探偵と殺人鬼

 美輝は中央棟のテラスに一人佇んでいた。ここから階下が、フロントが、エントランスが一望できる。美輝はもう一度下を見下ろすと、ふぅと小さくため息をついた。ヘリが到着してすぐは大変騒がしかった。まず桐沢の死体の撮影があった。撮影が終わるとそれを降ろすことになって、このテラスも少し騒がしくなった。それが今は何事もなかったかのような静けさの中にあった。警察は皆支配人室に向かっていた。いまこの棟に残っているのは、現場保全のためのわずかな見張りだけであった。

 テラスにエレベーターが到着した。見やると降りてきたのは浦添ただ一人であった。

「お嬢様、瓦木様が中央棟に向かっておりますが」

「そうですか。報告ありがとう」

「いかがいたしましょうか」

「何も特別なことはしなくて結構。合図をしたら、決行するように」

「承知いたしました。それでは瓦木様をこちらにご案内いたします」

 まだ何か言いたげな浦添へ美輝は拒むように目をつむった。浦添はその意味を了解すると階下へと向かった。

 『supper』

 『paint plan』

 『Martyrdom』

 美輝は呟きながらほくそ笑んだ。

 最後のひとつ、これはまだ誰も気づいてないけど、あの桐沢の死体はスタッフルームに掲げられたお祖父様中期の傑作『Martyrdom』の見立てである。一つ一つの作品を頭に巡らせて、美輝はもう一度呟いた。そして、自分の『作品』とお祖父様の作品が交わる、その快感にもう一度笑みをこぼした。階下に目を向けると、紗綾と舞がちょうど入ってくるところだった。ここからは遠く彼女の表情は読み取れない。だけど、美輝には手に取るように彼女の煩悶がわかった。そして、この期に及んで決めかね、苦悩する彼女の伏し目がちな眼差しも容易に想像できた。


 天窓を見上げる。空は鈍い光に満たされている。



――――


 紗綾達が中央棟に入ると、浦添がフロントに立っていた。美輝の所在を尋ねると、テラスにいらっしゃいますと答えた。紗綾の横顔には先ほどまでの逡巡はなく、決意が現れていた。にぎり合う手は暖かい。一抹の不安はあった。最後にそれを確認しようと、エレベーターの前で紗綾はくるりと踵を返した。

「私一人でも大丈夫だよ?」

 でも、舞から見て、振り返った紗綾の顔は大丈夫そうには見えなかった。無理な決心。背追い込み。呆れ返るような責任感がうっすらとよぎった。だから舞はすぐさま首を横に振った。彼女のそばにいる事を選んだのだ。

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