第21話 神様と出かける準備

「なぁーんかあごがダルいのよねー…。何でかしら?」


 隣で廊下を歩くミレイユがぼやく。まぁあれだけ私の指をしゃぶれば疲れを感じもするだろう。


「さぁな、寝違えたのではないか?」


 ミレイユ指ちゅぱ事件は、私の胸の中に納めることにした。正直に言うと怒られそうだからな。わざわざ自分から話して怒られにいくこともないだろう。


「そうなのかしら?たしかに横向いて寝てたし、あり得るかも」


 なんとか誤魔化せそうだ。そんなことを考えている内に、リビングに着いた。ドアを開けると、焼いた小麦の匂いが私たちを出迎えてくれる。なんとも食欲をそそる匂いだ。


「あ!ミユミユとルールーおっはよー!」


 朝から元気いっぱいなのはリリムだ。ニコニコの笑顔で私たちを出迎えてくれる。私たちを歓迎しているようで気分が良いな。リリム、良い子だし加護あげちゃおっかなー。


「おはようございます、ミレイユ、ルー。先に食べてしまってすみません」


 朝食はもう始まっているらしい。どうやらリビングに来たのは、私たちが最後のようだ。


「良いんだよ、コイツらが遅いのが悪いのさ」


 アリスがそう言いながらも、私たちのご飯を配膳してくれる。


「みんなおはよー」

「皆、おはよう」


 皆に挨拶をして自分の席に着く。今日の朝食は、ベーコンエッグにサラダ。焼きたてのパンにジャム。それと昨夜の残りのポトフがあるようだ。朝からけっこうボリュームがあるな。冒険者は体が資本だからな、たくさん食べて力を付けようということだろう。


 ほう。このベーコン美味いな。良い豚肉を使っているようだ。パンも白パンだし、見た目以上に金が掛かってる豪華な食事だ。


「今日はルーのお買い物ですね。何時頃出発しましょう?」


「朝ご飯食べて、着替えて、髪もやんなくちゃだし、余裕を持って10時くらい?」


「あーしとネトネトはパース。部屋の掃除とかしなきゃっしょ」


「悪いな。面倒な役を押し付けて」


「いいっていいって。あんま汚れてないからパパッと掃除するだけだし」


 買い物に行くメンバーは私、エレオノール、ミレイユの3人だ。リリムとディアネットは私の部屋の掃除などをしてくれるらしい。ありがたいな。




 食事が終われば、ミレイユの部屋に戻ってお着替えだ。


「うーん。どれがいいかしら?と言っても悩むほど服持ってないのよねー。これでいっか」


 ミレイユがタンスから服を取り出す。タンスがスッカスカだ。あまり服を持っていないらしい。まぁそれも仕方ないか。服って高いからね。


「はいこれ。これに着替えて」


「ありがとうミレイユ」


 ミレイユから服を受け取る。私の服は洗濯中だからね。ミレイユに服を貸してもらう。


 ミレイユから借りた服は、膝丈の薄い水色のワンピースだった。さっそく服を脱いで着替える。ワンピースを着たら、腰に革のベルトを巻いて準備完了だ。


「あなたナイフ着けていくの?」


 振り返ると、薄い黄色のワンピースを着たミレイユが、じと目で私の腰を見ていた。腰のベルトには、マジックバッグとナイフが吊るしてある。


「また暴漢に襲われたら大変だからな」


「それは…そうね。でも、なんだか一気にゴツくなったわね」


 武装しているからね。それは仕方ない。


「ミレイユはワンピースが好きなのか?」


 昨日ミレイユに借りた寝間着も、今日借りた服も、今日ミレイユが着ている服も全部ワンピースだ。


「別に普通かしら。ほら、上下で2着の服を買うよりも、ワンピースを買った方が安いのよ。だからワンピースが多いってだけ」


 なんとも現実的な理由でワンピースを愛用している女だ。ミレイユは意外にも倹約家らしい。


「ミレイユはおしゃれしたいとは思わないのか?」


 安いからという理由でワンピースを着ているミレイユ。今ミレイユが着ているワンピースも、安さ重視なのか、飾り気のないシンプルな物だ。おしゃれに関心はないのだろうか?


「そりゃしたいけど…。おしゃれな服って高いのよ。ない袖は振れないわ」


「ふむ…」


 金の問題か。たしかに服は高いからな。服というよりも、まず布が高い。全部人が織っているからね。時間も手間もかかるのだ。だから高い。


「では、私がミレイユに服をプレゼントしよう」


「えー、いいわよ別に。なんだか悪いわ」


 喜ぶかと思ったのだが、遠慮されてしまった。


「気にするな。ミレイユには色々と世話になっているからな」


 館の中を案内してもらったり、服を貸してもらったり、ミレイユには世話になっている。ついでにいえば、今日の朝はミレイユの口を弄んでしまったからな。そのお詫びの気持ちも込めている。


「でも、あなた荷物を盗まれて色々と物入りでしょ?やっぱりいいわよ」


 そういえば、私は荷物を盗まれて、物を持っていない設定だったな。自分でも忘れかけていた。危ない危ない。


「贈り物を素直に受け取るのも、いい女の条件だぞ?遠慮はいらん」


「そうは言っても、服って高いのよ?さすがに悪いわ」


 頑なだな。


「金の心配はいらない。今の私は大金持ちだからな」


 私はミレイユを安心させる為に無い胸を張る。顔もドヤ顔だ。


「どういうこと?」


 ミレイユが訝し気に訊いてくる。そうだね。荷物を盗まれて、着替えも借りているような奴が大金持ちというのは、少し変かもしれない。でも、今の私は間違いなく大金持ちである。


「冒険者ギルドの<開かずの宝箱>を開けただろ?その賞金でかなり貰ってな」


「あぁ、そういえばそうだったわね。その、いくらぐらい貰ったか聞いていいの?」


 ミレイユが神妙な顔をして訊いてくる。別に隠すことでもないか。


「いいぞ。金貨だけで273枚だ」


「にひゃっ!?」


 ミレイユが息を呑む音が聞こえた。その目を限界まで見開き、口もポカンと開けて驚いている。ここまで崩れても、いまだにミレイユの顔はかわいらしかった。やはり美人は得だな。


「あ、あなた、金貨200枚って、とんでもない大金じゃない!」


「だから言っただろ、私は大金持ちだと」


「桁が違うわよ!もっと少ないのかと思っていたわ」


 ミレイユの取り乱しようを見ると、予想よりも大分多かったらしい。


「だから金の心配はいらない。遠慮なくプレゼントを受け取るがいい」


「ほんとにいいの?うーん…でも、やっぱりなんだか悪いわ」


 うーむ、よく分からないが、まだミレイユの気が咎めるらしい。


「何をそんなに気にしているのだ?貰えるものは病気以外貰っておけとも言うだろう?」


「だって私、お返しに返せるものなんて無いもの」


「元々、お礼にプレゼントをするのだから、お返しなど必要ないのだが…。そうだな、ではこうしよう。お返しに、ミレイユには私の服を見繕ってもらいたい」


「いいけど、そんなことでいいの?」


「あぁ。私は、服は着れればなんでもいいタイプだからな。いちいちコーディネイトを考えるのが面倒なのだ。ミレイユが服を選んでくれると助かる」


「ふーん。別にいいけど」


「では、それで決まりだ」


 やっとミレイユを説得できたか。ミレイユは思った以上に頑なだったな。プレゼントは素直に受け取った方がかわいげがあるぞ?

 今度からミレイユにプレゼントする時は、品物を用意してから強引に渡した方が良さそうだな。サプライズとか良いかもしれない。


「では、行くか」


 話も終わり、エレオノールとの集合場所であるリビングへと歩き出す。約束の時間までまだ時間はあるが、早く着く分には問題あるまい。


「ちょーっと待ちなさい!」


 ドアに向かって歩き出そうとする私の肩に、ミレイユの手が待ったをかけた。


「何だ?」


「あなた、まさかその恰好で行く気?」


「そうだが?」


 私は自分の格好を見下ろす。どこかおかしいだろうか?ちゃんと着替えたし、そもそも着替えを用意したのはミレイユだ。どこもおかしなところは無いと思うが…。


「そのぼさぼさの頭じゃ、皆に笑われるわよ」


「あぁー、髪の毛か」


 そういえば、起きてから髪を整えてなかったな。手で触ると、あちこちぴょんぴょん毛が跳ねていた。私は手で髪を整えていく。長い髪というのは、見る分には良いが、手入れが大変だな。これは断髪も検討した方が良いかもしれない。


「もー、手櫛じゃダメよ。こっち来て座って。やってあげるわ」


 ミレイユにイスに座らされ、ブラシで髪を梳いてもらいながら思う。なんだか昨日からミレイユの世話になりっぱなしだな。ミレイユも元々世話好きなのか、よく私の面倒を見てくれる。これは強引にでもプレゼントを約束して良かったな。


「ゴホッ、ゴホッ。ミレイユ、いつもすまないねぇ」


「ほんとよ。次からは自分でやるのよ」


 いや、そこは「それは言わない約束でしょ」って返してほしいな。


「そんな約束してないでしょ?」


 それはそうだが……定番なんだがなぁ…。

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