光と影の境界線

フジヤマ マサユキ

序章 歩夢の記憶

小さい頃の記憶。


祖父母と共に山間の町に暮らしていた歩夢は、近所の同年代の子達とよく遊んでいた。


その日は隠れ鬼をやっていて、田舎特有のとても広い範囲を使ったものだった。


神社の裏手にある小山に隠れていた歩夢だったが、なかなか見つけて貰えない事に暇を持て余し、足元にある石ころを、近くの木にぶつけては、早く見つけてくれないかと音を立てていた。


しかし、誰かが近くに来る気配は無い。


石投に飽きた歩夢は、周囲を散策し始めた。


見渡す限りの植物達。

湿度のある暑さは、影の多い小山ですら、消夏の意味を成さない。

熱を帯びた汗が、歩夢の肌から吹き出していた。


ふと、空を見上げると、木漏れ日が降り注いでいる。


あまりの眩しさに、手を伸ばす。


太陽の光をその手いっぱいに握り締めた歩夢は、ある違和感に気付いた。


あまりにも静かすぎる。


小山全体から響いていた蝉の声が、聞こえない。


何故だろうと考えていると、更なる事に気付いた。


ここは、何処だろう?


先程まで居た場所は、雑草が生い茂っており、お世辞にも手入れ等はされていない様子だった。


しかし、今歩夢がいる場所は、木々が等間隔に並んで生えており、雑草はなく、ただ、落ち葉が地面を覆い隠していた。


普段からこの小山で、歩夢達は遊んでおり、範囲も狭い為、迷う筈が無い。


せめて知ってる場所に出ようと、歩夢は歩き始めた。


ザッ ザッ という乾いた落ち葉を踏む音だけが、周りを支配する。


不思議な気持ちと少しの恐怖心が心を埋め尽くすその場所は、とても神秘的な、今まで歩夢が体験した事の無い気持ちにさせた。


しばらく、その場所を歩いていた歩夢だったが、時間が経つ事に恐怖心の割合が少しずつ大きくなっていった。


その事に気付いた歩夢は、その場所から離れるべく走り出した。


先程までのとは違った、冷たい汗がつぅーっと歩夢の背中を撫でる。


何処に出口があるのか分からない。

けれど歩夢は、足の動きを止める事は出来なかった。


すると、遠くにとても明るい場所が見えた。


今、歩夢が居る場所も辺りがハッキリ見える程に明るいのだが、それ以上に明るく、木々の向こうから、輝く光。


その光を目指し、歩夢は走った。


呼吸は荒くなり、頭がぼーっとする。


脹脛から力が抜けてゆく、空回りしそうになる足。


それでも懸命に地面を蹴り続けた。


ようやく辿り着いたその瞬間、歩夢は、天井ある場所で横になっていた。


首を傾けると、その場所が自分の部屋である事、自分は布団の上に居る事が分かった。


歩夢は、今、自分が置かれている状況が分からず混乱していると、部屋の扉が「ガチャリ」と開く。


そこには、先程まで一緒に遊んでいた中の一人である女の子が居た。


そして歩夢の顔を見るやいなや、驚きの表情を浮かべ、目から涙が溢れ出した。


そして嗚咽をもらしながら、泣き出す彼女。

その声を聞いた祖母が何事かとやって来て、歩夢の顔を見て、納得した様子で頷き、彼女を抱きしめた。


後から、祖母から状況を聞くと、一緒に遊んでいた筈の歩夢がいつまで経っても見つからない為、皆で探した所、神社の坂下で倒れているのを見つけたそうだ。


そして急いで、祖父母の家に向かった彼女は状況を祖父母に説明した。


すると、祖父がその場に向かう事となり、そしてそのまま祖父がおぶって家まで連れて来てくれた。というのが、今までの経緯らしい。


先程の奇妙な場所はなんだったのだろうと、祖父に伝えた所、「小山はいつも変わらなかった。夢でも見ていたのでは無いか」と言われてしまった。


少しだけ怖くなる歩夢。


夏の終わりを告げる蝉の声が、その恐怖心を煽っている様に感じた。


その後、歩夢はその小山には近づく事が出来ないでいる。


また、あの場所に辿り着いてしまっては、今度こそ戻れない様な気がするから、今度は、自分が自分で無くなりそうな気がするから。


現実に起こった事なのか、夢なのかは分からない。


けれども確かに歩夢の頭に今でもある不思議な記憶だ。

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