中央のホブゴブリンを倒すことを優先してください。いずれにしても、わたくしへの援護は最後で構いません」

「ういういー」

「他には何かありますか?……無さそうですね。では、いきましょうか」


 私たちは、エレオノールに続いて階層ボスの部屋への扉を潜るのだった。



 ◇



「燃やして…!」


 気だるげな、しかし確かな意思を孕んだディアネットの呟きに、ホブゴブリンは爆炎に包まれる。


 爆炎の衝撃に晒され、一瞬にして火だるまとなったホブゴブリンは、声も無くその体勢を崩した。


「ていッ!」


 それを好機と見たリリムが、ホブゴブリンの背後から襲いかかる。リリムの槍が、ホブゴブリンの背中へと突き立てられた。


 リリムの槍を受けたホブゴブリンは、その身をビクリと震わせると、ボフンと白い煙となって消えた。私は、念のために構えていた弓を下ろし、矢を背中の矢筒へと戻す。今倒したのが最後の敵だ。


「しゃっ!いっちょあがりー。お!宝箱あるじゃん!」


 ホブゴブリンに止めを刺したリリムが、突き出していた槍を引き、クルリと回して軽くステップを踏む。相変わらず、リリムは陽気な女だな。見ているだけで元気になれる気がする。


 リリムの言うように、ホブゴブリンが煙となって消えた跡には、大きめの宝箱が鎮座していた。ボスドロップだ。運が良いな。


「よいしょっと」


 そう言ってリリムが宝箱を開ける。ボスドロップの宝箱には、鍵も掛かっていなければ罠も無いというのが通説だ。今回も通説通り、鍵が掛かっていなかったようだ。


「うーん……」


 宝箱を開けたリリムが、中を見て唸る。


「どうしたんだ?」

「これ見てよ」


 リリムが宝箱から何かを取り出す。けっこう大きい細長いシルエットだ。


「ボスドロップがコレって、しけてない?」


 リリムが宝箱から取り出したのは、大きめの長剣だった。大剣と言うには小さく、長剣にしては大きいなんとも中途半端な大きさの剣だ。しかも、剣には茶色く錆が浮いており、刃もボロボロ。研ぎ直して使うより、鋳潰した方が手っ取り早そうな状態だ。一応鉄製なので売れはするだろうが、あまり儲けは期待できないな。


 儲けが期待できないボスドロップに、皆が肩を落とした。


「しょげていても仕方ありません。次に期待しましょう。次は第十三階層ですよ」

「そだねー」


 エレオノールの言葉の通り、次は第十三階層を攻略するつもりだ。以前話していた、第十階層を周回して活動資金を集める計画は、無しになった。活動資金のメドが立ったのだ。


 実は、私が手持ちの金貨500枚をパーティの活動資金としてぶち込んだのだ。第十階層を周回することが面倒に感じたのが理由だ。そんなところで足踏みしてダンジョンの攻略速度が鈍るより、さっさと先に進んでしまいたかったのだ。


 私としては、あげるつもりだったのだが、さすがに金貨500枚も貰えないと言われ、貸与たいよという形になった。元々あげるつもりだったし、これは返ってこなくてもいいかなっと思っている。


「でもその前に、まずは腹ごしらえですね」


 そう言われれば、たしかに腹が減ったな。太陽の見えない石造りの迷宮なので時間感覚が狂いがちだが、腹の減り具合をみるに、たぶん今は昼を過ぎたくらいだと思う。


「丁度良いので、ここでご飯を頂きましょう」

「うむ」

「さんせー」


 階層ボスの部屋は、ボス以外にモンスターが出現しない。ボスさえ倒してしまえば、安全な休憩エリアに早変わりだ。


 さて、今日は何を食べようか……。


 ミレイユのマジックバッグに入っている料理の数々を思い出しながら、クーっと鳴るお腹を撫でてやった。

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