第19話 神様とアリスの脱退

 ディアネットに魔法で髪を乾かしてもらった。私が神と知って精霊たちが張り切ったのか、髪は一瞬で乾いた。そのあまりの早さに、魔法を使った本人であるディアネットがちょっと驚いていたくらいだ。


「よし、あーしらも風呂いかねー?」


「そうですね。ルーもミレイユも戻ってきましたし、わたくしたちもそろそろ……」


「ん…」


 リリム、エレオノール、ディアネットの3人が、立ち上がる。どうやら3人一緒にお風呂に入るらしい。肉感的な3人の娘がお風呂に入るところを想像して、ドキドキする。もう一度お風呂に入りたいくらいだ。なぜ私はもうお風呂に入ってしまったのか……。いや、ミレイユとのお風呂も予想以上に楽しかったから良いんだけどさ。


 それに、これから一緒に住むということは、また一緒にお風呂に入る機会もあるだろう。その時まで、お楽しみは取っておこう。


「ちょっとお待ち。せっかく全員揃っているからね、アンタたちに伝えておきたいことがある」


 アリスの言葉に、風呂に入ろうとしていた3人娘が、浮かせた席に腰を下ろす。私もミレイユも顔を見合わせて席に着いた。


 ミレイユに心当たりは無さそうだったな。アリスの伝えたいこととは何だろう?


「結論から言うと、アタシはもうダンジョンに潜らない。アタシも、もう歳だからね」


「「えっ!?」」


「マジ!?おばちゃんはまだまだイケてるって!」


「体が言うことを聞きやしないからね、そろそろ潮時だよ。それにね、歳だけが理由じゃないんだよ。これはアンタたちの為でもあるんだ」


「わたくしたちの?」


「アンタたちもそろそろアタシから自立する時期ってことさ。ダンジョンの中で教えるべきことは教えたし、この間なんてダンジョンの5階層を攻略できたじゃないか。アンタたちはもう初心者のひよっこじゃない。立派な冒険者さ」


 エレオノールたちは、アリスと一緒にダンジョンの5階層まで攻略しているらしい。エレオノールは、私と同じ紙級の冒険者だったので、私と同じく初心者だと思っていたのだが、どうやら先輩だったらしい。


「でも、それはおばあちゃんの力があったからで……」


 ミレイユが不安そうに声を上げる。


「そうだね。でも、いつまでもアタシにおんぶに抱っこじゃ、アンタたちが成長しないのさ。必要なことは全て教えたつもりだ。後は、アンタたちが工夫してがんばんな」


 アリスの意思は固そうだ。それに対して、エレオノールたちは不安そうな表情を浮かべている。


 アリスの考えも分からなくはない。たしかに、いつまでも先達の世話になっていては、成長しないだろう。このタイミングで切り出したのは、私という後輩が入ったことで、エレオノールたちが先輩として冒険者という自覚を持ち、一人前の冒険者になって欲しいといったところだろうか。


「あの、ルーはアリスさんの教えを受けていませんが……」


「それはアンタたちがルーに教えてやんな。冒険者の教えってのは、そうやって受け継がれていくもんさ」


 エレオノールたちにこれだけ頼りにされるアリスの教えか。できれば直接受けて見たかったが、仕方ないか。


 テーブルは沈んだ空気に包まれた。皆、アリスが抜けることが不安、そして寂しく感じているのだろう。つまり、それだけアリスの存在は大きく、そして頼りがいがあったのだ。裏を返せば、それだけアリスに甘えていたということである。アリスが自立を促すのも分かる気がするな。


「なにもそんなに落ち込まなくてもいいだろう?ダンジョンには潜らないが、訓練なんかはこれまで通り見るし、求められれば助言だってするよ」


 アリスのその言葉に、俯いていた皆が、顔を上げる。


「アタシが抜けて、最初はうまくいかないかもしれない。失敗することもあるだろう。でも、普通はそうやって、自分たちで一歩ずつ、失敗を重ねながら成長していくものさ。アンタたちがあまりに頼りないから婆が出しゃばっちまったが、アンタたちもそろそろ自分の足で立たなくちゃいけないよ」


「おばあちゃん…」

「おばちゃん…」


「そんな情けない声出すんじゃないよ。言い方を変えれば、アンタたちは、ようやく半人前から一人前の冒険者になったんだ。この婆がそう認めたんだ。もっと嬉しそうにしな」


「アリスさん……今までありがとうございました」

「「「ありがとうございました…」」」


「これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

「「「「お願いします」」」」


 皆に合わせて私も頭を下げる。これからアリスの世話になる身だからね。これくらいは当然さ。


「なにこっぱずかしいマネしてるんだい。顔を上げな」


 そう早口で言うアリスは、どこか恥ずかしそうで、そして嬉しそうだった。



 ◇



 白。どこまでも続く白い空間。


 その中央に私は在った。ここは、人間たちの言葉を借りるなら『神界』になるのかな。とは言っても、神々の住む場所ではなく、私だけの私的な空間だ。私の部屋と言ってもいいかもしれない。


 人間たちが想像するような荘厳な空間ではないのは、期待を裏切るようで少し申し訳ないね。


 私も最初は神様らしく、自分の空間を荘厳に飾っていたのだけど、ずっと居る内に、なんだかうるさく感じてしまってね。家具や調度品から、大地や空に至るまで、全て消去しちゃったんだ。


 少し寂しい空間だと思う時もあるけど、ここを訪れる者なんて稀だからね。取り繕うのも面倒で、このままにしている。


 その真っ白で何もない空間に、1つ浮かび上がるものがある。四角く切り取られたように闇が浮かんでいる。まるで黒く塗りつぶされた絵画のようにも見えるが、その闇には微かな動きがあった。


 闇の中、微かな光に浮かび上がるのは、2人の美少女の横顔だ。少女たちは目を閉じて向き合い、規則正しく寝息を漏らしている。どうやらぐっすりと寝ているようだ。2人で手を握り合って寝ている姿は、とても仲が良さそうに見える。


 1人は、闇の中でも微かな光を受けて輝く銀髪の少女、私の操る肉の体、ルーのものだ。


 そのルーと向き合うように眠る少女が居る。閉じられた長い睫毛、もちっとしたほっぺた、柔らかそうな小さな唇。まだ幼さの強く残る少女。ミレイユだ。


 私は今日、ミレイユと褥を共にしていた。と言っても少女同士だ。なにか起きるわけも無く、眠るまでずっとおしゃべりしていた。


 基本はミレイユがしゃべり、私は聞き役に回っていた。たまに質問に答えるくらいで、あとはずっとミレイユのターンだ。よく話題が尽きないものだと感心したよ。


 最近の噂話や、流行りの洋服の話、好きなお菓子、明日のお買い物、オススメの小物や化粧品。そしてアリスのこと。


 アリスがパーティを抜けることは、ミレイユにとって予想外のことだったらしい。そして、しきりに私に「自分たちが付いてるから心配ない」と言っていた。


 たぶん、ミレイユは不安を感じているのだろう。そして、そのことで私に心配かけまいと強がっている。なかなかいじらしいところがあるな。ますます好きになってしまう。


 話が一段落したところで、ミレイユは寝てしまった。ミレイユ自身は、まだしゃべり足りないといった感じだったが、「夜更かしは美容の大敵だ」と言って寝かしつけた。


 ミレイユが眠ってしまった後、私は暇になってしまった。ルーの体は睡眠が必要なので、睡眠を実行したのだが、私には睡眠は必要ない。ルーの体に居てもやることが無いので、神界に帰ってきたという訳だ。


「ふむ。ミレイユの寝顔を見て癒されたし、もう少しやるか」


 神界に帰ってきた私は、珍しく神の仕事をしていた。人々に加護を配ろうと思ったのだ。加護が貰えないと嘆いていたリリムのことを思い出したのだ。


 リリムか。話した感じ、悪い子ではない気がしたな。パーティを盛り上げるムードメイカーだと感じた。だが、まだ会って1日目だ。リリムに関して知らないことの方が多いだろう。その気になればリリムの全てを調べることもできるが……止めておこう。


 私は、アリスを含めた【赤の女王】のメンバーについて、神の力で詮索はしないつもりだ。彼女たちとは、神の力というある意味ズルに頼らず、普通に親交を深めていきたいという思いが私の中にあった。せっかく巡り合えたのだ、彼女たちのことはこれからじっくりと知っていけばいい。


 リリムに加護を与えるかどうかは、もう少し様子見だな。


 そう結論付けて、私は仕事に戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る