皮を脱ぐ話

@AmnR

一日目

一日目

 結婚は人生の墓場だと、初めて言った人はきっとこの景色を見たことがないのだろう。新郎が新婦のベールを取り、口づけをする。そこで二人は幸せの絶頂を迎える。新郎、新婦は恥ずかしそうな顔で笑みを浮かべ、来賓の客はまるでそれが自分達のことのように喝喝采を上げる。この後は友人からの祝辞や、両親へ向けた手紙などが予定されている。それは全て自分が予定したものだ。来賓の客の邪魔にならぬよう、後方で私は腕を組み、その景色を眺めていた。やはりこの空間は何度味わってもいいものだとしみじみ思う。そして大勢の祝福を受け、新郎新婦はお色直しのために、一度舞台裏へと下がっていく。その後に続き、休憩している新郎に話しかける。

「お疲れ様です、いい式ですね、皆さん幸せそうだ」

ジャケットを脱ぎながら、新郎がこちらを向く。

「はい。これも全て村井さんのおかげですよ」

人が良さそうな笑みを浮かべ、新郎は白い歯を覗かせる。

「そんなことはありません、あくまで主役はあなた方お二人です、僕は予定を立てたにすぎません」

自分がそう返すと、新婦が隣の部屋から、新郎を呼んでいる。新婦は私に軽く会釈をすると、隣の部屋へと駆けて行った。新郎が部屋を出たことを見計らい、私は休憩室を後にし、スタッフ用の準備室へと歩いた。そこに貼られたスケジュールを確認し、腕時計を見る。予定通りに進んでいることに満足し、私はスタッフの一人に話しかける。

「僕はしばらく席を外すよ、何かあったら連絡してくれ」

スタッフはうなづくと、急ぎ足で両手に抱えた花束を持って走っていった。その様子はずいぶんと忙しそうで、引き止めてしまったことに若干の罪悪感を覚えてしまう。私は式場の外に出て、人目のつかない場所に立つと煙草を取り出し、火をつけた。空に向かって煙を吐き出す、一仕事終わった後の煙草の味は格別だ。

 ウエディングデザイナー、これが私の仕事だ。平たく言えば、結婚式の段取りを組み立てる。その過程で結婚を控えた夫婦と対話し、二人のなり初めや、好みを把握していく。私はこの仕事が好きだ、少なからずこの世界で発生する小さな幸せに自分が関わっているという事が、自分の存在を肯定している。そのように感じられた。ただ幼少期からこの仕事に憧れを抱いていたかと言われればそうではない。むしろ自分の最も身近にいた夫婦、両親の関係は自分が小学校に上がるときには既に破綻していた。母は事あるごとに家族に対して怒鳴り、時には暴力をふるった。だが寡黙だった父は、母の仕打ちにただ無言で耐えていただけだった。幼い自分には父が何故その沈黙を貫いたのか、その理由はわからなかった、そしてそれは父が死に、母と絶縁した今になっても自分にはわからないままだ。ただこの二人にも幸せな結婚式があったのだろうと思う、そしてそれが幻想でないことを祈る。

 そんなことを考えていると、指で挟んでいた煙草から長くなった灰が落ち、黒い革靴に白い跡を残す。地面で爪先を叩き、灰を落とすが、黒い皮にはそれが残ったままだった。

ジャケットの内ポケットからポケット灰皿を出すと、指に挟んでいた煙草をその中に入れ、火を消した。一息つくと、式場がワッと震える。式は終盤を迎えたようだ。あの夫婦にどんな未来が待っていようと、今日だけは幸せな夢を見る、それでいい、少なくとも自分はそれでいい。

 私は今日の仕事を終え、自宅へと向かう。まだ十月だというのに、ずいぶんと肌寒くジャケットだけではどうにも心許ない。ポケットに手を入れながら最寄駅から、自宅のマンションまでの道を急ぐ。途中でコンビニエンスストアの明かりが目に入る、その明かりに照らされカップルが一つの肉まんを分け合っている、ずいぶんと微笑ましい光景だ。格好を見るにおそらく学生だろうか、お互いにとっての淡い思い出になるだろうと想像する。思えば自分はあのような、淡い経験をした事がないことに気づく、無論恋愛をした事がない訳ではない、しかしそれは今でも強烈に覚えているような、心を焦がすようなものではなかった。

 そのカップルを近くで見たかったのか、私はゆっくりとコンビニに向かっていた。特に買う物はなかったが、ポケットの中の煙草が少なくなっている事を思い出し、レジでラッキーストライクを一つ買った。釣り銭を受け取り、自動ドアを潜ると、そのカップルは既にいなくなっていた、なんだか店内に入る前よりも外の気温が下がったような感覚を覚え、店外に配置された灰皿の隣で、煙草に火をつけた。そして煙を吐き出す。思えば初めて煙草を吸ったのはいつだったか。私が自発的に何かをすることは少ない、それは母の怒鳴り声を聞きたくないからだった。次に吸った一口はひどく苦く、煙が頭にまとわりついた。

 家に着くと、靴を脱いで直ぐに暖房をつけた。誰も待っていない家はずいぶんと冷たく主人を出迎えた。明日が休みということで、酒でも飲みたい気分だったが、先にシャワーを浴びることにした。洗面所で服を脱ぎ、自分の体を見つめる。傷跡こそ残っていはいないがこの細い体には母から受けた虐待の記憶が残っている。

 暖かいシャワーを頭から浴び、寒さで硬くなった体がぐれていく感覚を覚えた、外の寒さは苦手だがこの感覚は寒さに耐えなくては味わえない。体を洗い、十分に体が温まったことを確認すると、シャワーを終えタオルで体を拭いた。そのまま服を着ると、キッチンへと向かい、コップにウイスキーを半分注いだ。それを作業机に置き、椅子に座るとPCの電源をつけた。デスクトップに置かれた、今日の式のために作成した資料を全て終了のフォルダに移す、思えばこのフォルダの中にはずいぶんと多くの式に関する情報が入っている。この仕事を初めて三年、ずいぶんと多くの幸せに携わることができたのだとしみじみ思う。そんなことを考えていると、PCの横に置かれたスマホが振動する、何かと思いスマホの画面を見るとそこには友人の名前が表示されていた。突然のことに驚きながらも、私はすぐに通話ボタンを押した。

「おぉ、こんな時間に悪いな」

電話口の友人はとても機嫌がよさそうな声をしている。

「悪いだなんて、こっちは仕事が終わって暇をしてたところだ」

私は、机に置かれたコップから一口、ウイスキーを飲みながら答えた。

「それならよかった、声を聞く限り元気そうだな」

「お前も元気そうで安心したよ、なんせ僕には友人が少ないからね」

「お前は友人が少ないんじゃなくて、友人を作らないだけだろ?」

大輔は笑いながら答えた。

「それで、どうしたんだ?急に電話をかけてくるなんて」

「たしかに最後にあったのは亜美の店がオープンした時だったよな、半年ぐらい前か?」

「四ヶ月と十日前な、はぐらかすなよ、そんなに言いにくいことなのか?」

「うーん、電話で話すことじゃないだな、明日空いてるか?」

PCのカレンダーに目を向ける、明日には何も予定が無い。

「予定は無い、先に聞いておくが金の話じゃ無いよな?、悪いが金は貸せないぞ」

「久々に親友に電話かけて、金の相談なんかする訳ないだろ、俺をなんだと思ってるんだ」

大輔は少し不機嫌になったが、こいつは金に無頓着だ。自分の金だけならまだしも、人から金を借りた時に、借りたことをすっかり忘れている場合がこれまで何度もあった。

「まぁ、とにかく了解した。八王子駅前の喫茶店に十三時でいいかな?」

「OKだ、きっとお前は驚くぞ、きっとだ」

「期待しておく、楽しみで今日は眠れないかもしれない」

そう言って、私は通話終了ボタンを押した。

 久々に連絡してきたと思ったら、何やら重大なことがあったらしい、まぁおそらく車でも買ったのだろう。喫茶店に向き合って座り、にやけ顔で新品のキーを見せびらかしてくる大輔の顔は安易に思い浮かべることができた。

 PCの時計は二十二時過ぎを示していた、寝るには少し早すぎる、2杯目のウイスキーをコップに注ぎながら、眠るまでどう時間を潰そうか思案する。机の上の煙草とライターを持つと、椅子から立ち上がり、ベランダの窓を開ける。冷たい風がせっかく暖まった部屋の空気を切り裂く。ベランダに置いてある寂れた灰皿の蓋を開ける。中にはずいぶんと灰殻が溜まっている。明日家を出る前に掃除しないといつか溢れてしまう。そんなことを考えながら煙草に火を点けた。煙草の味を舌で感じる、あまり長い時間、味わっていると口内にピリピリと焼けるような感覚を覚える。そこで思わず声を出した。思い出した初めて煙草を吸った時の事を、大輔から受け取った煙草を吸った日の事を。

 それは大学一年生の後期、定期試験を終え、大輔の友人らとでカラオケに行った時の事だ。そもそも自分は周りと同じ熱量で盛り上がれるほど試験勉強にストレスを抱えてはいなかった、カラオケに入り1時間経ってもマイクを一度も握らず、周りが歌う音楽を聞きながら、適当に相槌を打っていた。そんな私の様子を見かねた大輔が私をカラオケ店の外に連れ出したのだった。確かこんな会話を交わした。

「悪い、お前はこういう雰囲気は好きじゃなかったか?」

前を歩いていた大輔が裏路地に入ると、壁にもたれかけ、私にそう聞いた。

「好きだと言えば嘘になる、ただ楽しんでいるお前たちを見てるだけで僕は満足なんだよ」

「それにしてはずいぶんと不景気な顔をしてるって、皆が心配してたぞ」大輔が私の顔を覗き込む。

「皆に要らぬ心配をかけたって謝らないとね、それとこの不景気な顔は生まれつきだと教えないと」

私が言った一言で大輔は笑い、ポケットから煙草を取り出した。思えば大輔は初めて出会った時から煙草の香りを服に纏わせていた。

「お前もどうだ?いや吸わないか。お前の言葉を借りれば煙草は緩やかな自殺だもんな」

そう言って大輔はこちらに向けていた煙草の箱を引っ込めた。私はその腕を掴んだ、ほぼ無意識だったと思う。

「だけど、生きてる限りゆっくりと死に向かって行くようなもんだろ?」

大輔から煙草の箱を受け取り、中から煙草を一本取り出した。

「驚いた、考えを変えたんだな」

大輔は目を見開いていた、私がこんな行動に出るとは考えていなかったのだろう。

「蛇は脱皮しないと死ぬんだ、人も同じだ」

そう言って、咥えた煙草を大輔の方へ向けた。

大輔はライターをゆっくりと近づけ、私が咥えていた煙草に火を点けた。

「最初はゆっくり吸うんだぞ」

そういうと大輔は自分の煙草にも火を点けていた。

言われた通り、ゆっくりと息を吸う、すると口の中に煙が溜まり、ピリピリと舌を焼く。そして煙を吐き出すと同時に咳き込んだ。喉に割れたガラスを流し込んだ様な痛みが走る。

「まぁ、初めはそうなるよ、平気か?」

遠藤が差し出した手を握り、呼吸を整えた。指に挟んだ煙草からは煙が薄くたなびいていた。

 そうだった。初めて煙草を吸った時はもう二度と煙草を吸わないと誓った。だがあの時から今まで、私は煙草を吸っている。

「煙草は緩やかな自殺」

過去の自分が言ったであろう一言を思い出す。ゆっくりと死に向かって進んでいくしかないだなと思い、煙草を灰皿へ押しつけた。窓を閉め、すっかり冷え切ってしまった部屋の空気を感じながら洗面所で手を洗う。煙草の味には慣れたが、手に残る匂いだけはどうしても慣れることができない。蛇口から流れる水はひどく冷たく、少しばかり痛みを伴った。

 ベットに潜り込み、部屋の電気を消しスマホのアラートを設定する。九時には起きてゴミ捨てや掃除を済ませておきたいと考え、八時半にアラームをセットする。暗闇の中、目を閉じる。しかし中々寝付くことができない。久々に親友に会うことを楽しみにして、本当に眠れなくなるとは、なんだが可笑しくなり、息を漏らす。しかし五分もしないうちに意識は暗闇へと沈んでいった。

 月光が自分を照らす、おそらくここは実家の外だ。自分はパジャマしか着ておらず寒さに耐えきれず座り込んでいた。吐く息は白く、掌にはもう感覚が無い。そして目からは涙が溢れる。必死に耐えようとする自分の意思に反して、落ちた水滴が地面を濡らしている。涙で濡れた顔に冷たい風が容赦無く吹き付ける。それは酷い痛みを伴った。冷たくなった手で自分の顔を擦るがそれは無意味だった。なぜ自分はこんな場所にいるのだろう。そんな疑問が頭を過ぎる。すると自分の肩に誰かが手を乗せる。それは父だった。

「もう母さんは寝たよ、家へ帰ろう」

そう言った父の目には、自分の体を温める温度があった。私はうなづき、父の手を借りて立ち上がる。私は父を見上げる、その背中はずいぶんと大きく感じた。私は口から何かを吐き出そうとするが、うまく口が動かない。あぁこれは夢だな、そう思うと私は静かに目を閉じた。

 軽快な電子音が枕元で鳴り響き、主人が目覚めるのを待っていた。私は目を開けずに枕元へ腕を伸ばし、アラームを止める。上半身を起こし、ベットの横のカーテンを開くと朝日が部屋に差し込む。そこでずいぶんと汗をかいていることに気づいた。着ていた服が汗で肌に張り付いていて不快だ、何故今になってあんな夢を見るのだろう。ベットから体を起こすと、洗面所へ行き顔を洗った、火照った体を冷たい水が冷ましてくれる。濡れた顔で鏡を見ると目が酷く充血し、まぶたが腫れている。泣いていたのか、夢の中でも、現実でも。

 ずいぶんと頭が悪くなったものだ、思い出そうとしてもうまく思い出すことができないのに夢だけは鮮明なのだからタチが悪い。蛇口を止め、頭を目覚めさせるため、ベランダに行き、煙草を咥えた。日差しはずいぶんと暖かいが、空気は冷たい。ライターで煙草の先端に火をつける、煙草が燃え、パチパチと音を立てる、夢の中の自分はこんな火を欲しがっていた。空に向かって煙を吐き出すが、いつまで経っても口から吐く息は白いままだった。

 寝る前に計画していたゴミ捨てを手短に終わらせる。その後トーストを2枚焼き、牛乳をコップに注いだ。PCの電源を点け、ネットニュースを適当に見ながら、トーストをかじる。都内で児童虐待の件数が増加しているというトピックが私の目に止まる。思わずクリックし、その記事の中身を見てしまう。内容は期待していたよりもあっさりとしたものだったが、自分が見た夢と重なってしまい口に含んだトーストを咀嚼することを忘れていた。その記事に書かれていた一文を読む、時に虐待を受けた子供がその両親を庇うことがある、両者の間には暴力によって歪な絆が生まれている可能性があるとその記事では指摘していた。ストックホルム症候群、そんな言葉が私の頭に思い浮かぶ。そんなことがありえるのだろうか、少なくとも自分には無かった。父が死んでから今まで一人で生きてきた。母親を庇う気などさらさら無い。朝からずいぶんなものを見てしまったと思い、ニュースサイトを閉じ、昔見た映画を見ながら朝食を終えた。映像の中の男たちが病院から抜け出したところだった。

 PCの前に散らばったトーストの粉を払い立ち上がった。皿を洗いながら時計を見ると、時刻は九時三十分過ぎだった、皿を洗い終わると、PCの電源を落とし、以前買ったが読んでいなかった小説を読み、時間を潰すことに決めた。

 ふと小説から目を離すと、時刻は十二時を回っていた。ずいぶんと長い間同じ姿勢でいたせいで目と首がだいぶ凝っている、椅子から立ち上がると軽く腕を回し、目頭を指の腹を使ってマッサージした。机の横のクローゼットを開け、手短に着替える。ジーパンに厚手のパーカーを着て、洗面所の鏡で髪型を整える。スマホと財布、それと鍵をポケットにしまい玄関を後にした。

 しばらく歩くと、額にうっすらと汗をかいた。夜はずいぶん冷えるというのに午前中はずいぶんと暖かい。なんとも不器用な気候だと私は思った。すると昨日の夜、若いカップルを見かけたコンビニエンスストアが目に入る。正確に言えば店前に置かれた喫煙所に目を止めた。腕時計を見ると短針は三十を少し過ぎていた。時間に余裕はある。しかし大輔と待ち合わせをした喫茶店は喫煙が可能だったことを思い出し、止まりかけた足を動かし、歩き始めた。

 改札を抜け、JR横浜線に乗り込み、一駅先の八王子へと向かった。平日の昼間ということもあり、席はずいぶんと空いていた。しかし五分程度の道のりであるため、ドア付近体重を預け、窓の外を眺めていた。思えば大輔との待ち合わせはいつも八王子だった、特に深い理由があったわけではなかったと思う、二人の家から近く、尚且つ煙草が吸えるとなると選択肢など元々なかったのだろう。そんなことを考えていると、車内にアナウンスが流れ、八王子に到着したことを告げた。

 改札を抜け、待ち合わせ場所の喫茶店に到着した。時刻は四十五分だ、少し早く着いてしまったが、私は特に気にも止めず、喫茶店のドアを開けた。ドアにつけられたベルの音色が店内に鳴り響く。店内にはまばらに客が入っていた。そのどれもが課題をやっている大学生か、PCを睨んでいるサラリーマンだ。だがその中に見知った顔を見つけ、私はその席へ近づいた。

「よぉ、そんな驚いた顔をしてどうした」

大輔は、指に煙草を挟んだままこちらに向かって手を振っていた。

「お前が遅刻しないなんて珍しいなと思っただけだよ」

私は大輔の向かいに座ると、ポケットから煙草の箱を取り出した。大輔は元々時間通りに動くような人間じゃ無い、よくて待ち合わせ時間ギリギリか、五分程度の遅刻をする。そしてそれをこっちが咎めると、五分なんだからいいだろと平然と言ってのける。この話の嫌なところはそのことを誰かに話すと、心が狭いと思われることだ。確かに五分だが、誰かを待つ五分はずいぶんと長い。

「俺が呼んだんだ、流石に遅刻はまずいと思ってな」

「その考え方を昔から持っていてくれれば、僕の時間は待つ以外で使えたんだがな」

私は煙を吐き出しながら答えた。

「人は考えを変えて生きていくってお前が俺に教えたんだろ?」

「逆だろ、お前が僕に教えたんだ」大輔は首を傾げる。

「それで、わざわざ僕を呼び出したのはどういう用件なんだ?」

煙草を灰皿に押し付け、大輔の目を見た。

 大輔の目には人を寄せ付ける魅力がある。私の数少ない友人だってその全てが大輔を通じて知り合ったようなものだ。くっきりとした二重にピンと長いまつ毛、目だけ切り取ればこんなにも整った人間はいない、仕事柄人と会う機会が多い私でもこんなに魅力的な目を見たことがない。

「そろそろ来るはずだ、まぁ何か飲んで待とう」

大輔がそういうと、視界を横にずらす。そこには店員が立っていた。私はメニューを見ずに店員にアイスコーヒーを注文した。店員は注文を繰り返すことも無く、厨房へと歩いていった。

 店員が視界から消えたことを確認し、私は二本目の煙草に火をつけると、天井に向かって煙を吐いた。

「一体誰が来るんだ?僕が知ってる人だといいんだが」

大輔は頭を掻きながら答えた。

「まぁ楽しみにしてろって、悪い奴じゃない」

しばらく沈黙が続いた、お互い久々に会うんだから、何か話すことぐらいあると思ったのだが、自分から大輔にあれこれ質問する気にはなれなかった。運ばれてきた珈琲を啜る音と煙草が焼ける音だけが、しばらく二人の間を支配した。

 沈黙を破ったのは、ベルの音だった。

「お、来た」

大輔はそういうと、立ち上がり店の入り口に向かって手を振った。私は座りながら後ろを振り返る。そして大輔が呼んだであろう人影に目を向けた。その時自分の心臓が高鳴る音が確かに耳に聞こえた。

「ごめんね、ちょっと遅れちゃった」

時計は十三時を周り、十五分を指している。

「ちょっとじゃないだろ、村井がだいぶご立腹だぞ」

大輔の隣に声の主が座る。

「村井くん、久しぶり」

私はその女性を知っている。木暮美咲、大学二年生の時からの私の数少ない友人だ。

「あぁ、元気そうで何よりだよ、怪我はもう平気なの?」

ずいぶんとかすれた声が出た、煙草の影響だろうか。

「うん、雨の日にはたまに痛むけど」

木暮は後頭部を押さえながら答えた。木暮は大学四年生の頃に事故で頭に大怪我を負った。そのことについて私はあまり覚えていない。大輔から話を聞く以外で木暮の怪我に関することは聞いていなかった。それならよかった、と私は言い、大輔の方を見た。

「それで?木暮と僕を呼んだ理由ってのは何なんだ?いい加減教えてくれよ」

大輔は木暮の手を掴み、私の目を見てこう言った。

「俺たち結婚するんだ」

私は、頭に強い衝撃を覚えた。冷静を装うために珈琲を啜るが味がしない、この頭痛にカフェインは効かないらしい。

「それはまた、ずいぶんと急な話だね」

間の抜けた返答だと私は掠れた声を出しながらそう思った。

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