怠惰な幹部と碧き死神とその他大勢の皆々様

歯軋り男

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黒い煙が俺の目に付く場所で無数に立ち昇り、そのせいだろうか。空には暗雲が垂れ込んでいた



この暗雲低迷とした光など一切通さない空がまるで今の俺の、俺たちの未来を暗喩している様だと感じさせた


希望なんか微塵も転がっちゃいない。代わりに転がっているのは死体ばかりーーここは地獄だ


死体から溢れ出た血潮は身体から逃げ出し地面を黒く侵食し、生温かいべっとりとした空気が肌に張り付く


「‥‥多いな、流石に」


そんな俺の言葉に反応を示したのは、未だにあどけさが残る修道服に身を包んだ少女だった


「んー流石に大軍相手だと私もシンドい。年かな」


少女は僅かに草臥れた様に肩を落とすが、その表情に疲労の色は余り見られず汗一つかいていない


「ぼやくなって。で、損害はどうなってる?」


俺の問いかけに少女の眉間に若干シワが寄る


「ん。他は知らないけど、私たちの部隊の被害は軽微だよ。多く見積もっても軍団長が1人に歩兵隊が50って所かな」


「俺たちの所は上手くいきすぎだな」


少女も軽く笑い同意する。しかし他でどれだけ仲間が死んだのかを考えるとどうにも上手く笑えない




「ま。他は将軍たちを信頼するということで」



辺りが見渡せる山頂から俺は周囲を見渡す。何もない拓けた殺風景な土地を黒い影が蠢いて密集していた。それはおびただしい数の人と魔物がぶつかり合っていた形だった


そして、あの場にいる誰もが同じ事を疑問も持たずに、作業を繰り返している


難しい作業ではないのだろう。目に付く敵を片っ端から肉塊にすればいいだけなのだから


殺して、殺されて、殺して

延々と飽きもせず、狂った様に


「俺たちはあれで終わりにするぞ」


俺がうんざりした様子で指差した方へ、足を向けると部下たちが我先にと新たな戦地へと向かっていく


どいつもこいつも狂ってる。皆、嬉々として死地へ乗り込むのだから。そんな事を思いながら、ゆっくりと大剣を肩に背負う



人と魔物の個の力の差は歴然だ。如何に鎧で凝り固めようと、殴れば鎧ごと貫けるし、魔法が使えようと、唱える前に喉笛を食い破れる



だが、戦争という大規模な殺し合いに置いて人間は圧倒的な数の多さと高度に洗練された組織化と緻密な連携を以て魔物と肉薄するにまで至った


そして、人は学習し進化する。一度勝てなくても、技術を上げ何度でも挑んでくる


胡座を掻いてた俺たちが次第に劣勢に追い込まれるのは必然と言えた


だからこそ、俺たち魔物も群れとなり軍となる必要があった



「死にたい奴からどうぞ」


俺は自身の身の丈の倍はあるであろう巨大な大剣を振るって、向かってくる人間を挽き肉にしていく


切るのではなく、巨大な質量を以って押しつぶす。長年の戦いで俺は簡単に効率よく人体を破壊する事を覚えた


殺す必要なんかない。身体の一部を適当に削ぎ落とせば、人はあっさりと死んでくれる


「スロウスベアー?」


喧騒としたこんな戦場で、驚くほど透き通る言葉と同時に蒼い光が人ごみを縫う様に擦り抜けて、俺へ向かってきた


「速いな、おい」


速かったが、反応出来ない程ではない。反射的に腕が動く



蒼い閃光と俺の剣が激突すると、凄まじい衝撃波が迸る


「初めまして。クナギサと言います。貴方を殺すものです」


碧い髪を靡かせ、機械的な口調で紡ぐそいつを前に、心の臓を直接掴まれてる様な息苦しさに襲われる。まるで死神と対峙して居るみたいだ


「クナ‥‥あーそう、死ね」


これがこいつとの初めての殺し合い。一昼夜の戦いの末、互いに引き分けたが、その場にいた半数が巻き添えをくってしまい部隊が半壊にまで追い込まれ機能しない形となったのはかなりの痛手だった



それから、3日間続く事になる戦いにより互いに多くの死傷者を出してしまったものの形としては侵略者側である人間が撤退した為に、此方の勝利という体裁になった



ーーー2ーーー


俺と修道服の少女ハデスは薄暗い部屋でランプの光を頼りに地図と睨めっこをしていた。地図には幾つもの赤いバッテンがつけられている


「うーん。今月でビスク、バスクリン、ドルウェー‥‥3つも城が陥ちた」


「敗戦続きで士気もガタ落ちだしな」


俺の無神経な発言に怒ったのか、ハデスは椅子を蹴る


「他人事みたいに言うな!」


「すまん。流石に今のはなかったな」


俺の謝罪にハデスは腹の虫が少しだけ収まったみたいだが、それでも愚痴を溢す


「それもこれもあの子だよね!あの子のせい!」


ハデスは指を振りながら、苦々しそうに口を開くので俺が先回りして答える


「ああ。クナギサの事か?」


「あの子、どうにかなんないかなー」


「‥‥‥」


ハデスがそう言うのも分からなくはない。この一ヶ月クナギサと名乗った碧髪の少女を前に軍団長7.師団長1を失ってしまった。城3つも彼女の尽力あってのものだろう。多分


「一騎討ちだと相性の問題もあってかベル君も勝てそうにないし」


「うるせえ」


勝てないんじゃない。引き分けてるだけだ。今の所の13引き分けも全力でやったら余裕で瞬殺だよ


しかし一介の人間如きに、最高幹部に名を連ねる俺が全力などいい笑い物だ。サタン姉辺りに知られたら弛んでると怒ること間違い無しだろう。憤怒だけに


因みにこれ以上敗戦が目立つ場合、本国からルシファー様が直々に足を運んでくださるとお達しが届いた。間違いなく辺り一体がもれなく灰燼と帰すだろう


そして、俺と第七軍に対して然るべき措置を取るだろう


はぁ。KOEEeeee!!!



「そう言うなら、お前がやってみろよ!あいつとよぉ!あいつ部隊の間じゃ碧き死神なんて呼ばれてるぜ?」


「冥府の遣いだろお前。死神連れ帰れよ」


ハデスは正に害虫でも見る様な嫌悪感丸出しの視線を三秒程、俺に送る


そんな侮蔑した目で見られると新たな扉を開いちまいそうだぜ


「‥‥悪い」


誤ったから謝ったのさ


「ベル君はさ。もう少し自分の言葉に気を向けるべきだよね」


「申し開きもございません」


ハデスは被っているウィンプルからはみ出す髪をぱさっと靡かせる


「お互い様だから、私も強くは言わないけど」


「でさ」


ハデスが一度言葉を区切る。茶化して脱線した話を元に戻す為だろう


「クナギサちゃんさ。私たちに何か怨みでもあるのかな?」


ハデスはぽつりと呟く


「心当たりが多すぎるな」


「うん」


不思議でもなんでもない。俺たちの軍が大切な人を殺したかもしれないし村で虐殺でも行なったかもしれない。はたまた国でも滅ぼされたか。理由なんて幾らでも考えつく


「嫌な世界だね」


「全くだ」


俺が同意するとハデスは哀しく笑みを浮かべる


「あの子さ。仲間にできないかな?」


「お前はまた何言ってんだ」


「ほんと何言ってんだろうね」


彼女は恥ずかしそうに頬をぽりぽりと掻く


「でも、あの子強いじゃん?仲間にしようよ」


ハデスの提案は余りにバカげたものだった。私怨で恨んでるかもしれない相手を仲間に。ナンセンスと言ってもいい


「やけにあの子に拘るのな。どうした、何か思うところでもあんのか?」


他にも目に付く強いやつなら何人もいる。ハデスがここまで執着するというは珍しい話だ


「うんーーそれはね?」


「あの子さ」


「すっごい可愛いじゃん」


バカだった。物凄いバカみたいな理由だった



しかし彼女に対する打開策が浮かばない以上、一考する価値はあるのかもしれない


「まあ、それは良いとして。具体的にはどう懐柔する気なんだ?」


「そこは自分で考えなよ」


「っておい!人任せか!」


こいつ、仮にも副官補佐なのに上官に丸投げとは‥‥他の隊なら軍法会議ものである

「でも、人間なんて欲望の塊じゃない?物とかで釣ったら案外楽勝かもよ?」


「物か‥‥‥」


なんだろう。クナギサは物欲がありそうなイメージでは無いのだが。仮に金や地位が目的なら、あの子ほどの力があればどうとでもなりそうな気がするのだが‥‥ふむ


仮にそうだとしたら、金品財宝なんて第七軍団の財政カツカツ状態では用意するのは無理だ。ちょっくら国を滅ぼしてこないといけない


だが、勝てない。これでは堂々巡りだ


「しっくりこないな。それは」


「そっか」


ハデスは自分の髪の毛を弄りながら、地図へ視線を戻す


「1:12何の数か分かる?」


突然の質問だが、主語が欠けすぎてて質問の体を成していない。分かるわけがない


だが、ハデスは呆れたのか微かに嘆息する


「クナギサちゃんが入ってからの私たちの戦績だよ。ちなみに一が私たちの方ね」


おふぅ‥‥かなり負けが混んでるな。だが一度は勝ててるのか


「その一回っていつのやつだ?」


「最初の時だよ。あの時は将軍クラスが何人も出張っていたけどね。それでもギリだったけどね」


辛うじてか。勝ちの目が悪すぎるな、泣けるぜ


「でー。あの子放っておいて万が一此処で何かあったらまずいじゃん?」


ハデスの言う通りだ。此処ラングレーは南領の要であり本国とのパイプを兼ねている。仮に落ちたら物資の補給で問題が起こり南方戦線維持が困難になるのは明白


だが、ラングレーの場所は南領の中でも真ん中に位置するから、来るにしてもまだまだ先の話だろう


「気が早いな」


「そんな事を言ってると後で泣きを見るよ」


ぴしゃりと言い切る彼女の視線は厳しい



「‥‥‥出払っている将軍クラスを何人か呼び戻すか?」


今、この城の将軍以上は統括の俺と補佐のハデスだけ。将軍たちは本国に飛んでるか他の城を任している



「それは無理でしょ。護るべき場所は此処だけじゃないんだよ?だから戦力をいくつも分散して守備に当てているんじゃん!」


人間ほど数の多くない魔物に対して、魔国は属領も含めると巨大な帝国が出来上がってしまっている。労働力なら人間の奴隷がいるが

だが広がりきった土地を維持する為の兵の数と将の数が足りていない


「頭が痛くなるな」


考え事をする時、高い所に行きたくなるのは俺の癖だ


我が軍の旗を掲げた城のてっぺんまで、外壁をつたい歩き到着する


「ふぅ‥‥到着」


空では星が幾つもチラチラと輝いていたが、少しずつ空が白み始めていた


「いい空だ。こんな日くらいゆっくりしてーな」


戦争中とは思えない能天気な言葉だが、正直一日くらい休んでも罰は当たらないであろうと思う。一ヶ月戦いっぱなしとか、労働基準法違反である。ストライキしていいですか?


「ふぁぁ。眠い」


ここんところ、マトモに寝てないし飯を食べた記憶もない。それほどに仕事に忙殺されていた。怠惰な幹部?次からは勤勉な幹部と呼んでもらおうか


「‥‥人間を仲間に、か」


果たして、部下の何人が賛成してくれるだろうか。何人もあの子に殺された。仲間にしたいなどと、口走っても部下たちは納得してくれないだろう


何より、死んで行った者たちへ申し訳が立たなすぎる


「どうしようかな」


そもそも、彼女は我が軍に怨みを持っている節がある。仲間になってくれるのかどうかすら疑問な所だ


「‥‥もう本当に面倒だ」


こういった考え事は自分向きではないとつくづく思う。戦場でガムシャラに戦ってる方がよっぽど性に合ってる


何時の間にか、7人しかいない魔王軍最高幹部にまで数えられる様にまでなってしまったが

正直な所、自分よりこの地位に就くべき奴なんていくらでもいる


戦術に長けてる奴が戦略に長けている訳ではない。逆もまた然り。適材適所というやつだ


しかし魔国は弱肉強食という考えが蔓延ってる為、自分より上に弱者が就く事を極端に嫌っている


今の制度に不満がないと言っては嘘になるが、しかし、魔王の定めた律に異論を唱えるとそれはそれで面倒な事になる


「全く。随分人間寄りな考えになっちゃったな」


弱い者を切り捨てる魔物より弱い者を上手く使う人間の生き方の方がずうっと共感できてしまった俺はきっと魔物失格なのだろう


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