第22話 神様とお買い物

「お待たせしました」


 リビングでミレイユとおしゃべりしていると、エレオノールが現れた。


 今日のエレオノールは、白いブラウスに紺のロングスカートといったちだ。その輝く金髪を首の後ろで1つに結んでいる。


「私たちも今来たところよ」


 ミレイユがデートの定番のような答えを返す。まぁ実際、今来たところだ。5分も待ってない。


「って、あなたもなのね……」


 ミレイユがエレオノールの腰を見て呆れたような声を出す。


 エレオノールの腰には革の剣帯が巻かれ、長剣を佩いていた。一見清楚に見えるエレオノールが、一気に物騒に見えるアイテムだ。私も腰の後ろに短剣を差してるし、お揃いだね。


「なにかあっては大変ですから。昨日もルーが襲われていましたし…」


「その節は助かった。改めて礼を言おう」


「いえいえ、大事が無くて良かったです。それに、あの事件のおかげでルーと会えたわけですから」


「そういえばそうだな。では、あの暴漢共にも感謝した方がいいか」


 ハッハッハ、ウフフと笑い合う。暴漢たちのおかげでエレオノールに会えたわけだからな。本当に感謝してやってもいい気分だ。


「2人とも物騒ね。今日行く所はかわいいおしゃれなところなのよ、もー」


「およ?今から買い物?いてらー」


 丁度リビングに顔を出したリリムと別れ、私たちは街へと繰り出すのだった。



 ◇



 館を出てからどのくらいだ?けっこう歩いた気がするのだが、まだ目的の店には着かないらしい。


「まだかー?」


「もうちょっとよ」


 それはさっきも聞いたぞ


「この辺りはダンジョンに近いので、冒険者向けのお店ばかりで、婦人服を扱っているお店は少ないんです」


 たしかに、周りを見渡すと武器や防具を扱う店や、飲食店、冒険者用の道具を扱う店ばかりだった。他には、宝具専門店なんてのもある。ダンジョンがあるこの街ならではの店だろう。


「ダンジョンに行くには便利だけど、お買い物には不便よねー。こっちよ」


 ミレイユに続いて通りを曲がると、途端にピンクや黄色、オレンジなどの華やかなパステルカラーに彩られた通りに出た。


 何だここ?


 明らかにここだけ様子が違う。いままで冒険者らしい武骨な雰囲気だったのに、急にメルヘンというか乙女なかわいい空間になってビックリした。通りを行く者も、女の子ばかりだ。男の姿は無い。何だこれ?


「どう?驚いたでしょ?」


 ミレイユがなぜか得意げに聞いてくる。


「あぁ、驚いた。何だここは?なんでここだけこんなに華やかなんだ?」


「ふふん」


 ミレイユが得意げに鼻を鳴らして言い放つ。


「ここが女の子の聖地『乙女通り』よ!」


 『乙女通り』


 ダンジョン都市タルベナーレの中心街に位置する、ある通りの通称だ。


 タルベナーレの中心街は冒険者の街。武器屋だと防具屋だの冒険者用の店が建ち並び、街の雰囲気は武骨だ。しかし、この『乙女通り』は、そのかわいらしさゆえに異彩を放っている。


 元々この通りには、女性向けの店が2,3軒ある程度の普通の通りだったのだが、これまで中心街に点在していた女性向けの店が、身を寄せ合うようにここに移転してきて、ここはさながら女性向けの商店街のようになってしまったらしい。


 そしていつからか、ここは『乙女通り』と呼ばれるようになり、男子禁制の掟まであるとか。


 しかし、男の冒険者にしてみれば、通りを一つ女に占拠されて通行もできないのだから、不満が上がるのではないかと思うのだが、今のところ大きな衝突は起きていない。なんでも、男には男向けの歓楽街があるのだからだ。ということらしい。




 私は、ミレイユに手を引かれ、『乙女通り』へと足を踏み入れた。パステルカラーに彩られた華やかな空間だ。これまでの武骨な雰囲気からはかけ離れた、かわいらしい雰囲気。通りを包む空気さえ違う気がする。微かに花のような甘い良い香りがする。


「まずは何から見ようかしら」


 ミレイユの声が弾んでいる。かわいいもの好きのミレイユにとって、ここはたしかに聖地と言えるかもしれない。


「服ではないですか?絶対に必要ですし」


「服ね!こっちよ」


 ミレイユに案内されたのはそこそこ大きな一軒の服屋だ。店内もかわいらしく装飾されており、女の子が好きそうな空間だ。ずらりと服が所狭しと並び、品数が豊富なようだ。


「ここ、来てみたかったのよねー」


 この店は、主に新品の服を扱う店で、お値段が高い。ミレイユにはとても手が出せず、憧れるだけで入ったことは無い店だという。


「服はともかく、下着はこの店で買った方が良いかもしれませんね」


「そうね。古着の下着とか、怖くて穿けないわ」


 2人によると、下着だけは新品を買った方が良いらしい。たぶん性病の類を警戒してるんだと思う。この体は病気に罹らないように設定しているが、ここは2人の言うことを聞いておこう。新品の方が気持ちが良いしね。


 3人で服を見て回る。2人とも私の体に服を当ててはキャッキャしている。


「こういうのはどうかしら?」


「かわいい!ルーは元が良いですから、何を着せても似合いますね。かわいいです」


「そうね、羨ましいわ」


「これなんてどうですか?」


「良いじゃない!なんて言えば良いのかしら。男の子っぽい格好なのに、すっごいかわいいわ」


 2人が楽しそうでなによりだ。私も2人に褒められるのは、まんざらでもない。丹精込めて作った体だからな、それが褒められるのは素直に嬉しい。言うなれば、自分の作品を評価された芸術家のような心地だ。


「2人とも、私で遊ぶのはいいが、自分の買い物はいいのか?」


 エレオノールとミレイユが一度顔を見合わせてから私を見る。何だ、そのアイコンタクトは?


「今日の主役はルーですから」


「そうよ。あなた服一枚も持ってないんだから、たくさん買わないと」


 たしかにそうだが。


「ミレイユは自分の服を先に見繕ってこい。プレゼントするといっただろ」


「えっ?ここで買っていいの?」


「かまわん。むしろどこで買うつもりだったんだ?」


 お気に入りの服屋とかあるんだろうか?


「古着屋とか?もうちょっと安い服屋とかもあるのよ?」


「何軒も回るのも面倒だ。ここで買えば良いだろう」


 それに、プレゼントで中古品というのもどうなんだ?


「でも、ここ高いわよ?」


 また遠慮をしているらしい。奥ゆかしいのは美点だが、欠点にもなり得るな。だんだん対応が面倒になってきたぞ。


「いいから選んでこい」


 ペシぺシとミレイユのお尻を叩いて急かす。


「分かったからお尻叩かないでよ、もー」


 ミレイユを追い払うと、私は次のターゲットを見た。


「なんですか?」


 エレオノールだ。自分は関係ないとばかりに涼しい顔して立っている。私はエレオノールにもプレゼントがしたいのだ。


「エレオノールも服を選んでくるといい。私からのプレゼントだ」


「わたくしですか?ですが、頂く理由がありません」


 プレゼントに貰う理由など必要ないと思うのは私だけだろうか?


「昨日暴漢から助けてくれただろ?そのお礼がしたいんだ。私の気持ち、受け取ってはくれないか?」


 プレゼントを貰うのに理由が必要らしいエレオノールの為に、理由を用意する。


「うーん……」


 エレオノールがちょっと困ったような顔で考え込む。困らせるのは私の本意ではないのだが……普通はプレゼントを貰ったら嬉しいものではないのか?


「では1つだけ頂ますね」


 謙虚だなー。


「4つでも5つでも良いぞ?」


「はい、良い物があれば」


 そう言って笑うエレオノールに、私はある予感を覚えた。こいつはミレイユよりもガードが堅い。

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