第53話 神様と第十一階層④

 両開きの扉の向こう。ボス部屋は、石の大部屋となっていた。壁や床、天井もこれまでの通路と同じように、同じ大きさの長方形の石が、隙間無く綺麗に組まれている。光源となるものが見当たらないというのに、部屋の中は明るい。壁や床、天井に敷き詰められた石が淡く光っているためだ。


 その広い空間の中央に、二つの影がある。どちらも大きい人影だ。【赤の女王】の誰よりも大きい。成人男性と同じくらいあるだろう。がっしりとした緑の体躯を持つゴブリン。さしずめホブゴブリン、もしくはハイゴブリンと言ったところだろう。その手には、錆びの浮いた長剣が握られているのが見える。


 ゴブリンたちは、私たちの侵入に気が付くと、すぐさま駆けて来る。彼我の距離は15メートル程。すぐに詰められる距離だ。まごついている時間は無い。


「わたくしは右を!」


 そう言ってエレオノールが右のホブゴブリンへと駆け出す。その後ろをリリムが赤いポニーテールを靡かせて追って行く。


 私は弓を構えて、左のホブゴブリンを狙い撃つ。


 エレオノールの指示は明らかに少ないが、私たちの動きに戸惑いはない。事前に階層ボスが2体のホブゴブリンだと知っていたからだ。


 第十一階層は、私たちにとって未知のエリア。そのため、休日を利用して事前に冒険者ギルドで情報収集をしていた。冒険者ギルドには、各階層の情報について纏められた本がいくつもある。冒険者は、それを無料で読むことができるのだ。


 情報が無料で手に入るとは、驚きだったな。だが、そのおかげで、私たちは事前に階層ボスの攻略について話し合うことができた。だからその行動に迷いはない。


「AGA!?」


 私の放った矢は、左のホブゴブリンのひざに命中。膝に矢を受けたホブゴブリンは転倒し、ダンジョンの床を転がった。


 弓を持つ私の仕事は、先々攻撃で敵の数を減らすことだ。倒せればベストだが、私の持つ短弓ではホブゴブリンを一矢で仕留めるには威力不足。そこで、次善の策として、ホブゴブリンの動きを封じることにした。これで前衛陣はホブゴブリンを2体同時に相手をする必要は無くなった。私も最低限の仕事は果たしたといえる。


 床に転がったホブゴブリンは、両手を床に着き、立ち上がろうとするが、ひざのダメージからか、うまく立ち上がれないようだ。


「燃やして…!」


 うずくまるような姿勢で固まったホブゴブリンに、更に追撃が襲い掛かる。ディアネットの爆炎の魔法だ。


 ディアネットが腕を上げてホブゴブリンを指し示すと、ホブゴブリンが爆発と同時に炎に包まれる。ホブゴブリンの断末魔をも飲み込む業火だ。業火は、まるで柱の様に立ち上がり、その全てを焼き尽くす。


「やぁあああ!」


 炎の柱にオレンジ色に照らされたボス部屋の中を、エレオノールが疾走する。ホブゴブリンは、もう1体残っている。


 エレオノールの後ろには、リリムが追走している。姿勢を低くし、エレオノールの影に隠れる形だ。


 対するホブゴブリンは、仲間の惨状にも目もくれず、エレオノールへと駆けて来る。そして、ついに両者が激突する。


「GaAAA!」


 先手を取ったのはホブゴブリンだ。ホブゴブリンの方が身体が大きく、また握っている長剣もエレオノールの持つ長剣よりも大きい物だ。その分、ホブゴブリンの間合いは長い。先手を取られるのは痛いが、仕方がない。


 ホブゴブリンは、剣を横に構えると、水平に横薙ぎを繰り出す。エレオノールの胸の高さで右から左へ駆ける斬撃だ。エレオノールは左手に盾を持っている。右からの攻撃を盾で受ければ、自分の盾が邪魔で右手の剣を振るえない。ホブゴブリンは、知ってか知らずか、エレオノールに対して最適な攻撃を選択したといえる。


 右から迫るホブゴブリンの剣に対して、エレオノールは盾を構えなかった。右手の剣で受けるつもりか?だが……勢いに乗ったホブゴブリンの斬撃を、右手一本で止められるだろうか?


 エレオノールは、さほど腕力に優れているわけではない。鍛えているので一般女性よりも腕力はあるだろうが、相手のホブゴブリンの方が体格が良い。腕力で勝てるとは思えない。


 力負けすることはエレオノールにも分かっているはずだ。ホブゴブリンの剣を止められなければ、深手を負うことも。まさか、自分の身体を使ってホブゴブリンの剣を止めるつもりだろうか?エレオノールは、鎧を着こんでいる。深手は負うだろうが、致命傷とはならないだろう。自分が攻撃を止めてホブゴブリンの隙を作り、後をリリムに任せるつもりかもしれない。


 エレオノールの剣が動く。だが、妙だ。エレオノールの剣が下がる。


 ホブゴブリンの剣に対して、エレオノールが剣を振るう。ついに両者の剣がぶつかる。


 キィイイン!


 涼やかな金属音が響く。まるで鋼の上を滑ったかのような音だ。いや、事実滑っている。


 角度をつけ、下から上に掬い上げるように振るわれたエレオノールの剣に、ホブゴブリンの剣が滑ったように上へとその軌道を変えた。


 剣の軌道を逸らされ、上へと剣を振り抜いたホブゴブリンは、もはや死に体だった。その体を大きく開き、全ての急所を晒している。後はいかようにも料理できるだろう。エレオノールはこれを狙っていたのか。


「セイヤッ!」


 そして料理人の登場だ。いや、ホブゴブリンにとっては死神の登場だろう。大鎌ではなく槍を持った死神。リリムだ。


 リリムは、ガラ空きとなったホブゴブリンの胸の中央へと、その槍を突き立てる。百足の槍は、深々とホブゴブリンの胸を穿った。おそらく心臓にも届いているはずだ。


 ギュルリ!


 そう音が聴こえそうなほど、リリムが槍を捻り、傷口を抉り、槍を引き抜く。一連の動作は、素早く行われた。リリムの鍛錬の賜物だろう。


 心臓を完全に破壊されたホブゴブリンは、その体をビクリと震わせる。勝負あったな。あれは致命傷だろう。だが、ホブゴブリンの目は未だ死んではいなかった。煙にもならない。まだ動けるのか!?


 ホブゴブリンは、命が燃え尽きるその一瞬。上へと軌道を変えられた剣を振り下ろす。狙いはエレオノールだ。


「やぁあ!」


 だが、エレオノールは油断などしていなかった。エレオノールは、避けるどころかホブゴブリンへと踏み込んだ。そして、上へと振り抜いた剣を返し、ホブゴブリンの首を刎ねてみせた。


 さすがに首を刎ねられては生きてはいけない。ホブゴブリンは、ボフンッと白い煙となってその姿を消した。

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