第5話 神様とエレオノール

「申し遅れました。わたくしはエレオノールです」


「ルーという。此度は助かった。ありがとう」


 私と少女は、一緒に冒険者ギルドに向かう道すがら、今更ながら自己紹介していた。助けてもらった礼もする。私はちゃんとお礼が言える神なのだ。


 あの後、暴漢の男たちの傷を癒して、街の警邏の者に引き渡してきた。少女、エレオノールのおかげで、人死には出なかったのは僥倖だった。腕を斬り飛ばされた男も、ちゃんと腕がくっついて一安心だ。


 私も体をまさぐられたぐらいのことで怒ったりしていないからね。流石に殺すのは可哀想だと思ったのだ。まぁあの者たちは余罪がありそうだったから、調べたら死んで当然の者だったかもしれないが……その辺りの事は警邏隊の仕事だろう。


「ルーちゃんですか。かわいい名前ですね」


 エレオノールがニコリと笑う。花が咲くような、可憐な笑顔だ。


「エレオノール、君の方が可愛らしいよ」


 私渾身のキメ台詞である。爽やかな笑みを浮かべて、白い歯がキラリと輝くイメージだ。


「まぁ、うふふ。ありがとうございます」


 エレオノールには軽く流されてしまった。神ショック。


「エレオノールと言うのは長いでしょう?エルで構いません」


「エル、良い響きだね」


 もう愛称で呼んでいいなんて、順調かな?


「ルーちゃんは冒険者ギルドに何の御用なんですか?」


「うむ、ダンジョンに行くために冒険者になりにいくんだ」


 ダンジョンに入るためには、冒険者証という物が必要らしい。それは冒険者ギルドで冒険者に登録すれば貰えるようだ。


「ルーちゃん……」


 エレオノールの顔が曇る。憂いを帯びた顔も可愛らしいな。絵になる美しさだ。心臓がドキドキと鼓動を早くする。


「冒険者の登録は、その…成人してからではないと……」


 エレオノールが言い難そうに言葉を紡ぐ。


「大丈夫。成人してる」


「えっ!?」


 私の答えが信じられないのか、エレオノールの視線が私の体を縦に何度も往復する。そうだね、どう見ても10歳くらいだね。


「本当に…?」


「本当だとも」


 まぁ良くて12,3歳くらいの見た目だろう。とても成人しているようには見えない。そんなことはこの体を作った私もよく分かっている。だが、成人しているということで押し通すしかない。そうしないとダンジョンに入れなくなってしまうからね。


「エルフの血でも入ってるのかしら…?でも耳は尖ってないですし…人間ですよね。あの、おいくつなんですか?」


「15だよ」


 そういう設定だ。


「そうですよね。さすがに年上ではありませんでしたか」


 エレオノールがホッとしたように呟く。


「エレオノールはいくつなの?」


 私はエレオノールの顔を見上げて尋ねる。


「15ですよ。同い年…ですね」


「ほう、15か……」


 私の目は、エレオノールの顔と、15歳にしては発達著しいエレオノールの胸へと交互に注がれる。その後、自分の姿を見下ろす。同じ15歳なのに随分と違いがあるな。私とエレオノールを見て、同い年と言われて納得する人間などどれほどいることか。下手すれば親子に間違われかねないぞ。


「その、ルーもそのうち大きくなると思いますよ」


「そうだな。早く大きくなってほしいものだ」


 少なくとも、15歳と言って納得してもらえるくらいには。


「でも大きいといろいろと大変だと聞きますね」


「そうなのか?」


 大きいと大変?梁に頭をぶつけたりとかか?


「えぇ、肩こりが酷いらしいですよ。後は、足元が見えないとか、下着がかわいい物が無いとか言っていました」


「ん?」


 何かおかしいな。


「背の話では?」


「背?あ、ああ、背の話でしたか。わたくしはてっきり胸の話かと…。その、ルーちゃんが自分の胸を見下ろしていたので」


 それで勘違いしたのか。たしかにエレオノールの胸と見比べたりしたからな。勘違いするのも分かる。


 ということは、あれか?私は胸が小さいのを慰められたということか。まぁ普通の思春期の女の子なら悩むところだろうが、私には無用の気遣いだ。なにせ、自分で自分の胸を削ったくらいだからな。おかげでスッキリだ。


「敢えて言おう、自分の胸など無くて良い!邪魔でしかない物だと!」


「それは極論すぎるのでは!?」




「話は変わりますが、ルーちゃんはもうパーティに入ってるのですか?」


「いや、入ってないよ。今日タルベナーレに着いたばっかりなんだ」


「そうなんですか!?」


 エレオノールが大げさに驚く。


「もうパーティに入っているものとばかり……」


「なぜ、そう思ったんだ?」


「なぜって、先程の戦闘で見事な奇襲をしていたじゃありませんか。わたくしはてっきり、もうパーティに入って戦闘訓練でも受けているものだと思っていました」


 先程の戦闘の話は止めてくれ。矢を忘れた間抜けな自分を直視する羽目になる。


「見事と言えば、エルの太刀筋も美しかったな。二人を瞬く間に倒してしまった」


「あ、ありがとうございます。でもあれは、ルーちゃんが場を乱してくれたからですよ」


 エレオノールが顔を赤らめて照れている。はにかむ顔もかわいいな。


「ルーちゃんは盗賊、なんですよね?」


「うむ、一応盗賊志望だな」


「なるほど…」


 エレオノールの目が私の顔を見る。その表情は真剣なものだ。


「ルーちゃん、私達のパーティに入りませんか?」


「願ってもない誘いだな。もちろん入るとも」


「そんなあっさり!?」


 エレオノールが所属しているパーティなんだ。間違いはないだろう。それに、エレオノールの一緒に居られるのはとても大きい。


「誘ったわたくしが言うのも変ですが、本当に良いんですか?ウチは結構厳しいですよ?」


「まぁなんとかなるさ」


「良いのかなー…」


 誘った立場のエレオノールが悩み始めてしまった。


「エルは私が仲間になるのは反対か?」


「いいえ!すごく頼もしいと思いますし、嬉しいです」


「では、それでいいだろう」


「そう…ですよね。うん。そうですね」


 エレオノールが納得したところで、行く先に大きな建物が見えてきた。石造りの武骨な建物だ。人が大勢いるのだろう。建物からはまるで昼間の様な明かりが漏れ、人々の声が賑やかに聞こえてくる。


「見えてきましたね。あれが冒険者ギルドですよ」


 建物の入り口である大きな扉に近づくと、上に紋章が飾られているのに気が付いた。大きな盾の前で、剣と杖がクロスしている紋章だ。これが冒険者ギルドの紋章か。


「さぁ、入りましょう」


 エレオノールが扉を開けると、中の声がいっそう大きく響く。お酒でも飲んでいるのか、やけに陽気な雰囲気だ。


 私はエレオノールに続いて、冒険者ギルドへと足を踏み入れた。

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